第2話
母親の言葉は魔法だと思う。あるいは呪縛か。
僕が覚えている一番古い記憶は、母親に手を引かれている場面だ。僕は3歳くらいで、だからまだ物心は着いていない筈だが、覚えている。場所は恐らく幼稚園の運動場で、大勢の人が集まっていた。きっと運動会か何かだと思う。
ただこの記憶の信憑性は低い。まず僕が3歳なので幼稚園には入学しておらず、一人っ子だ。つまりその時分に幼稚園に行く理由は無い。それでも、母さんが言った「離れちゃ駄目よ、良い子にしてるのよ」という言葉は鮮明に覚えている。優しい子守歌のような声だった。この声も幻で僕が作り出した記憶なのだろうか?
父さんとの記憶はあまり無い。寡黙な人で何かについて熱心に話した記憶が無く、だからか母さんに言われたことの方がよく覚えている。それは「靴をちゃんと揃えなさい」だとか、「寝る前に歯磨きをしなさい」だとか、「汗を掻いたまま布団に寝転がらない」とかだ。その中でも特に記憶に残っている言葉があって、それは「人にやられて嫌なことは相手にしちゃ駄目」という言葉だ。その言葉は僕の潜在意識の中に強固に根付いて、ことある毎に僕の判断を左右する。母親の言葉は魔法であり呪縛なのだ。
《あっ、ああっ。いや、そこは、ああんっ、あっ!》
テレビからする女性の嬌声。僕と将吾は食い入るように画面を見ている。こうなれば脳が麻て麻痺してしまい、他のことは考えられない。全身を性欲に支配されるのだ。
女子高生の下半身が丸見えで、男がアソコをいじったり舐めたりする。それから上半身も脱がせてキスをして乳房をまさぐる。
満を持して男が中に侵入すると、女の子はいやらしく喘いだ。ゆっくりと男が動き出し、2人の呼吸が噛み合い激しくなっていく。
「ああ、俺もう駄目だっ」
将吾はそう言って僕の部屋から出ていく。トイレに駆け込んだのだ。いつも将吾は正常位でイッてしまう。その後は僕が果てるのを後ろで漫画でも読みながら待つ。
「なっ? これ凄えだろ」
「ヤバいな。お前の兄ちゃんどんな性癖してんだよ」
「知りたくもねえよそんなの。お前だって家族の性癖考えたら吐きそうになるだろ」
謂われて僕は父や母のセックスシーンを思い浮かべる。あの寡黙な父と鷹揚な母がそういうことをしている、それはとても気持ち悪かった。その果てに僕が生まれたのは分かっているが、それでも嫌悪してしまう。それくらい今の2人からは恋愛の空気を感じられず、キスはおろか手を繋いでいる所さえ見たことが無い。
「あー、それは嫌だな。今日親の顔見たくないかも」
「だろ? でもよ、早く女の身体触ってみてえよな。
知ってるか? 青山居るだろ? アイツもう童貞卒業したらしいぜ」
「えっ、嘘」
青山とは悠人のことだ。
「本当だよ。確かな情報筋から入手したからな。……ってかお前何で同じ部活なのに知らねえんだよ」
「別にそれは良いだろ」
同じ部活と言っても全員と仲が良い訳じゃないし、まして同格ではない。クラスでも目立たない僕は一軍揃いのサッカー部でも当然地位が低く、レギュラー陣の輪の中には入っていない。どうしてだかサッカーの実力とスクールカーストの立ち位置は比例している。彼らはサッカーが上手いからスクールカーストも高いのか、それともスクールカーストで上位になる人間だからサッカーも上手いのか。
「で、誰とだよ」
「2組の緒方だって。アイツら1年の頃から付き合ってたろ? それでちょっと前に青山の自宅でヤッたらしいぜ。それで青山はもう緒方と別れたがってると」
緒方 麗子は学年でも人気の高い女子だ。1年の頃同じクラスで、クラス内で一番可愛いと思っていた。一度席が前後になったことがあって、プリントを配る時に手が触れたのを覚えている。一度そういうことがあってからはさり気なく触れようとした自分が居た。だからその後の席替えは名残惜しくて仕方なかった。
「アイツ最低じゃん」
「ならお前がそう言えよ。でも青山くらいモテたら俺もそうするかもな。だって色んな女を触りたいじゃん」
「俺にはちょっと分かんないけど」
「お前それでも男かよ」
それから僕らは勉強……、じゃなくゲームを開始した。
「おらっ。あっ、ヤベエ。速え、速すぎだよソイツ」
「よし、センターリングっ。よっしゃ、ゴーーーーールっ!」
「ああっ、クソ。また負けたっ」
将吾がコントローラーを叩き付ける。AVの後はウイイレをする。これが将吾が来た時の定番の流れになっている。
テスト勉強という名目で集まりながら、勉強は殆どしない。せいぜい最後の一時間くらいだ。だからテストの順位は上がらない。僕は大体いつも250人中150位くらいで、将吾は180位くらい。来年の受験の心配なんてこれっぽっちもしていない。
「なんかさ、」
「そらっ。ん? 何だよ」
「よし、行けっ。中学さ、行きづらいよな」
「うおっ、今ヤバかった。走れっ。んー、まあな」
「小学校の頃はもっと楽だったよな」
「んー、だな。何だよ、なんかあったのかよ」
「いや、別に。何となくそう思っただけ」
「中学なんて何処もそうなんじゃね? きっとそういう年頃なんだよ。きっと意味なんてねえよ」
「かなあ」
「ああ。考えるだけ無駄だよ」
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