第24話 決意②

 そして午前中の授業がつつがなく終わり、昼休みに突入する。


 一日ぶりに俺たち四人はカフェテリアに集合していた。


 一番奥のいつもの場所に陣取って、『いただきます』をしてからお昼ご飯を食べ始める。と、俺の背から、あまり聞きなれない女子の声が響いて手を止めた。


「彩雲祭に出るって聞いたんだけど?」


 二年三組の茶髪ショートボブ。デザイナー志望の北条鮎美がトレーを持って俺たちに目を向けていた。陽キャグループ――ファッション研究会――に所属していると思われる女生徒二人を付き従えている。


「ファッションショーやるって聞いたんだけど?」


 情報の回りが早い。鮎美は嘲笑するように繰り返した。


「マジでファッションショーやるの?」


「いや……。そのつもりですが……」


 俺はどう反応したらよいのかと思いつつ、とりあえずの応答をする。悠馬、ユキは様子見。美月は歯牙にもかけずゆるりと自分の食事を続けている。


「マジ?」


「何かの冗談(笑)」


「ショーとか出来るの? 服とかモデルとかどうすんの?」


「つーか、制服JK(笑)が出し物とか」


 口々にあざわらいの言葉を並べ立ててくる。


「うちらもファッションショーするけど、正直、素人にはお薦めの企画じゃないわ。うちら、マジなショップのバイヤーも呼んで売り込みかけるから、邪魔だけはしないでね」


 鮎美はふふんと鼻を鳴らすと、言い終わったとばかりにお付きの二人を連れて去っていった。


 俺にとって鮎美の登場は突然の事で、反論するというよりもただあっけにとられていたのだが、その鮎美たちが去ってから悠馬が特に言う事でもないが……と前置きして口にしてきた。


「あの子、デザイナー志望なんだろ? いいのか、言わせておいて?」


「いや……。あの子、ファッション感度の高い高級品を着てるけど、コーディネートが不明確で着こなしにセンスを感じない。あの『目』だとクリエイティブディレクターまでの道のりはかなり遠いと思うから……。申し訳なくて何も言えない。俺が昔デザインしたHARUTOの服を着てるのを見かけた事もあるが……。気分よさげだったから当然スルーした」


 悠馬がうーんとうなる。


「そうか……。不憫だな、あの子も……」


「ああ。でも夢があるのはいいことなんだ。それは本当にいいことなんだ。ただ、簡単じゃない。努力すれば夢は必ずかなう……というもんでもない。あの子にそれがわかってるかどうか……は知らんが、いま俺や美月をからかって気分が良いならそれに越したことはない」


「そういうもんなのか?」


「そういうものだと、俺は思ってる。それより……」


 俺は、話し相手の悠馬に顔を突き出す。


「彩雲祭の出し物のショーなんだが。悠馬にモデル頼めないか?」


「俺にか!? 経験とか、全くないぞ」


「構わない。どのみち人数が足りないし、悠馬は背もあって体躯は絞られてるからある意味モデル向きでもある。加えてユキと、それに美月にも……モデル頼めないか?」


 鮎美にからかわれていた時、ユキはむぅとした不満顔をしていたのだが、今度は顔を明るく華やかせた。


「やる。やるやるやる。というか、私とユウマってお似合いのモデルカップルって感じじゃない? イケメンと陽キャギャル。私たちがモデルやらないでどうするって感じ!」


「ユキはモデル向きだろうが、俺は……少したじろぐぞ」


「いつもバスケでみんなに注目浴びてるジャン?」


「それと服を着て見せて歩くのは違うって」


「ええ~。ユウマ、私と一緒にイイ服着て見せつけてやりたいって思わないの~」


「いや……なんというか……」


「ぶーぶー」


「いや、ユキと一緒に服着たいとは思う……よ」


「ホント?」


「ほんと」


「よろしい! さすがに私のカレシ! 私が選んだだけある!」


 俺は、いい意味で夫婦漫才をしている悠馬とユキに畳みかける。


「悠馬もユキも外見は別格だし、モデルの経験はないだろうけど、年齢、体躯的に服が映える。今回は学園内のショーで見るのは学園生たちだから、その傾向の服――大人向けでなく学生向きのデザインで行くつもりだ。どうかな? 頼めるか?」


「まあ、晴人がそこまでやる気なら、俺でよいのならというところだ」


「私は元よりやる気満々。やるならマジでやりましょ。あのファッション研なんちゃらのデザイナーの卵とか読モとかに調子に乗らせてるの気に入らないし!」


 悠馬とユキはそう言って了承してくれた。


 俺は、一人優雅に食事を楽しんでいる美月に向き直る。


「美月は……頼めるか? 美月はそのままでプロのモデルとしても通用しそうだしな」


 真摯な口調でお願いすると、美月は手を止めた。


「私、ショーでは制服着るわよ」


「それは……構わない。前なら拒否してただろうけど。というか、昨日までは彩雲祭でショーをやろうとか思ってもみなかった」


 ふふっと美月が嬉しそうに笑った。


「昨日の勝負に勝って、すぐにご褒美が貰えるっていいわね」


「ご褒美?」


「そう。ご褒美」


 美月はさらに顔をほころばす。


「晴人、また歩き始めようとしてるじゃない。それが私にとっての最高の褒賞」


「確かに俺は美月に助けられて、また歩いてみようと思った」


「そう。私、晴人の彼女だから。それに……」


「それに?」


「私、事務所に所属する現役のモデルだから、ショーに出るのは仕事でもあるの。晴人の学園ショー、参加させてもらうわ」


「そうなのかっ! というか、薄々そうなんじゃないかって思ってたけど。ちらほらと伏線があったし」


「だから今日から私のマンションでデザインの選定を始めましょう。なんなら泊まり込みで」


「え? なんでそうなるの?」


「それが私がショーに参加する条件。対価。私が無報酬とかプロにあるまじき、でしょ?」


「それはそうなんだが……。泊まり込みは……。ちょっとヤバい……んじゃないか?」


「それが私の彼氏ともあろう男が言うセリフ? 男としての覚悟を決めなさい。まえ家に泊りに来て私を袖にした時も、今度はちゃんとするって私に謝ってたじゃない」


「マジ……ですかっ!」


「冗談よ」


 美月は、悪戯っぽくふふっと笑った。


「デザイン決めとか仕事じゃない。時間もないしブランクもあるんだから、そのくらいの覚悟でやりなさいってこと」


「………………」


 良かった! でも少し残念な気持ちもある。そんな餌をもらい損ねた犬の様にしゅんとなった俺に、今まで黙って俺と美月の会話――漫才?――を聞いていた悠馬とユキがわははと哄笑を上げた。


「美月さんと晴人、本当に仲が良くなったよな。いいことだ」


「というか、もうフウフ名乗ちゃっていいんじゃない?」


「私の掌の上でうろたえている晴人を見るのも報酬の内だから」


 三人して好き勝手なことを述べまくる。


 もう勝手にしてくれと、俺も半ばあきらめ気味に放置している。


 ファッション研究会の北条鮎美に揶揄われていた時の、少し不満だという空気は消えてなくなっていた。


 俺たちはまたいつもの和気あいあいとした昼食に戻る。


 でも……


 マジで俺、美月の家に泊まり込みでショーのデザインをしに行くのだろうか、と疑問と期待が膨らんだ。


 美月もプロのモデルだから、美月と一緒に作業をするのはとても理にかなっているのだが。


 美月の顔をちらと見る。その真意は見通せなかった。

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