第43話 有原晴人ファッションショー②
「ねえ晴人。少しだけ……手を握って」
制服に着替えた美月が、手を差し出してきた。
美月が僅かに震えているのがわかった。だからぎゅっと、強く、強く。美月の体温を感じる様に。俺の体温が美月に伝わる様に。その美月のまなこを見つめて、美月の手を握る。同じ制服を着ている俺が。
「ありがとう。落ち着いたわ」
美月が潤んだ瞳で微笑する。
「さあ行こう。ラストだ」
その俺の言葉に促され、四人が一斉に袖から皆の前に姿を現す。
みな同じ制服を着ている。シングルボタンの濃紺のブレザーに、薄青チェックのプリーツスカート、スラックス。テーラードの襟元というシンプルなデザインながら、胸元の朝顔のエムブレムがワンポイント。俺が昔デザインして失敗した、そして美月が屋上で切り刻もうと俺に勝負を挑んだ、『あの制服』。
観客から割れんばかりの歓声が上がる。晴人ショー一番の盛り上がりだ。
「美月さん、制服ステキッ!」
「カッコいいぞ、有原晴人!」
席から声が上がる。北条鮎美のショーにはなかった、演者の観客の一体感。みんなで一緒になって何かを成し遂げているという高揚と満足。
みーちゃんと一緒に着たいという憧れをコンセプトにデザインして、今、その美月と一緒に着てショーで皆に披露している。
なんだろう。震える。
昔、神楽のデザイナーだった時にも感じたことのない衝動。
視界が滲んでゆく。
頬を涙が伝わった。
今、俺はみーちゃんとの昔の『約束』を実現させている。
挫けた時は夢にも思わなかった。
でも、美月が現れて再び立ち上がる勇気をくれた。
確かに昔は失敗した。
あの時は自分が悪くて、この制服も受け入れてもらえないんだと思い込んでいた。
でも今ならわかる。
そうじゃない。
この制服は確かに確実に自分の情熱が注ぎ込まれたもので、その『魅せ方』が違っていただけのことなんだと。だって、みんながこんなにも喜んでくれているのだから。
声を上げて一緒に盛り上げて。
俺たちを応援してくれて。
こんなにも嬉しいことはない。
隣を歩いている美月の目も薄っすらと滲んでいて、俺も、舞台上で号泣しそうになっているのを感じている。というか、俺はもう心の中では号泣していた。
やがて、舞台の中心に四人達する。
客席を向いて皆で手を上げてバンザイしてから、丁寧なお辞儀をした。
座っているままだった観客の生徒たちも立ち上がる。
拍手が始まり、鳴りやまない。
スタンディングオベーション。
最初、転校時は好奇の目で見られていた美月の制服姿。それを今、皆が祝福してくれている。
俺も同じ制服姿。美月と並んで、学園生たちに披露している。
五年前にはできなかった事。
五年前には無言の嘲笑が返ってきた制服。
そのリベンジを五年越しに行っている。
皆がいたからだと思う。
美月。悠馬。ユキ。そして俺のショーを喜んでくれているお客さんたち。
全ての人々に感謝したいというよくあるセリフが本当の意味で分かる気がする。
俺たちも観客と一緒になって手を叩き、ありがとうの気持ちを表現する。
やがて、終演の時が訪れる。
このまま。このままずっとみんなと一緒に一体感を味わっていたい。そう思うが後がつかえている。
俺たち四人は手を振りながら来た道を戻り、袖に姿を消す。
俺たちが舞台上から去った後も、手拍子の祝福は終わらなかった。
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