第6話 木島香の困惑(6)

 それはそれで考えられない様な気がする。本を入れ替えたことを私一人に隠して誰にどんなメリットがあるというのか。

「そうね、それで言えば香、あんた。本を汚す人が嫌いとか何とかいう事いったんだよね」

「え? ああ、まあそんな事も話したかもしれないけど」

 ノッコ先輩から話を振られてそんな返事を返したのは確かだ。でも、それがなんだというのだろう。

「で、その後、あまね先輩っていう人にその話をされたんだよね」

「まあ、そうだけど……え? それが理由でみんな黙ってるって事?」

 どういう事だろう。私が本を汚す人が嫌いで怒り狂いその相手を殴りに行くとかおもってるというのか。

「はははは、確かにあんた怒ると怖いもんね。怒鳴り散らかされたりするかもって想っちゃう人も居たりいなかったり?」

「冗談止めてよね。いくら何でもそんなことしないよ」

「そりゃそうだ、冗談だよ。勿論、ね」

 彼女はおかしそうに笑い声を上げた後、一転それをぴたりと止めて私に顔を向けた。

「うーん。でも、ならどういう事なのかな。そもそも、そんな話直接聞いたノッコ先輩とあまね先輩以外は知らないんじゃないと想うよ」

「逆に言えば当のあまね先輩なら本の入れ替えは可能だと想う?」

「え? まあ、申請を出してバーコードを入れ替えるだけだろうから難しくはないと想うけど……でも、何の為よ?」

「そうだね。じゃあ、隠す理由を考えてみようか。一つは、汚したのが本人でそれを誤魔化そうとしているパターン」

「つまり、あまね先輩が本を汚した張本人って事?」

 先輩は図書室では本を読まないが曲がりなりにも図書委員になるくらいには本好きなはずだ。本を汚す様な事はしまい。

「でも、不可抗力っていうことはあるんじゃない?」

「……不可抗力」

 一瞬、その言葉をどこかで聞いたなと想ったが、思い出した。当のあまね先輩が言っていた言葉だった。

「うん。先輩は何らかの理由で本を汚してしまった。それを隠蔽する為に本を入れ替えたという可能性ね」

 私の様子を窺う様な顔でトーコはこちらを見つめてくる。

「そして……それを私に知られたくないから、嘘をついているって事?」

「まあ、単純にいうとそうなるかな」

「うーん。いや……それは、わからない。けど……信じられない、かな」

 あまね先輩は確かに黙ってさぼったりとだらしないところはある人だ。でも、書庫の掃除は真面目にやってくれたし、その時に見せた私への気遣いも含めて悪い人じゃない。自分がしでかした事を誤魔化す為にそこまでの事をする人とはとても思えない。

「じゃあ、もう一つの可能性。誰かを庇っているっていうのはどうかな」

 私の言葉に対してトーコは特に反論もせずに次の案を持ち出してきた。誰かを庇って?

「ん~、どう、かな」

 確かに、それならばあり得るかもしれないなとも思う……。が、それなら誰をという疑問が生まれる。

「例えばだけど、先輩がその本を借り出して家に持って帰った。そこで、家人が何らかの理由でその本を汚してしまった」

「家族がっていう事? そんなことあるかな」

「例えば兄弟に小さい子がいて、いたずらしたとか。あるいはペットとかが汚しちゃったとかは無いかな」

 子供がそれこそお菓子をこぼしたり、ワンちゃんやにゃんちゃんがおしっこしちゃったりとかか。

「あ、でもでも。あの本のデータを確認した限りじゃ直近で借り出された形跡はなかったんだった」

「なるほど……。という事は、本が汚れたとしたら図書室内でって事になる訳か」

 トーコは顎に手を当てて考え込むような仕草を見せる。

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