第77話 見守る者たち




 ああ、蜜希様がやらかしましたね。と言うのが、フィーネの素直な感想だった。


 座卓を挟んで向かいでは、蜜希様の拒否とも言える言葉を受けた御刻みこく様が、半ば立ち上がりそうな勢いになっている。


「え!? いやここ普通断らない場面ですよね!? そうですよね!?」


「突然拉致された挙句国家災害規模の相手と戦えとか言われて即了承する方がおかしいと思うんすけど?」


「ああああ! 言われてみると何も言い返せないです!! はい!!」


 ちょっと素直すぎではありませんか?


 かんなぎ御刻みこく。神州における多くの有力な神職者を輩出している巫家の出身であり、内政系の出世街道を辞退し現場で一から実績を積み上げて来た叩き上げだ。


 ……たしか、高校生の頃から実働として現場に出て居たのでしたか。


 神州における神職は、内政系と実働系の二種類に分けられ、内政系は地球側で言う官僚に近い物であり、国の行政や司法と言った職についていく事になる。

 最上位になってくるとそれこそ国の礎としての祈祷を行う様になると言う事だが、基本的には公務員と言った所だ。


 一方実働となると、此方は戦闘系の要職となる。敵性存在への対応は主に侍系や軍神、戦闘神達の管轄だが、それとは別に、人が生きていく中で溜まる「穢れ」が表出することで発生する、「怪異」と呼ばれるものへの対応は、神職の実働系が担当することになっているのだ。


 幼いころから神職としての知識と技術を叩き込まれてきた御刻様は、キャリア形成の一環として送られた実働の現場でその才能を開花、高校生にして熟練の神職達を上回り、卒業と同時に実働の長へと就任したという話で。


「……長に就任したのは、アメノミナカヌシ様の専任となる為の措置と言う事でしたか……」


 ふと口から漏れていた呟きに、蜜希様と御刻様のやり取りを眺めていたアメノミナカヌシ様が反応を示しました。


「そうそう、私って今まで専任の巫女って居なかったんだけど、基本地力と地位の高い巫女達が交代制でついてたんだよね。けど急に欠員が出たとかで、急遽産休に入ってた御刻の母親が一日付いたことがあって、そしたらなんか急に産気づいてさー」


 


 ●


「あいた―――!! やばい! ミナカ様、産まれる産まれる!!」


「ええ!? 予定日大分先だったよね!? ちょ、頑張って耐えて! 急いでサクヤンの所に転移門開くから!」


「あーうん、あ、無理無理無理! もう頭出て来てる!! 待って待ってあいたたたたたた!!?」


「うわ―――!! ちょ、サクヤン!! 急いでこっち来て、神前結婚超えて神前出産始まっちゃったから!!」



 ●


 

「なんでそんなアッパー入ってんだよ……」


 会話を聞いていたのか、横に座っていたククルゥ様が思わずと言った様子で言葉を挟んできた。


 それにあははーと笑い声を上げながら、ミナカ様は言葉を続け、


「まあそんな感じで、こりゃもうこの子は将来私の専任になってもらうしかないかなーって思ってさ、小さい頃から会いに行ったり、遊び相手になったりして、高校卒業後には色々手を回そうと思ってたんだけど……」


「けれど?」


 私の促しに、ミナカ様は片手を頭の後ろに当てて、


「……私が手を回すより先に、実習的な感じで参加した実働の怪異払いで指導員より鮮やかに祓っちゃってさ、そっからはもう殆ど実力でポスト掴みに行ったよねあの子」


 ああ、話に聞いたことがありました。


「噂で聞いた程度ですが、なんでも実家のコネやミナカ様との付き合いなど全部用いて強引に自分を売り込んでいったとか、中々退こうとしない前実働部長を一騎打ちで負かして奪い取ったとか……?」


「あー、大体そんな感じ、でも前任者に関してはどっちかって言うと『退かないフリ』をしたうえで敢えて負けてくれた、ってのが正解かな。御刻は神州でもトップクラスだけど、前任者だった御刻の高祖父はガチの神州最強人類だからねー。いやほんと、私も含めて皆なんだかんだで御刻に甘いから」


 ミナカ様は嘆息しながらそう告げるが、此方としては笑みが浮かぶことである。


「良いではありませんか。御刻様は自力でミナカ様の御傍に立ちたかったと、そういう事なのですから」


 自分の言葉に、神道の最高神である彼女は苦笑を零す。


「あはは、いやあ、自覚はあったけど、改めて他人からもそう言われると照れるよねぇ……うん、神と人だから、ずっと一緒には居られないのは分かってるんだ。だから、一緒に居られるこの時間を、私は大事にしたいんだよね」


 内緒だよ? と此方に微笑むミナカ様に、自分とククルゥ様は一度顔を見合わせ、互いに頷き言葉を作る。


「ええ、言いませんとも」


「そうそう、言うまでも無く、向こうに伝わってるだろうからな」


「うーん、そうかな? もしそうだったら恥ずかしいけど、嬉しいね」


 微笑み、頷きを持って答えとする。と、此方のそんな和やかな空気をぶち破るかのように叫び声が響いた。


「うわあああああん!!」


 ああ、また蜜希様がやらかしましたね……

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