第29話 お風呂

 テーブルでの俺と美月の遅い夕食は、和気あいあいとして、それでいて心躍るものだった。


 美月との他愛もない会話が弾み、パスタを「あーん」と互いの口に運ぶ恋人的な行為もした。


 した後に、恥ずかしくて顔を逸らした俺が美月に悪戯っぽく嘲弄されたというおまけつきだったが。


 え? キスをしたし、直前まで行った仲じゃないかって?


 何いまさらその程度のことで恥ずかしがっているかって?


 俺も最初はそう思っていた。でも出会った時のキスは予想外の不意打ちでカウント外だし、美月の家に招かれた時だって、欲望が先走って美月のことなどなんにも考えていなかった。つまり、あの時の相手は美月じゃなくても全然OKで、たまたま欲望を満たせる相手が美月だっただけで、その美月が制服姿だったから上手くいかなかっただけで。


 あの相手が美月じゃなくて制服姿じゃなかったらそのまま最後まで行っていただろうが、きっと、その相手と気持ち的につながることは出来なくて終わっていたと思う。


『ごちそうさま』


 二人で手を合わせて食事を終える。


 この後何日も続く俺と美月のデザイン制作は、時間がないこともあって多分修羅場になるだろう。でもその前の気持ちが温まるイベントとして、この夕食は俺と美月の心にインプットされた。充電完了。力が沸いてくる。


 ――と、美月が不意打ちをかけてきた。


「お風呂。先に入る? それとも私の後に入る?」


「え?」


「お風呂。入るでしょ?」


「いや。この部屋冷房聞いているとはいえ汗かいているから入りたいけど……」


「なら、一緒に入る?」


「え?」


「昔は一緒に入ったじゃない。今更照れることじゃないわ」


 なんでもないことだという調子で、美月は言ってくる。


「いや、普通にだめだろっ! 昔は子供だったからよかったけど。俺たち高校生だろ? 流石にまずいだろいろいろと」


「ぶーぶー」


 美月が頬を膨らませて不満だという様子を見せる。


「いやなの? 私と一緒じゃ?」


「それは……」


「私たち、『もう』高校生なのよ」


「嫌……じゃない。でもこれ、そういう合宿じゃないつーか、そっち方向に流されるのはまだ早いっつーか、流されたらもう後戻りできないっつーか……」


 俺は右往左往する。美月とは以前、直前まで行った仲だ。だから今更はずかしがるのはという感もあるのだが、あの時と今では美月に対する見方が違っている。


 もう、なぜか積極的に近づいてくる正体不明のクラスメートじゃない。


 美月は俺の幼馴染の『みーちゃん』。俺と一緒に昔夢を追いかけた女の子。そして今、再び一緒に歩きだした女性。


 思っていると、美月の悪戯っぽいにんまり顔が視界に飛び込んできた。


 全部演技かっ! 悪戯かっ! と解ったが、ちょっとからかわれ責められてばっかりなのもなんだかな……といたずら心が沸いて、美月に提案する。


「ならマジで一緒にフロに入るか。もう互いに高校生なんだし」


「!」


 美月が目を見開いてびっくりしたという表情を見せた。


「もう二人とも大人なんだし、『そういう』男女の付き合いというのを経験しておくのもいいだろ?」


 俺の誘いに、美月は黙り込んだ。実は美月は、部屋で誘惑したり屋上で制服をはだけたりという攻撃の場面では強いのだが、防御する立場だと途端に弱くなるというのを最近理解したのだ。今も顔を真っ赤にして、下を向いている。


「美月から誘ったんだ。いいだろ?」


「…………」


 美月は答えない。


「美月さん? どうですか? 一緒にハダカの付き合いということで?」


 俺が畳みかけると、美月はその真っ赤に染まった顔を上げて、逆切れの様に言い放ってきた。


「冗談よ! わかるでしょ!」


 俺はさらに意地悪くつつく。


「いや。今更そんなこと言われてももう男としての気持ちが……」


「さすがにそこまで仲良くするとショーの準備に差し障りがあるでしょっ! 晴人と一緒にここにいるのは『その』為じゃないのよっ! 別に一緒に入っても全然何ともなくて構わないんだけどっ!」


 美月はそう捨て台詞を放つと、ふんっと鼻息荒くダイニングを出てゆく。


 その美月の姿が見えなくなった後で、「ちょっといたずらがすぎたな、驚いたーっ!」と俺は大きく息をつくのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 順番にお風呂に入った後、再び二時間程デッサンを進める中で俺たちの気分は平常時に戻る。そして……寝ることになった。


 時間がないとは言えまだショーまで二か月ある。いや、二か月しかないというのが正確なのだが、ここでエネルギーのすべてを使ってしまうのは愚策だと二人ともわかっている。


 俺はリビングのソファで眠ろうかと提案したが、美月がそれだと休まらないでしょ? と自分の寝室のベッド脇に布団を用意してくれた。


「本来なら晴人にベッドを使ってもらいたいところだけど、晴人的にそれだと気を遣うだろうし私のベッドだと逆に休まらない部分もあると思うから」


 いつもの美月に戻った後は、あくまで俺の立場に立って考えてくれる。


 昔、見かけはちんちくりんだったが、本当に明るくて優しくて他人想いの女の子だったのを思い出す。


 電気を消して、『おやすみなさい』と美月がベッド上から声をかけてきて、俺も『おやすみ』と短く答える。


 あわただしい一日が終わりを告げた。そう思って俺は目を閉じた。

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