第84話 浴衣の着方
風呂を探してやや彷徨う事十分ほど、最終的に受付でオオゲツヒメさんに場所を尋ねた自分達は、男女に分かれた大浴場の暖簾の前に居た。
「それじゃあギラファさん、またあとで!」
「ああ、また後で、蜜希」
流石に男女別でギラファさんと一緒に入る訳にはいかない。一応各部屋に露天風呂が付いていたのでそっちならアリだが、流石にまだ無理、死ぬ。
という訳で自分達は部屋にあった浴衣とタオルを手に大浴場へとやって来たわけだが、
「しっかし浴衣かー……好きだけど着るの苦手なんすよねぇ」
自分の言葉に、子供用の浴衣を手にしたククルゥちゃんが首を傾げる。
「あん? 見た感じ着るのは簡単そうに見えるが?」
確かに、着方としては布巻いて帯で止めるだけなので非常にシンプルだ、しかし問題はそこでは無い。
「いや、私やフィーネ見たいなタイプだと、和服って基本「D」or「D」なんすよね……」
暖簾をくぐり、脱衣所に入りながら会話を続ける。籠やツッカケを見る限り、どうやら先客が居る様だ。先程話に合ったもう一組のカップルだろう。
「あら、誰かいますのね。――それで、なんですのその二択?」
「あー……」
困惑顔のパー子に対して、フィーネがやや諦めた様に頷くのはやはり当事者だからだろう。そう、答えは簡単だ。
「『ドスコイ』or『ドスケベ』」
「意味わかりませんわよ――!?」
叫ぶパー子の反応はもっともなのだが、これが結構面倒くさいのだ。
「胸が大きい場合、ちゃんとした着方としてサラシとタオルで平らに慣らして着るか、いっそ崩して帯の上に乳を載せる勢いで着るかの二択なんすけど、前者は窮屈だし全体的に太って見えるし、後者は乳袋搭載で見るからにドスケベなんすよね」
「あー……、キャメロットでも買い物で似た様な会話いたしましたわね」
「まあ今回の様に寝間着としての簡素な浴衣ですと、サラシで抑えるよりは崩して着た方が何かと楽かと思いますが……」
「つまりは私とフィーネはドスケベになると……!」
「語弊! 語弊がありますよそれ!!」
「つーかさっさと風呂行こうぜ、脱衣場で何時まで話してんだよ?」
まったくもってその通りなので急いで服を脱ぐ事にした。
●
木製の引き戸を開けると、外気のひんやりとした感覚の中から、僅かに熱気が湯気と共に体を包み込んでくる。
「おお……」
まず目に入るのは、庭を見渡せる露店の浴槽だ。自然石で組まれた空間に、乳白色の湯が満たされている。男湯との境は竹垣と覗き防止用の術式陣で塞がれ、手前側には板張りの床を備えた洗い場もある。
と、浴槽の中、壁にもたれ掛かる様に湯に浸かる先客と目が合った。
「あら? 蜜希のお嬢ちゃんじゃない! 遺骸の防衛以来ね、元気してた?」
まさかの知り合い登場に前に出て来ていたパー子を押し倒す様に派手にズッコケたが、床が板張りだったおかげで助かったというかなんというか。
その後パー子が胸を抑えて項垂れて居たが、流石に不慮の事故だったので許せ。
●
「なるほどねぇ、神道側から調査の依頼かぁ。相変わらず厄介ごとに巻き込まれるのね蜜希のお嬢ちゃんは」
体を流し、皆で湯船につかりながらエルフの女性が口を開く。
「まあそれに関してはいいんすけどね、……えーっと、」
そういえば、遺骸の上で名前を聞くのを忘れていた。大体バカップルとかご婦人呼びだった事もあるが、初手で名前を聞き忘れると聞きずらいと言うか。
そうした自分の表情を察したのか、エルフの女性は微笑みと共に此方を向いた。
「ああ、そういえば名乗って無かったわね。私はエイル・クレイドル、エルでいいわ。――ちなみに相方はヒューマよ。姓は確かカタギリだったかしら?」
あんまり姓で呼ぶこと無いからねー、と苦笑する彼女に対し、此方はややニヤリとしながら言葉を作る。
「ふむふむ、それで、エルさん達はなんでまた神州に? 新婚旅行っすか?」
「へぶふ!?」
おっと、これは当たらずとも遠からずと言った所だろうか。
「あらあら、楽しそうですわね?」
甘い空気を察したのか、今まで会話に入ってこなかったパー子がこちらへ身を寄せて来る。腕に密着されればその控えめな胸が肌に……肌に……うん、当たらないっすね、残念ながら。
「強く生きるんすよ、パー子」
「いきなり意味わかりませんのよ――!?」
まあ分かられたら困るのでそれでいいと言うか。
因みにククルゥちゃんとフィーネは少し離れた位置でお湯に浸かっている。蕩けきった表情のククルゥちゃんは中々レアだし、それを微笑ましく眺めるフィーネに至っては『お湯に浮く……!』と言った感じだ、あれ撮影したら通信で高値で売れないっすかね?
まあそれはさておき、盛大に吹いたエルさんが深呼吸をしているところに言葉を挟む。
ところで深呼吸で息を吐き切った瞬間に驚くと人間どうなると思います?
「新婚旅行ではない、と。まあ確か遺骸の時が正式な告白だった見たいっすから、婚前旅行って感じですかね?」
「―――――!!!!?」
正解は一瞬呼吸困難になる、だ。
「あらあらあら、お熱いのは良い事ですわね?」
「いや、その違っ! いや違くないけど、ええと……」
おっと、自白したっすね?
その事に気付いたエルさんが自分の口を思わず覆うが、時すでに遅しだ。
「おや、何やら楽しそうですね?」
気付けば離れていたフィーネ達までやって来ており、折角の広い浴槽の一か所に固まって話し込むという状況になってしまったが、まあこれも旅の楽しみの一つではあろう。
●
一方その頃、男湯にて。
「…………」
「……なあ、ギラファの旦那」
「何かね、ヒューマ?」
湯に浸かり、頭に濡らしたタオルを載せたギラファへと、横でじっと女湯の会話を聞いていたヒューマが告げる。
「……覗かねえ?」
「……確か今の覗きの神罰は、尻に魔力で出来た中年男性の握り拳が肘まで撃ち込まれた上で警報と共に警備神達が駆けつけ、その後半年間女性を見ると尻に抜き手が叩き込まれる物だった気がするが……それでも行くなら止めはしないぞ?」
「それ真ん中の下りだけあれば十分じゃねえかな!?」
そう言いながらも、ヒューマは諦めた様に空を見上げ。
「つか、止めないとか言いながらちゃっかり警戒態勢取ってるあたり、旦那も蜜希の嬢ちゃんにはべた惚れみたいだな」
「……いや、警戒態勢をとっているつもりは無かったのだが……」
おいおい無意識で止めに掛かるとか独占欲というか完全にべた惚れじゃねーですかよ?
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