第2話:地底辺境伯様

「ここ暗黒地底……の入り口」


 数日馬車に乗り、大きな洞窟に着いた。

 私が降りるや否や、御者さんは逃げるように帰る。

 目の前の洞窟はぽっかりと口を開け、獲物を待っているようだった。

 まるで巨大な怪物みたい。

 近づいただけでひゅうひゅう……と風が吸い込まれるのを感じる。

 緊張しないと言ったらウソになるだろう。

 一度も会ったことがない地底辺境伯と会う……しかも婚姻だ。


 ――でも、まずは進まないと何も始まらない。


 決意して一歩踏みだしたときだ。

 さっそく、足元の植物が気になった。

 青い星型の花。

 さ、採取したい……。

 だって、見たことない花だもん。

 採ろうと思って手を止めた。

 ここも地底辺境伯の領地なのかな。

 少し採ってから向かいたいのだけど……挨拶してからの方がいいかもしれない。


「観察の途中に失礼いたします。フルオラ・メルキュール様でいらっしゃいますか?」

「ふぇぇあっ!」


 突然、女性の声がして心臓が跳ね上がった。

 ギョッとして見上げると、女の人が私を覗き込んでいる。

 ふんわりしたモノトーンのメイド服、の半袖バージョン。

 濃い茶色のお下げを両肩に垂らし、大きな丸メガネも相まってザ・メイドという雰囲気だった。


「私はグラウンド様に仕えるS級メイドのアシステンと申します。フルオラ様とお見受けいたしますが、そうでしょうか?」

「あっ、はいっ。フルオラ・メルキュールでございます」


 慌てて立ち上がった。

 アシステンさんの目の下には、薄っすらとクマがある。

 ふ、不眠不休で働かされているのだろうか。

 馬鹿馬鹿しいと軽んじていたウワサが現実味を帯びてくる。


「あ、あの、S級メイドとはいったい……」

「冒険者でいうところの、S級冒険者でございます。メイドとしてより鍛錬を積むため、メイド協会より暗黒地底へ参りました」

「そんな世界があるんですか……」


 思ったよりすごい人だったらしい。


「この度は遠路はるばるお疲れ様でございました」

「あっ、いえ、こちらこそお出迎えいただきありがとうございます。というより、よく私が来たとわかりましたね」

「グラウンド様にお手紙を送ったと聞いてから、常に入口で待機しておりましたゆえ。もちろん、身体は常に清潔を保っております」

「な、なるほど……」


 アシステンさんは表情をまったく崩さずに告げる。

 暗黒地底が私たちの世界とどれくらい離れているかわからないけど、手紙を送ってから数週間は経っているのでは、と思う。

 すごいメイドさんだ。

 きっと、この人がお屋敷を仕切っているのだろう。


「では、ご案内します。グラウンド様もお待ちでございます。暗いので足元にお気を付けを。どうぞ、私の後についてきてくださいませ」

「わかりました。十分注意します。洞窟なんて初めてなので緊張します」


 アシステンさんと一緒に、洞窟へ足を踏み入れる。

 中はひんやりしていてうす暗く、ちょっと肌寒かった。

 足場はゴツゴツで、岩が剥き出し。

 少し大変だったけど、アシステンさんの後を追えば難なく歩けた。

 最初は涼しかったのに、地下へ潜るに連れて徐々に湿り気と暑さが増し、背中にじっとりと汗が伝う。

 15分ほど降ると、巨大な地下空間に着いた。

 天井は鍾乳石が垂れ下がり、まるでドラゴンの口の中にいるみたいだ。

 ちょうどベロに位置する場所に、石造りの建物があった。


「お待たせいたしました。こちらがグラウンド様のお住まい、地底屋敷でございます」

「うわぁ……ずいぶんと大きなお屋敷ですね」


 黒っぽい灰色の岩石で作られているらしく、暗い洞窟の中でも重厚な存在感を放っている。

 アシステンさんがドアを開け、中に入れてくれた。

 室内は以外にも、地上界の家々と変わらない内装だ。

 絨毯はふかふかで廊下は大変に広く、壁に飾られている調度品も大変に豪華なことを別にすれば。


「こちらでお待ちください」

「は、はい」


 通されたのは広い応接間。

 室内でもじわっとした蒸し暑さを感じる。

 辺境伯様ってどんな人だろう、緊張するな。

 婚姻……もそうだけど、私の引きこもりライフがかかっているのだ。

 失敗は許されない。

 気を引き締めていけ、フルオラ。

 汗を拭きながら待つこと数分、重厚な扉ががちゃりと開かれた。


「待たせたな。私が地底辺境伯――アース・グラウンドだ」

「あっ、いえ! 待ってなどおりません! ちょうど今来たところでして……! フルオラ・メルキュールと申します!」


 濃い赤色の髪に、同じく赤い切れ長の瞳。

 髪はサラサラしていて、頭の後ろで一つに垂らしていた。

 恐ろしい化け物や人食い男みたいな雰囲気はない。

 むしろ、皇室や王室の人間といった洗練されたオーラだ。

 目つきは鋭く、眉間に皺は寄っていて、視線だけで小動物は殺されてしまいそうな雰囲気が漂っているけれど。

 この方も目の下に薄っすらとクマが……。

 やはり地底辺境伯なんて激務な仕事なのだろうか。


「とりあえず、楽にしてくれたまえ」

「わ、わかりました」

「しかし、今日も暑い」


 人食い男なんているはずがない……そう思っていたが、急に怖くなってきた。

 ガバっと鞄から魔道具を出す。

 小さな筒状で、先っぽはラッパみたくわずかに広がっている。


《照らしライト》

 ランク:C

 属性:光

 能力:使用者の魔力を消費し、明かりを灯す。魔力を消費するほど、光は強くなる。


 《照らしライト》を辺境伯様に向け、表面の出っ張りを押した。


「浄化したまえー!」

「な、なに!?」


 ビカーッ! と光線(ただの光)が辺境伯様を照らす。

 悪しき力が宿っているのであれば、これで浄化されるような気がした。


「じょ、浄化―!」

「な、なんだ!? やめなさい、君! 眩しいから!」

「フルオラ様! 落ち着いてくださいませ!」


 わあわあと《照らしライト》を振り回す私と、回収しようとするアシステンさん、光から逃げる辺境伯様。

 大事な大事な初対面は、最悪の展開となるのであった。



□□□



「……大変申し訳ございませんでした」

「い、いや、気にしなくていい。きっと、君も疲れていたのだろう……」


 辺境伯様は厳しい顔つきのまま告げる。

 いきなりヤバい奴だと思われてしまっただろう。

 私は怖いウワサとかが後から怖くなり、少々暴走することがある。

 これもまた悪癖の一つだった。

 ……はっ!

 こんなことを考えている場合ではない、しっかり挨拶しなければっ。


「婚姻は始めてなのですが、どうぞよろしくお願いしますっ。ご迷惑をおかけしないよう努めますので! そして、できれば多少の引きこもりの許可を……」

「……婚姻?」


 辺境伯様は顔をしかめる。

 アシステンさんもそうだ。

 な、なに?

 お二人とも疑問に感じているようなので、改めて聞いてみる。


「あの、私は地底辺境伯様と婚姻すると伺ってきたのですが……」

「私と君が婚姻する? どういうことだ?」

「え……?」


 辺境伯様は怪訝な顔でさらに告げる。

 むしろ、私がお尋ねしたかった。

 ……どういうこと?

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