第11話 俺、根性なしだった……

 俺は自宅に戻ってきた。時間はまだ昼を過ぎていない。予定とはだいぶ違う。今日の朝家を出るときは、もしかしたら美月宅に泊るのではないかとすら想像していた。それがこの体たらくだ。


 自室に戻り、疲れ果ててベッドに倒れ込む。


 失敗した、美月に悪いことをしたという後悔と、未だに消え去らぬ苦渋とが、ぐちゃぐちゃになって押し寄せてくる。頭を抱えて顔を覆った。


『男の本能と欲望でガムシャラに押し切って欲しかったわね』


 美月のセリフが脳内でリフレインされる。


 出来んかった……と胸中で呻いた。


 途中まではドキドキだった。興奮と本能に押されるままに進むつもりだった。女性経験など全くない。告白時、美月にされた口づけがファーストキスだ。


 だから、そういうことに慣れてそうな美月を相手にして、一人であわあわしっぱなしだったが、それでも一生懸命頑張った。モテる人生を歩んできたっぽい美月を落胆させないようにと精一杯エスコートしようとした。


 あの過去のフラッシュバックが浮かぶまでは。


 思ってもいなかった事態だった。


 美月の制服姿に圧迫、ストレスは感じていた。でもそれと同時に、学園で一緒に過ごしてきた美月に魅力を感じ、その美月と近しくなれる、もっと言うとエチぃことができるかもしれないことに興奮している俺がいた。


 でもあの瞬間、思考が真っ白になって口内に苦汁が広がり、吐き気すらもよおした。


 想像外の事態だった。


 明日の学園で美月にどう顔を合わせればいいのだろうと思って、再び頭を枕に埋めた。合わせる顔がない。


 仮にも女の子からの『交流』のお誘いをご破算にしてしまったのだ。美月にだってプライドというか、女の子の自尊心もあるだろう。


 ああああああっ!!


 俺は頭を抱える。解決策が浮かばない。


 そんなことをしばらくぐるぐると脳内で回していた俺だったが、そうしていても思考が前に進まないことはわかっていたから部屋をフラフラと出て、階段を降り台所で冷蔵庫のウーロン茶を一気飲みしてからシャワーを浴びて一息つく。


 部屋に戻ってふうーと大きく吐息すると、頭の中でこんがらがっていた糸がほどけてゆくのを感じる。


 明日、美月には素直に謝ろう。そして悠馬とユキに誤魔化す事もしない。あの二人なら、俺や美月にとって有意義なアドバイスをくれるかもしれない。


 そこまで頭を整理してからクローゼットの前に立った。全てはここから始まったと、扉を開く。


 空っぽのクローゼットの中に一着だけ吊り下げられている服を取り出す。


 シングルボタンの濃紺ブレザーに、薄青チェックのプリーツスカート。テーラードの襟元というシンプルなデザインながら、胸元の朝顔のエムブレムがワンポイント。


 俺が、昔国内で一番威光のあった、そして今はその権威を確固たるものにしている『神楽国際ファッションショー』でファッションデザイナーとして披露した制服。そして失敗した服。


 捨てようと思って捨てられなかった、捨てきれなかったモノ。


 俺は口内に苦い味を感じながら、誰もいない部屋でそれを見つめている。

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