◆5-16:メラン 実験場

 メランたちが実験用の機体として案内されたのは、これから本物の兵器として仕上がる予定である建造中の〈ヴォーグ〉、そのものであった。


「もう少し覆いをしておいたほうがいいんじゃないかな? ケネスもここを通るんですよね?」


 他に立ち並ぶ者がいない中、メランがそんな独り言を呟いたのは、この声にそば耳を立てている者がいると知っていたからだ。

 案の定、ほどなくしてメランの内耳に応答が届く。


『いいえ。これで分かるのは装置の規模感ぐらいのものでしょう。フレームの外観を眺めた程度で大したことは分かりませんよ』


 まるで真横に立たれているようにクリアな音声。メランも何度か顔を合わせたことのあるシトロフロロの声だった。

 彼の落ち着いた解説を聞いて、そういうものかとメランはあっさり懸念を引っ込めた。


 メランがいま目にしているのは〈ヴォーグ〉のほんの一部だ。

 E16区画からアトラス号に乗り移る際に見た巨大な機体の、あの真っ白に輝く外装がない点は言うに及ばず、内部のメインフレームであるこれも、頭部や両腕部に繋がる軸索が見えていることから辛うじてロボットの胸部らしいと推察できるに過ぎない。

 メカメカしい内部構造が露出しているために重要な機密を知られてしまうのではと危惧したのだが、言われてみれば、メランのような素人が見たところで、この兵器の何が特殊であるのかはまるで分からなかった。

 敵の工作員と目されるケネスの場合はどうであろうか。


『内部構造を透かし見るスキャニングツールのようなものがあれば別かも知れませんが、彼がそうするためにあのデバイスを操作してくれるのであればしめたものです』

「なるほど。えさを垂らすなら美味そうに見えないと駄目ってことですか」


 〈ヴォーグ〉の搭乗適性がどれほど見込まれようと、決して連盟のパイロットに選ばれるはずのないケネスをここまで連れてきたのはそのためでもあった。


「それにしても、一度の作戦行動で随分と欲張ってませんか? それが心配です」


 一つ。高い適性が見込まれる子供たちを実機に乗せて効果を実測すること。

 二つ。ケネスに対し一時的にデバイスを手放すように仕向け、その隙に偽物とすり替えること。

 三つ。リューベックの戦略的重要性を強調し、ケネスに敵本拠への連絡を取らせること。

 四つ。その際、デバイスを起動させる気配があればその挙動をモニタリングすること。

 そして五つ目には、あわよくば今回の小旅行中にケネスとユフィを二人きりの状況にし、仲を進展させようというオプションまで用意されていた。


『チャンスがないとみれば中止するだけですよ。それにこれは、あのサラウエーダ女史の直感が良しとした作戦ですからね』


 フィライド族の秀でた第六感のことを指しての発言だろう。

 M力場なる未知の力場の存在を直感してみせた彼女の能力は、連盟上層部から高く買われているに違いない。

 同じフィライド族であるセスが、つい最近ユフィに対してしてみせた的外れな推論のことを知るメランにしてみれば、いまいち信頼の置けない種族的特性ではあるのだが。


 ふと、メランの視界に映る景色に変化があった。

 〈ヴォーグ〉の四角いハッチが開き、イザベルの頭が覗く。

 それから段々とイザベルの頭から下が見えてくる。

 梯子をのぼり切るとイザベルは〈ヴォーグ〉の胸部パーツの上で脚を肩幅に広げて直立し、メランに向かってVサインをして見せた。

 遠目に見ても、えらくご機嫌。得意げなのが分かる。


『予想以上の成果が出たようですね。サラウエーダ司令は彼女以上に喜んでいますよ。無論、我々にとっても朗報ですが』

「どんな結果だったんです? ってぇ、訊いても俺なんかじゃ分からないですかね」


 自嘲しながらメランが訊ねる。

 おそらく軍事部門の上級職にあたるシトロフロロが、民間人のメラン相手に懇切丁寧に教える義理はないだろうが、彼は快く答えてくれた。


『現在唯一の正規パイロットであるキケルクォ氏が展開できるアンチM力場は好調時でも半径3㎞が限界だそうですが、さっき測定したイザベルさんの力場は軽く2千㎞を超えていたそうですよ』

「それは……随分けたが違いますね」


 ずぶの素人でも分かり易い数字の飛躍にメランは率直に驚き息を吐く。


「俺は下駄を履かせる前の適性値を見せてもらったことがありますが、あの数字に比例するならせいぜい10倍ぐらいかと思ってました」

『こちらもです。オラクルの弾き出した数字はあくまで指標に過ぎないと聞いてはいましたが、そう話していたサラウエーダ女史にとっても予想外のことだったらしく……。まあ、ちょっと表現に困るほど、大変興奮してらっしゃいます』


 ほとんどの科学分野が停滞し始めて久しい昨今の連盟社会において、実験で予想外の結果を得るというのは極めてポジティブな出来事として捉えられていた。


『これは我々の防衛計画にも取り急ぎ修正が必要です。なんならイザベルさんには、このままずっとあそこに座っていて欲しいくらいですよ』

「それは……」


『なにしろたった一人でこのリューベックのほぼ全域を覆える規模の力場ですからね。今は装置の増産と小型化を最優先で進めていますが、それより遥かに現実的で手っ取り早い』

「……そうですね」


 それはさすがに……、と言い掛けたメランも結局はシトロフロロに同意することになった。

 40年前のリョウザンパク艦隊も、先だってのベルゲンも、〈見えざる者〉が操るM力場の作用によって撃沈の憂き目を見たのはほぼ間違いと見られていた。

 だとすれば、その防衛手段であるアンチMフィールドで艦を覆うことは何を置いても優先されるべき急務であった。

 たとえ〈見えざる者〉の目的がどんなものであるにせよだ。

 相手との和平の道を探るにせよ、こめかみに銃口を突き付けられた状態で交渉の席に着きたいと思う者はいない。


『メランさんにも期待していますよ』

「はあ、でも俺は……」


 オラクルの算出した事前の評価値で比べると、イザベルとは0.75倍ほどの開きがある。

 さらなる期待を掛けるとすれば、そのイザベルのさらに1.5倍ほどの評価値を持つドッドフの方であろう。

 消極的なメランに対し、イヤホンの向こうにいるシトロフロロは息巻いて続ける。サラウエーダの興奮が彼にも幾らか伝播しているのかもしれない。


『正直な話。自分は、宿舎に詰めている候補生のうち、パイロットとしての適性を秘めているのはメランさんだけだと思っています。どれだけ広大な力場を展開できるとしても、兵器の操縦を年端もいかない子供たちに任せるわけにはいかない』

「…………」


 なるほど確かに。将来はさておき、今現在の彼らは大人たちの庇護を受けるべき子供である。

 フィールドの展開と操縦とを分けた複座式〈ヴォーグ〉の存在も聞いているが、それでも敵の銃火が届く最前線に子供たちを配すことに変わりはない。

 このシトロフロロという男。実利主義のドライな性格かと思いきや、なかなかどうして、ウェットな道理もわきまえているなと見直す気になった。

 リューベックの艦内ならば安全だと保証できるわけではないが、イザベルら適性のある子供たちは後方で艦の防衛にあたり、大人はヴォーグに搭乗して前線に。

 これならまだ差し迫った有事の役割分担として許容できる。

 メランはシトロフロロから発破を掛けられ、俄然やる気をみなぎらせて試験に挑むのであった。

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