第4話

「ブルーチキン、パン買ってきてー」


「お、俺も」


「俺も俺もっ。焼きそばパンとチョコクランチ」


「あー、俺は飲み物お願い。コーヒー牛乳な」


 僕はあの日以来彼らの虐めの対象になった。ブルーチキンとはあの日のコンビニの看板の色とチキン野郎を合わせた言葉らしい。それの何が面白いのか分からないが、そんなことを言うと火に油を注ぐだけなので何も言わない。不良達が面白いと思うものは総じて面白いことになるのだ。


 それまで虐められていた中川はと言えば、僕のお陰で解放された。それどころか不良達に加担している。


「ブルーチキン、僕に牛乳を買ってこい……」


 中川がかろうじて聞こえる声量で言った。それを聞いて僕は激昂しそうになった。


 僕が言うのも何だが、中川はクラス内のカーストで底辺に居るオタクだ。昆虫が好きで、いつも1人で図鑑を読んでいるような奴。そのくせ勉強は出来ず下から数えた方が断然早い。その中川に指示されるのは屈辱だった。


「おい、淳史。何だその眼は」


 正座する僕を悠人が見下ろした。ゴキブリを見るような目付きだ、同級生に向ける類のものでは決してない。


 悠人は僕のこめかみ辺りを軽くはたいた。


「何だよ。中川は俺達の仲間だぞ。その中川に歯向かう気かよ!」


 次は髪を掴まれた。


「し、しません……」


 悠人は途端に表情を崩した。


「そうだよな? お前にそんな権限は無いもんな? じゃあ中川、言ってやれ」


 中川が僕の前に出てきた。


「おい、ブルーチキンっ。ボサっとしてないでさっさと行け。売り切れるだろうっ」


 周りの不良達は馬鹿笑いした。


 僕はその場に居ることに耐えられなくて、何も言わずに教室を出る。あれだけ注文されたのに、渡されたのは136円だけだった。


 

中間テストが終わり、部活が再開した。テストは返ってきて、いつもと点数は変わらない。国語と社会が70点くらいで、苦手な理科は40点くらいだった。順位もそう大きく変わりはしない。今回は148番だった。


 ただ、母さんの危機感は何故か今回で増幅したようで、急に僕に塾に行かせると言い出した。母親というのは度々勝手に子供のことを決めてしまう。僕にはサッカーだってあるというのに。


「勝手に決めるなよ。サッカーはどうすんだよ」


「サッカーも続ければ良いじゃない。キツかったら塾の日は部活を休みなさい」


「だから勝手に決めるって。サッカーは小学生の頃からやってるし、そんな中途半端に出来ないって分かるだろ」


 実際にはそんなに真剣にサッカーをやってはいなかった。ただ、勝手に決められたことが嫌だったのだ。


 他人はどうして勝手に自分のことを決めようとするのだろう。誰だってそんなの嫌に決まっているではないか。僕は相手が嫌がることはしないけど、他人は平然と嫌なことをしてくる。まず母さんにそれをされるのだけは認められなかった。


「でもアンタ補欠じゃない」


 母さんはなんの気無しに言ってみせた。


「本気でやるならもっと上手くならないと。そうじゃなきゃやる意味無いでしょ。部費や道具代だって馬鹿にならないし」


 僕は怒りを通り越して呆れてしまった。


「もういいよ。母さんには分かって貰えない」


「はいはいそうね。母さんの気持ちも貴方には分かって貰えません。


 塾は来月からだからね。絶対に行くんだよ」


 

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