第82話 オオゲツヒメ



 蜜希達一行は、目の前で神様がお盆に向かって嘔吐すると言う事態に完全に思考が停止していた。


「けぽけぽけぽけぽ……こっ」


「最後に喉鳴らすの生々しいから止めて貰えないっすか?」


「その通りですけれど言葉にするのは止めて下さいまし蜜希」


 と、一通り吐き終えたオオゲツヒメさんが、両手で支えていた器を此方に差し出してきた。


「……ふう、さあ、召し上がれぇ」


「「はいいいいいいいぃ!?」」


 ちょっと待て。


「いやいやいやいや! いくら神道が何でもありなアングラ宗教だって言ったって、流石に嘔吐物客人に差し出すとか――!」


 と、そこまで言葉にして思い出した。


 そういえば日本書紀でも古事記でも、嘔吐物を客人に出して首切り落とされた神様が居たと言う事を。自分が覚えているのはウケモチと言う神様だが、それは日本書紀に乗っていた方で、確か古事記に記されていたのは……そう、オオゲツヒメだ。


 見れば、差し出された器に満たされているのは半固体のソレでは無く、細やかな細工が施された色鮮やかな菓子の山だ。


「あー、はいはい思い出したっすよ。こういう神様だったっすね、古事記に記されてたオオゲツヒメって。」


「え!? こんなエキセントリック行為が神話で記されてますの日本!?」

 

「逆に神話記述無しでこれやってたらどういう性癖案件っすかパー子? ちなみに連鎖で思い出したっすけど、ハイヌウェレ神話系って言って意外とメジャーな神話体系っすよ?」


 パー子の叫びにそう返しつつ、自分は差し出された器から砂糖菓子を一つ手に取る。食紅で紅く色付けされた花形のそれを軽く口元に近付けるが、匂いは問題なし。そのまま口に放り込んだ。


「お、スッキリとした甘さ。これなかなか良いお砂糖使ってるっすね、和三盆かな?」


「あ、わかるぅ? そうなのよぉ、和三盆だと後味がしつこくないから、食べやすいでしょぉ?」


 頷きを返しつつもう一つ口に放り込んでいると、横から伸びたククルゥの手が自分の服の裾を掴んだ。


「……よく普通に手ぇ出せるな、蜜希」


「あー、まあ神道の神様だったら禊の効果もあって不純な物は取り除かれてるだろうし、後は度胸っすよ度胸。正直昔にクサヤ初挑戦した時よりずっと楽っすね」


 アレは逆に食べても問題無いと言う事は分かっていても、匂いが与えて来る感覚で結構きつかった。口に入れば良いのだが、その決断をするまでがこう、ね?


「ほらククルゥちゃんも、あーん、っすよ?」


 そう言って砂糖菓子をククルゥちゃんの口元に近付ければ、一瞬ためらう様な素振りを見せつつも、意を決したように口に含んだ。


「あ……ん、――!」


 目を見開いて驚いている辺り、どうやらお気に召した様子だ。みれば、自分に続いてパー子とフィーネも手を伸ばしているし、ギラファさんは砂糖の香りを堪能しているのか触覚が大きく開いている。


 最高――!!


 実はギラファさんのこの仕草は結構レアなのだ、甘い物に反応して触覚が動くことはままあるが、ここまで大きく広げているのはあまり見ない。ええ、つまりお宝映像っす。


 と、ここまで傍観を決め込んでいたミナカさんが口を開き、


「いやー、凄いねミッチー、肝座ってるとは思ってたけど、まさかここまでとは」


「そうっすか? 神様のやる事ならまあ大丈夫だろうと思うんすけど」


「いやいやいや、その辺理屈で分かってても、この短時間で自分から食べに行った人間そうそういないよミッチー」


 ふむ、


「――逆に聞くんすけど、喜んで食べに行った人とかもいるんすか?」


 何の気なしに聞いたつもりだったが、オオゲツヒメさんが一つ頷き答えを返した。


「いるわよぉ? 私の出す食料、結構人気商品なんだからぁ」


 うーん、これは何やら性癖案件の様な気が。


「ああ、オゲヒメの出す食料って『普通に食料として栄養素になる物』と、『味と触感と満足感だけ得られる物』とあってさ、後者はダイエット食品としても売られてるんだけど、生産追い付かなくて品切れ状態なんだよねー」


 なんですって?


「ちなみにその砂糖菓子も後者よぉ? あ、そこの売店にも置いてあるけど、御代はミナカ様持ちだから、好きに持って行っていいからねぇ?」


 それを聞いた自分達、ギラファさんを除いた女性全員が互いを牽制しあう様に見つめ合ったが、ええ、抜け駆けは許されないっすよ?


「つーか、その品揃えに関してだけどよ、『オオゲツヒメ産シリーズ!』の《上》はまだわかるんだが、《下の前》《下の中》《下の後》ってなんだよ!? 尻からでも出すのか!?」


 ははは、まさかそんな、《下の前》が竹筒入りの液体なのがそういう意味とか、あはははは……


「ええ、そうよぉ? 作ってるところ、見る?」


「「「…………ごくり」」」


「……生唾飲むの止めましょうよ皆様」


 フィーネの言葉に意識を覚醒させる。少々衝撃の展開の連続で思考回路がショートしていたと言うか、と言うかここで始められたらギラファさんも見る事になるからダメ――!!


「というかオゲヒメー、ここそういう店じゃないってば」


「うふふ、大丈夫よぉ、そういうのは私が配信してる通信動画で奉納熱心な信者さんたちにしか見せないようにしてるからぁ」


 ああ、有料会員限定的な……。


「あー、うん、まあそれでいいからさ、とりあえず皆を部屋に案内したいんだけど?」


 さっきからミナカさんのテンションが下がり気味な気がするが、度を越えた天然を前にすると調子が狂うと言った所だろうか?


「はいはぁい。それじゃあ三階の部屋好きに使って良いわよぉ? 今はお客さん他に一組居るだけだから、お風呂とかもそんなに混ま無いと思うからぁ」


 オオゲツヒメさんの言葉に、ミナカがさん軽く目を見開いて反応を示した。彼女はすこし口の端を吊り上げると、自分達に付いて来るよう促しながら、


「今は他に予約客入ってなかった筈だし、ここに自力で辿り着いたんだ。――どっかの王族のお忍び?」


「うーん、普通のカップルさんだったわよぉ? ただ、どうも女性の方がそっち系かしらねぇ?」


 なるほどねぇ、と返すミナカさんの態度に首を傾げるも、何か聞くより先に言葉が響いた。


「それではお客様方、ごゆっくりおくつろぎくださいねぇ?」


 頭を下げたオオゲツヒメさんに見送られ、自分達はミナカに促されるままに廊下を進んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る