◆1-5:メラン 農場区画(2)

「どうしたお前ら? 引率はいないのか?」


 ミゲルが気さくな感じで話し掛けると、集団の中からスペースヴァンパイア種の少女が進み出て、優等生じみたハキハキとした声で答えた。


「30分ほど前から私たちだけなんです。引率の先生は漏水の修復を手伝うように呼ばれてあっちの方に行ってしまって」


 メランとミゲルが揃って少女の指差す方を振り返る。

 ここからでは背丈の高い作物の畑が広がるばかりで他に何も見えはしない。だが、そちらはさっきまで同行していたもう一人の先輩警備員が様子を見に行ったのと同じ方角であった。


「あっちはぬかるんで沼みたいになってる。近付いちゃ駄目だ」


 反射的に口をついたメランの声が、外部スピーカーを通し、差し迫った強い調子で放たれた。危険だと伝えなければという気持ちが逸ってのことだったが、思いがけない大声にメラン自身も驚いてきまりを悪くする。

 案の定、スペースヴァンパイアの少女とその周りの子供たちは怯んだ表情となっていた。


「知ってます。だから困ってるの。宿泊先のロッジに帰ろうにもあそこを通らないといけないから」


 メランはヘッドギアを外して屈み、少女と目線を合わせる。警備員のマニュアルにはない行動だが無意識でそうしていた。


「すまない。怒ったわけじゃないんだ。どうしたらいいか一緒に考えようか」


 少女は少し驚いたように目をみはったものの、次いでホッとしたように微笑むと、美しくつやめいたスカイブルーの髪をとがった耳の後ろに掛け直す。幼いのに、そんな仕草がすでに一端の妖艶さを漂わせているのは、さすが外見的美を追及したアーキテクトミュータントだと言えよう。


「私は貴方が引率してくださるのがいいと思うわ」

「君たちが宿泊してるロッジにかい?」


 どうしましょうか、と相談するつもりでメランが振り向くと、ミゲルは内部のインカムで誰かと通話しているところだった。メランと目を合わせながらひげで覆われた口元をしきりに動かしているが、声の方はヘッドギアで遮蔽され全く伝わってこない。


 少し待つ間に子供たちの身の上を聞く。

 彼女らは皆、体験実習のためこのベルゲンを訪れている別の艦出身の子供たちだった。一週間に及ぶ合宿の日程を今日で終え、明日リューベックに向けて出る〈艦隊間連絡バス〉に乗り、そこから順次それぞれの地元艦に帰宅する予定だという。

 となると、艦内が緊急事態だからといって、それぞれの自宅へ帰したり迎えを要請するのも難しい状況だ。どうにかして彼女らを引率していた人間を探して引き渡すしかない。


「ねえ、貴方。ここの警備員ならミリィには会わなかったかしら?」

「ミリィって、あの? あー、アイドルの?」


「そう。スーパーアイドルの。今ベルゲンに滞在してるんでしょ?」

「そうなのか……。あ、いや、悪いけど俺も今日ここに配属になったばかりで──」


「駄目だ、あっちは。それどころじゃないらしい。大人でも渡ってくるのは難しいって。今はもう完全に分断されてる」


 通話を切り上げたミゲルが、メランたちの話に割って入ってそう告げた。話し相手は漏水現場の方を見に行ったもう一人の先輩だったらしい。

 普段ならこういう場合の連絡ハブになる〈オラクル〉は、先ほどから調子が悪く、子供たちの引率者に関する問い合わせにも答えてくれない。

 二人のうちどちらかが漏水現場に向かい、引率の先生を連れて戻って来るというのが一番妥当だろうと考えていたのだが、今の話でそれも難しくなった。経験豊富なミゲルも打開策は持ち合わせていなかったようで、さて、どうしますかという感じで両手を腰に当てて考え込む。


「ここで待ちましょうよ。こういうときは動かない方がいいわ。私の直感がそう告げてる」


 緑色の肌をしたフィライド族の少女が自信ありげに提案する。

 確かに彼女らの種族には予知に似た不思議な力が備わっていると聞くが、必ず正解を言い当てられるわけでもない。特にこの年頃のフィライドの場合は妄想と区別が付きづらく注意が必要だった。

 それに、平時であればここに留まる選択もあり得ただろうが、今はレベル4の非常時である。宿泊地でなくともどこかの建屋の中には避難させたい。

 大人たち二人が逡巡していると、離れた場所で腕組みをしていた近地球人種の少年が見兼ねて別の提案を持ちかける。


「向こうの方にショッピングモールがあるだろ。あそこに移動するってのはどうだ?」


 メランはすぐさま手首の端末でその場所を確認する。

 確かにここから2キロほどの距離に大型の商業施設区画があるようだ。こんな無人の農場に子供たちだけでいさせるよりも、それは随分マシな選択であるように思えた。


 再びミゲルがインカムで漏水現場と連絡を取り合い、子供たちを連れて避難させる旨を伝える。幸か不幸か、向こうにいる先輩がこの子たちを引率していた先生を探し当てていたため、これで行き違いになることはないだろう。

 はぐれないように互いを見張りながら進むんだぞと注意して出発しようとした、その時だった。

 足元から激しく突き上げる衝撃──スペースノイドの彼らがおよそ体験したことのない未曽有の衝撃が皆を襲った。

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