第81話 大粟亭



 突如として出された蜜希の解散宣言に、御刻みこくは重い息を吐く。


「……そうですね、日も暮れて来ましたし、本日はこちらの手配した宿に泊まっていただいて、報酬や調査の手順などはまた後日と、そう致しましょうか」


 そう言ってミナカへ視線を向ければ、察した彼女が頷きと共に立ち上がった。


「おっけー、それじゃあ私は皆をオゲヒメの所に連れてって来るから、御刻はさっきの聖剣国家の後ろ盾の件、内政側に話通しといて。――今のうちに声明出しとけば各国も『非難するより協力要請した方が得』って考える所増えると思うからさ」


 本当にこの最高神は……お気楽能天気なようでいてその実酷く頭が回ると言うか、でなければTOKYO大改修の交渉も通りはしなかっただろうが、こうしたギャップには毎度驚かされる。


 それでいて自分にはまるで学校の同級生の様に接してくるのだから、つい比較して自分の能力を低く見積もってしまうと言うか……いえ、一応神州トップクラスの自負はありますよ? ホントですよーう?


「はい、お願いしますね。――それでは皆様方、本日はありがとうございました。またよろしく御願い致します」


 頭を下げれば、応じる様に功刀くぬぎ様も頭を下げて来た。先程からミナカに負けず劣らず不規則言動の目立つ彼女だが、皆の中でリーダーと言うか、ある種精神的な拠り所の様な立ち位置を確立しているのが見て取れる。


 聞けばこちらの世界に来てまだ日が浅いとのことだが、これは持って生まれた人柄か、それとも身に着けた振る舞いによるものか。

 流石に初対面でそれを見切れるほど自分は卓越していないが、彼女の不規則言動や煽りに怒りこそすれ憎みが湧いてこない辺り、既に自分も半ば絆されているのかもしれないと、そんな事をふと思う。


「はい、ありがとうございますかんなぎさん。こっちで意見がまとまったら連絡するんで、またその時よろしくお願いするっす」


 邪気を欠片も感じない笑みで告げられれば、自然と此方も顔が綻ぶ。


「御刻で構いませんよ、功刀くぬぎ様」


「だったら自分も蜜希でいいっすよ御刻さん、あと様付けはフィーネで十分なんで、呼び捨てで!」


「いえ流石に呼び捨てはちょっと……では、蜜希さんと、そう呼ばせていただきますね?」


「はい!」


 そんなやり取りをしている自分と彼女の後ろ、控える様に立つ数人が顔を寄せていた。


「良いんですの教官……また蜜希が女をタラシこんでますのよ?」


「私としては蜜希の交友関係が増えるのは喜ばしいが、流石の手の速さと言うべきだろうか?」


「私もタラシこまれた側ですが、人の懐に入り込んで行くのが得意ですよね蜜希様」


「つーかアタシも含めてアイツにタラシ込まれた奴しか居ねぇよな、神州に来たこのメンツ」


 完全に聞こえる声でひそひそ話をするのは彼らの持ちネタなのでしょうか?


「ちょっとそこ! タラシこむとか人聞き悪い事言わない!!」


「では聞きますけど、貴女、私達それぞれと知り合って打ち解けるまでどれくらいでしたの?」


「……大体皆一日っすよね。」


「うーん、これはまごうことなき人タラシだねミッチー」


「はい! そこまで! 早く宿に案内してくださいっす!!」


 はいよー、と答えたミナカが転移門を開く。突然空間に現れた歪に客人たちが若干驚くが、ミナカにとってはあの程度はちょっと手を動かす程度の気楽さだ。


 客人達を先導する様にミナカが門をくぐり、軽く顔を出してこちらに微笑むと、


「それじゃあ御刻、またあとでね!」


「ええ、よろしくお願いしますね、ミナカ」


 手を振り、皆が通った門が閉じるのを見届け、自分は一息。


「さて、お仕事お仕事」


 少しだけ、普段より術式陣を操作する手元が上機嫌な気がするのは、つまりそういう事なのだろうか?




   ●



 ミナカさんの作った空間の裂け目を抜けると、そこは日本庭園の中に佇む旅館の前だった。


「おおう……これは」


 広大な敷地に、旅館を取り囲む様に広がる巨大な池。その周りを松や楓と言った木々が彩り、所々には池を渡る為の橋が立つ。

 船で池を回れる様に作られたこの形式は、確か池泉回遊式と言うのだったか。


「はいはいご到着ー。ここは『大粟亭おおあわてい』、私がちょくちょくお客様用に使ってる旅館だよん」


 ミナカさんに先導されつつ旅館の玄関へ向かう中、周りをキョロキョロ見回すククルゥちゃんが声を上げた。


「ほあー……綺麗な庭だな……」


「でしょ? 私も昔からお気に入りで、休みの御刻を連れてちょくちょく来てるんだ!」


 自分のお気に入りの場所を褒められて嬉しいのか、ややハイテンションなミナカさんが玄関の扉を開ける。


「おーい、オゲヒメー! 予約で伝えてたお客さんだよーう!」


 ミナカさんに続いて入り口をくぐれば、何か空気が違う様な、そんな感覚を肌で感じた。


「これは……」


 決して不快な感覚では無い、ただ、ひんやりとした気温に反して、優しく包み込むようなその感覚が妙に不可思議に感じたのだ。


 けれど、その疑問を発するより先に、受付らしいカウンターの向こうに女性の姿が表れた。


「あらあらぁ……いらっしゃぁい、ようこそ大粟亭へ」


 なんだか凄くゆったりした話し方をする真っ白な女性である。頭に見える触覚のような物と、背中に生えた翅、あれは蚕の物だろうか?


「この子はオオゲツヒメ、ここの主をしてる神格だよ。――ほらほらオゲヒメ、お客さんに挨拶!」


 促される様に、真っ白な女性はこちらへ一礼。


「オオゲツヒメですぅ、皆様はじめましてぇ」

 彼女の礼に、此方も頭を下げて、


「初めましてっす、オオゲツヒメさん。私は功刀・蜜希っす」


「あらぁ、いい子ねぇ。あ、折角だしぃ、お客様に御菓子御馳走しないとねぇ?」


「げっ!?」


 オオゲツヒメさんの言葉にミナカさんが何やら驚いたような声を上げたが、何か微妙な味の御菓子でも出てくるのだろうか?


「ちょっと待ってねぇ……、あ、あったあったぁ」


 受付下をゴソゴソと探っていたオオゲツヒメさんがカウンターに置いたのは、木でできた厚めの御盆と言うか、アレだ、よく和室とかでオカキ入ってる器。


 ただ、オオゲツヒメさんが取り出したそれは、見た所……


「? 空っぽですの?」


 パー子が言う通り、器の中には何も入っては居ない。さてこれは何らかのネタかウッカリ属性かと思考し始めた自分の前で、おもむろにオオゲツヒメさんがその器の両手で掴み、


「おぼろろろろろろろっ……」


 盛大な音を立てて嘔吐した。


「「「おわあああああああああああああああ!?!?」」」


 どーいう状況っすかこれ――――!!?

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