第15話 神楽国際総合ファッションショー①

「おかえりなさい。パパ」


 幼稚園児の私は周りから「みーちゃん」と呼ばれていた。母と一緒に、自宅の一軒家に帰ってきた父を出迎える。


 父は、ボサボサ頭に質素な服を着ただけの私の事を一瞥するだけ。でも、その頭がよさそうで、冷たい感じもする父の事は好きだったし、カッコイイと憧れてもいた。


 私のパパ――神楽蒼樹かぐらそうじゅ――は有名なデザイナーだった。私の母と籍は入れてなくて、私の事を認知もしてくれていなかった事はあとから知ったのだけれど、当時はそんな難しいことは知らなかったし、一か月に一度家に「帰って」きてくれるのが何よりも楽しみだった。


 そして父は私と母の家で一晩過ごしてまだ仕事に出かける。それが私が小さいころに過ごしていた日常だった。


 それが変わったのはある日。


 晴人は小学校で同じクラスになった幼馴染で、当時私は『はるとくん』と呼んでいた。その晴人が父が帰ってきた日にたまたま遊びに来ていて、趣味で描いた私の洋服姿――ラフスケッチを父に見せたことが、晴人のデザイナーとしての出発点になったのだ。


 父はその晴人の書いた服の絵をしばらく見つめてから言い放った。


「お前がこれを描いたのか?」


「うん! みーちゃんの事、上手くかけてる……でしょ! えーかくの、得意なんだ! がかのママやけんちくかのパパにもほめられるんだ!」


「成程。お前には……才能がある。デザインを学ぶといい。今から学べば、小学校を卒業するくらいにはモノになるだろう」


「デザイン?」


「そうだ。世界の形を変えるモノだ」


 父が鋭い眼光で晴人を見つめているのを見て、私は気持ちが熱くなった。


「すごいよ、はるとくん! パパと一緒のお仕事だよ! やってみなよ!」


 晴人は、うーん……と悩む様子を見せてから、これまたにひひと私に笑みを見せて答えてきた。


「わかった! みーちゃんが言うならやってみる! でも一つ約束して」


「なに?」


「みーちゃんも、僕がそのデザイン? ってのやるの手伝って。服でしょ。僕がデザインやるから、みーちゃんはそれを着て!」


「わかった!」


 私は晴人の言葉が嬉しくて、素直にそう答えた。


「私がモデルになる! はるとくんがデザイナーになって、私がその服を着て、みんなに見せてはるとくんと一緒に褒めてもらうの!」


 小さい頃の私はお世辞にも可愛いという外見の女の子ではなかったけれど、もっというと「ちんちくりん」だったけれど、晴人とお互いに顔を合わせて、にひひ、ふふふと笑みを交わした。


 それから、晴人と私は父の運営している「神楽塾」に通って、晴人はデザインの勉強を、私はモデルの基礎を習い始めた。


「神楽塾」は、父の下にいる新鋭デザイナーやプロモデルたちが一緒に学ぶ勉強会の様なもので、一般の専門学校レベルのものではなかった。


 それもそのはず。分別の着く年齢になってから知ったのだけれど、神楽塾は新鋭デザイナーからプロモデルやバイヤーなど、父の業界制覇の為に集められた精鋭の集合体だったから。


 そこで晴人はデザインの初歩、企画の着想方法からパターンの制作、販売戦略までを旺盛に吸収していった。


 私たちは、そのレベルの違う人たちの中で一生懸命頑張り、基礎から応用までを試行錯誤を続けながら学習し続けたのだ。


 父の紹介だと言っても相手にしてくれない人も大勢いたし、私たちを笑いものにする大人気ない人もいた。


 私一人だったら挫けていただろうという確信がある。でも晴人が一緒で、上手くウォーキングの練習が出来なかった時も晴人が励ましてくれたから、頑張れたのだと今ならわかる。


 そして私たちが十一歳になったとき、父は晴人を自分のブランドのセカンドラインチームに引き入れ、実質メインデザイナーとしてデビューさせたのだ。


 デザイナーが大っぴらに表に出ないことは多いが、遊び心と斬新さに溢れていたデザインと、神楽グループのメイドインジャパンとしての強力な物作りの土台が合わさって、デザイナーは誰なんだと当時日本でもかなり話題になり……。私も晴人の成功を自分の事の様に喜び……。小学生の二人で将来の夢を語り合った。


 晴人は国際的に活躍すること。晴人に先を越された私は、プロのモデルになること。


「みーちゃんなら絶対プロのモデルになれるよ。だって……みーちゃん、可愛くてきれいで素敵だもん。僕なんかより全然大人だって思う」


 晴人が言ってくれたことが脳裏に焼き付いている。照れながらそう言ってくれた晴人のはにかんだ顔は忘れていない。ずっとこれからも……。多分、私が老婆になって死ぬまで忘れないのだと思う。

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