制服美少女の私とラブコメしましょう

月白由紀人

第1話 美月の登場

久遠美月くおんみつきです。よろしくお願いいたします」


 そう自己紹介した美少女は、腰を折って丁寧なお辞儀をした。


 場所は私立彩雲学園高等部。二年二組。すげーと見惚れている男子たちや、たいしたことないじゃないと対抗心を燃やしながらも敗北を認めざるを得ないという女子たちの前で、ひな壇に立っている。


 流れるような黒髪ロングと漆黒の瞳が印象的。まるで吸い込まれそうな深さを感じる。形良い鼻筋と桜色の唇も美麗。やや背が高いスレンダーな体形で、きちんと真っ直ぐに背筋が伸びているのが好印象だ。個々のパーツが纏まって、年若い女性の魅力に溢れていた。


 どこのモデルか女優様か。


 身に着けている、一目で上質だとわかる制服――金ボタンの光るキャメルブレザーにブラックウォッチチェックの車ひだスカート――を前にして、おれ有原晴人ありはらはるとは教室最後尾から動悸に襲われながら脂汗をかいている。


「その制服は前の高校のもの? 明日からは私服でいいから」


「いえ。これは私の『戦闘服』なので」


 久遠さんは、横に立っている女教師の指摘に、綺麗なメゾソプラノの声で意味不明のセリフを響かせた。


 そう。そうなのだ。この中年の担任が言った通り、私立彩雲学園は自由服の高校だ。だからこそ、見たくないレベルで制服にトラウマがある俺はこの学園を選んだのだ。そして過去を忘れ、平穏で平凡な人生を送ろうと日常の中に自分の意識を埋没させてきたのだ。


 自由服の高校を選んだのに加えて、この街の中高生が集まる放課後の駅前には近づかないし、その手のグラビア記事が乗っているネットニュースも見ない。SNSでさえ、タイムラインに画像が流れてくるので避けている現状なのだ。その甲斐もあって、今では凡夫の生活と言って差し支えないレベルの日常を送れるようにもなっている。


 それを、この美少女はっ!!


 なんて胸中で叫んでも、この少女に届くわけはないが、思わず音にならない声を発してしまった。


 ――と、その久遠さんはすっと歩き出し、綺麗な立ち振る舞いで俺の脇にまできて、誰に断ることもなく隣の空いている席に座る。


「よろしく。有原晴人さん」


 ふふっと相貌を緩めて微笑を俺に送ってきた。


 なんの嫌がらせだ、この美少女は?


 いや、嫌がらせとか言ってしまったが、この少女の言動に非はないしその見目は嫌いじゃない。というか、その美貌はモロにどストライクの外見なのだが、着ているモノが気に食わない。気に食わないというのは正確じゃないな。あまり……いい思い出がなくて、心の奥底に苦い汁を感じざるを得ない。


 平穏平凡の中に埋没させてきた俺の過去の傷をほじくり返されているようで、素直に苦しい。そもそもなぜそこまで制服にトラウマがあるのか。理由を細かく説明しなければ「おかしなヤツ」と思われるだけだろう。だが俺はそれを大っぴらにしたくはないし、本当にどうしようもないワケなのであって……って今気づいたが、この少女、なんで俺の名前を知ってるのか?


 すると「ふふっ」とその少女、久遠さんが俺の心を読んだごとくに悪戯っぽい微笑を浮かべる。


「これからよろしく。『有原晴人』さん」


「ああ……。よろしく……」


 なんとか答えたが、その少女が隣に来たこと、声をかけてきたことが突然で、泡を食っているのを否定できない。かつ、俺にとって強烈なパンチである制服姿が唐突にやってきたこともあって、かなりのストレスを感じている。


 まあ、今日一日の辛抱だ。明日になれば自由服のこの学園なので、久遠さんも普通のカジュアルなデニムとかを穿いてくるだろう。


 現在の学園内で制服姿は見た事ないし、式典などでもみな好きな服装だ。学園指定の制服などはないので安心できるところでもある。


 こちらに、意味深――というより意味不明な微笑みを送ってくる制服姿の久遠さんから目を背ける俺なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る