第85話 とある傭兵の過去



 女が三人寄れば姦しいとは言うが、人が集まればそうなるのが世の常であり、それは異世界であっても変わりはない。


「それでエルさん、ぶっちゃけ相方さんとの馴れ初めはどんな感じだったんすか?」


 オオゲツヒメさんの遣いの蚕に持って来てもらった日本酒をぐい呑みで煽りつつ湯に浸かれば、必然皆テンションが上がってくるわけで、そん状況での他人の恋バナは最上の肴に他ならない。


「ぶほっ!?」


「それは私も気になりますわ。エルフの方々は結構見ますけど、基本皆さん安住型で、傭兵となると中々見ませんもの」


 ああ、エルフと言うと隠れ里とか、部族ごとに定住しているイメージがあるが、それはこの世界でも変わりないのだろうかと、そう思ってパー子に問いかけてみる。


「パー子、エルフって普段どんな感じなんすか? キャメロットやウェールズでもちょくちょく見かけたっすけど」


「そうですわね……。エルフはこの世界だとヒトの次にメジャーな種族ですけれど、基本的には地球側の書物に載っているエルフと変わりありませんわ」


 長命で気位が高く、伝統を重んじ、どちらかと言えば排他的。とは言え今では普通に街で暮らす者が殆どで、森などで昔ながらの生活を続けている者は数える程だと言う。このあたり、やはり文明の利便性は抗いがたいという所だろう。


「私は元々、その数少ない森で暮らしてる部族の出なのよ。それも滅茶苦茶厳格も厳格で、魔力ネットワークの利用を禁止してる上に、里に結界張って余所者との関わりすら拒む徹底具合でね。娯楽って言ったら狩りとか歌ぐらいでね、長命で性欲もほぼ無いから恋愛とかの話も無いし、今にして思えばめっちゃ退屈だったわ」


 そう言うと、エルさんは器の酒を一息で喉に通し、語り始める。


「――あれは、五年前になるのかしらね」


「そんだけ重要イベントの年月が定かじゃ無いって……長命種特有の時間間隔の欠如っすか?」


「違うわよ!?」


 えー、ホントっすかね?



   ●


 

 自分は思い出す、まだ部族の森に居たころを。


「私は部族の長の娘でね、当時は生まれてまだ19で、ようやく体の成長が一段落して、大人としての生活が始まる前段階って所だったのよね」


 エルフは生まれて20年程人と同じ様に成長し、そこから老化が非常に遅くなり、寿命が近づくと急激に老化が進む。たまに老人になってから滅茶苦茶長生きするのも居るらしいが、その辺りは個人差だろう。


「で、長の娘として何不自由なく育てられて、次期里長になる為に色々叩き込まれてたんだけど、メンドクサイから抜け出して森で鹿狩りして、持って帰ると怒られるからその場で焼いてたらあの馬鹿が空から降って来てねぇ……」


「普通空から降って来るのは美少女の特権じゃないんすかねぇ……」


「あー、色々履修した今だとそう思うけど、あの時はただびっくりしたわね。知識としては知ってたけど、初めて見る里の外の人だったから」


 しかもあの馬鹿、私が焼いてた鹿の真上に落下して来たもんだから、落下のダメージに加えて鹿の骨と火傷で結構大惨事だった。


「何でも遺骸で堕竜の群れと戦闘になったとかで、爪の先端に引っかかって遺骸から放り出されたらしいんだけど、だとしても調理中の焚火に落下ってどんだけの確率よってね?」


 とは言えそこからが大変だった。落下して来た直後は火傷に叫ぶ元気があったものの、各部に骨折や打撲、あと鹿の骨が刺さったりもしていて重症だった。


 遺骸での従事者は標準装備の大気干渉系の降下術式があるが、それでも数階の建物から落下する程度の衝撃はある。背中から落ちて来た上、どうやら落下中は半分意識が飛んで居たらしくまあ大変。


「里に連れ帰る訳にはいかなかったけど、かと言って死に掛け放置する訳にもいかないから、私が使ってた隠れ家に運んで看病したのよね。数日里に帰らないとかはよくやってたから、まあ取り合えず目を覚ますまでは見てようかってね?」


「そこから甲斐甲斐しい看病の始まりですの?」


「いやー、それがあの馬鹿、三十分くらいで目覚まして。そのまま起き上がろうとして激痛に悶えるとか言うアホ丸出し具合」


 あの時の事はよく覚えている。大怪我だと言うのに起き上がろうとした彼に、思わず呆れて自分は言ったのだ。


 

   ●


「ちょっと、何起き上がろうとしてんのよ、大怪我なんだから無理に決まってんでしょ!」


「いや、その通りなんだが、助けられて礼を言うのに、寝たままってのは申し訳なくてな。――ありがとうな」


「―――――はぁ?」


   ●



 てっきり、突然知らない場所で驚いて起き上がろうとしたのだと思って居たら、彼は此方に礼を言うためだけに起き上がろうとしていたのだ。

 

 馬鹿なんじゃないかと思いながらも、プライドの凝り固まった風味のある里のエルフ達と違うその感覚を面白いと感じたのを覚えている。


「そこからは、エルフに伝わる薬草とヒューマが持ってた応急用の治療キットで応急手当して、内臓傷ついてるといけないから芋茹でて潰したのとか食べさせてね」


 当時の自分達の調理方と言えば、岩塩と香草を使ったものが主だ。それはそれで美味しいのだが、彼が持っていた非常用のサバイバルキットに入っていた調味料には驚かされた。

 唐辛子や胡椒などは、知識としては書物で読んだことがあったが、実物を見るのは初めてだったので特に胡椒、塩と一緒に振るだけで料理の輪郭がピンと立つ事に驚いた。


 鹿肉に試しに振ってみたらちょっとビックリしたというか。いや普段のハーブ系も良いんだけど。新しい刺激は衝撃的だったので。


「それでまあ、通信で救援要請して、流石に一週間ぐらい掛かるってなったから、それまでは面倒見ようと思ったのよね。でまあ魔力ネットワークは初めて見たから衝撃凄くて、『ナニコレナニコレ!!』って、ヒューマが暇つぶしにアニメとか見るのを食い気味に覗き込んでね」


「ああ、それまで娯楽の少なかった方には、大分刺激が強いでしょうね……」


 いやほんとその通りと言うか、使い方を教わって彼が寝ている間も端末借りて夢中になってしまった程だ。


 それ以外にも服の縫製の正確さや使われてる材質に驚いたり、初めて聞く外の話や文化、世界各国の神々など、自分は一生縁が無いと思っていた様々な物を彼から教わった。代わりに自分達の里の事も話したが、その中で彼が自分に言ったのだ。


  ●



「――大変なんだな、色々とさ」


「なんなら俺と一緒に来るか? いいと思うぜ、逃げちまってもよ」



  ●



 その言葉が、ストンと胸に落ちたと言うか、今まで、面倒だけどそうするしかないと思っていた事を、彼はそうしなくても良いと言ったのだ。

 それをやらないでも良い生き方がある。自分で生き方を決めていいのだと、そんな当たり前な事を、自分はその時初めて知ったのだ。


 その時は「無理に決まってるでしょ!」と断ったが、内心では何処か、その考え方に惹かれていた。


「で、一週間して救助は来たんだけど、流石に私も一週間里に帰らないと捜索されててね。運悪く彼を救助艇に乗せようとしたところで里の連中に見つかっちゃってね?」


 いやもうヤバかった、自分が里の外の人間を助けたこともだが、その船に彼を載せようとしていたのを、自分も乗り込もうとしていると誤解されたのだ。


 まあ、正直見つかって無かったら間違いなくそのまま乗って居たのだが、流石に里の皆に見られていてはそうも行かない。


 仕方なく彼を引き渡して戻ろうとした時、彼が自分にこう尋ねてきた。


 


   ●

 


「なあ、お前はどうしたい? ここで里に戻るか、俺と一緒に外に出るか」


 それに対して、自分は反射的に言葉を返した。


「行きたいわよ。――けどそんなの、皆が許すわけないじゃない」


 だが、彼は笑ってこう言ったのだ。


「じゃあ決まりだ、一緒に行こうぜ、エイル」


 困惑する自分に、彼は続けて、


「皆がどうとか関係ねえよ、俺は、お前の意見を聞いたんだぜ? そしてお前は行きたいと答えた、なら後は俺がどうにかするだけさ!」

 

 そう言った彼が、自分を抱き締めながら皆を見た。そして皆に聞こえる様に大きく息を吸い、叫ぶ。


「悪いなエルフの連中、姫様は俺が頂いてくぜ! ああ、文句があるなら掛かって来やがれ、いくらでも相手になってやるからよ!!」


 堂々と宣言した内容に、当然里の皆は大騒ぎだ。


 抗議の叫びを上げる者、非難の罵声を浴びせる者、救助艇を破壊しようと攻撃術式を展開しようする者達までいた。


 それに対して、自分を地面に降ろした彼が、まるで的になる様に前に立つ。まだ傷も癒えて居ないのに、武器を此方に預けて素手の拳を握りしめた。


 理由は分かる、救助艇を狙われないように自分が矢面に立ち、里の皆を万が一にも害さない様に武器を捨てたのだ。


「来いよ引き籠り共! テメエ等全員張り倒してでもアイツは連れてくぜ! 手加減して素手で相手してやるから感謝しな!」


 彼のあからさまな挑発に、一斉に術式や弓矢を展開する皆を見て、自分は思わず動いていた。後ろから彼にしがみつき、縋るようにその服を握りしめ、


「――だめ! 馬鹿言わないで、アンタまだ重症なのよ、そんなことしたら死んじゃうから!」


 彼が身動ぎするが、離さない。何より非力な自分を振りほどけないその力が、彼の瘦せ我慢を物語っている。


「私は良いから! もともとこの里で育って、そのまま死ぬまで里に居るべきなんだから! それが普通で当たり前なんだから、私の我儘の為にアンタが犠牲になる必要なんて無いから!」


 柄にも無く泣いていた。自分でも分からない、たった一週間過ごしただけの、何でもない男が死ぬのがどうしても嫌だった。


 すると、皆を止める様に、長である自分の母が前に出て、皆を納める様に手を翳し、


「人の男よ、貴様の名は?」


「ヒューマ・カタギリだ、エイルのおふくろさん」


 対する母は、一度自分と視線を合わせ、彼に視線を移すと、不意に、深く頭を下げたのだ。


 騒然とする周りの皆を無視して、母が言った。


「――娘を、よろしくお願いします」


「……母さん」


「さっさと行きなさい。――いつかはこういう日が来るのは当然で、それが貴方の時だった。それだけよ、エイル」


 頷き、自分は彼を支えて救助艇に乗り込んだ。


 最後、ハッチが閉まる際に見えた母の顔は、何処かさっぱりした様に微笑んでいて、今でも、その光景は鮮明に焼き付いている。


 

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