第38話 女神の欠片



   ●



 立ち上がり、いつも通りの表情を見せたフィーネに、自分は一息。

 

 五百年前に祖母に助けられたとは聞いていたが、まさかフィーネ自身が当時の黒幕――黒幕違う。どっちかというと一番の被害者、だったとは。


 でもまあ正直なところ、それが彼女のせいだったとは思えない。けれど自分のせいだと後悔する彼女の気持ちを部外者の自分が安易に否定するのも違うだろう。


 ……だからまあ、友達として出来る事は、ダメになったら止めてあげる事っすよね。


 どうやらその思いは正しく伝わったようで一安心。ここからは上で絶賛不穏な気配を振りまいてるワイルドハント(浸食体)の対策に思考を集中させる。


「それで、功刀・蜜希とギラファが災厄を引き付けると言う事だが、可能なのか?」


 アグラヴェイン卿の言葉に答えるのは、当然先程その見解を述べたフィーネ自身だ。


「絶対ではありませんが、かなりの確度で可能だと判断できます。日常生活においては特に違和感はありませんでしたが、先程のワイルドハント出現時は、私の中の災厄の残滓が蜜希様へ反応して活性化していますので、直接の仇でもあるギラファ様と共に陽動に出れば、本能的に乗って来る可能性は高いかと」


「ギラファさんの場合は当時直接戦った相手だからってのは分かるんすけど、自分の場合は希お祖母ちゃん経由っすよね? それでなんでそんな明確に反応するんすか?」


 その疑問に対して、フィーネは僅かに迷う様に息を詰めた。


「そうですね……、これは先程の話以上に他言無用になるのですが、――私の独断として、話させていただきます」


 そう前置きをした上で、フィーネは改めて此方へ視線を向けて、


「蜜希様は、希様がそうであるように、女神の神核、その欠片を宿してらっしゃいます」


 その言葉に対する反応は、全体で二つに分かれた。


 すなわち、疑問と、緊張。


 自分は当然前者だし、パー子やアーサー王、アグラヴェイン卿も意外にもこちら側。一方後者はギラファさんとマーリンさんと言う良く分からない組み合わせ。


「すまない、その女神の神核……言葉から察するに、神話の原初の女神に由来する物だろうが、それは一体何なのだ?」


 アグラヴェイン卿の疑問に答えたのは、フィーネでは無く、マーリンさんだった。


「神核っていうのは、僕達みたいな神格を形成する心臓みたいなモノだよ、言葉が似ててややこしいから存在核とか言ったりするけど、つまるところ力の源だ。これが破壊されると現在の記憶と自我が失われるし、再生にも数百年以上の長い時間が掛かる」


 でも、と、女装の神格は言葉を続け、


「原初の女神の物となると、流石に予想がつかないね。しかも、それが蜜希の中に宿ってるとなると、もう想像の範疇外だ」


「そうでしょうね。まず第一に、原初の女神の神核は、マーリン様達の存在核とは異なり、再生することはありません。これは在り方の違いからくるものですが、説明が難しい上に今は関係ないので割愛させていただくものとして、かつて女神が倒れた時、その神核は粉々に砕け、大部分が消滅しています」


 そこで言葉を区切り、フィーネは全員に視線を巡らせて続きを告げる。


「ですが、残った僅かな欠片は、マーリン様、貴方達をこちらに顕現させるために女神が開いた繋がりを通じて、地球側へと流れていきました」


 フィーネの説明に、やや訝しみながらマーリンさんが口を挟む。


「それを宿して生まれたのが、秋楡・希や蜜希ってこと?」


「はい、おそらく、と言う前置き付きではありますが、そうした欠片は地球側で女神に近しい素質を持つ人々に宿り、その人が死亡すればまた他の誰かに宿り、連綿と受け継がれてきたのでしょう。――もっとも、蜜希様や希様の話を聞く限り、地球においては欠片は休眠状態に入っており、宿ったとしても特に何の効果も無いものとなっている筈です」


 しかし、とフィーネは続ける。


「欠片を宿した人物がこちらの世界に来た場合、次元を超える際に女神が繋いだ『繋がり』に直接触れる事になります。その結果休眠状態だった欠片は活性状態に移行し、宿主の体に様々な変異を及ぼします」


 不意に、フィーネがこちらへと視線を向けて来た。


「蜜希様、この世界へ来る前後、急激に体調を崩す様な事はありませんでしたか?」


 そう言われれば、一つ思い至ることはある。


「こっちに来る直前、お酒一杯で酔いつぶれるって言う事はあったっすね……」

 

「え、スピリタスをジョッキで一気飲みしてもケロッとしてた蜜希が酔いつぶれるとか、どう考えても異常ですわよ!?」


 パー子やかましい。だが、確かに初めての経験だったのは事実だ。


「あれが、その活性化の証明って事っすか?」


「勿論それだけでは確証とはなりませんが、この一週間蜜希様の傍で解析した結果、女神の欠片が蜜希様に宿っている事は、まず間違いないと確信しました」


 そういわれても、こちらとしては特に実感は無いのだが、と言う思考が顔に出ていたのか、フィーネが苦笑と共に言葉を続ける。


「そうですね、蜜希様はここ最近で、竜の加護を発動している自覚がないのに、ふと思いもよらない力が入っていた事はありませんか?」


「んーー、竜の加護を発動しないでって言われても、そんなに力入りすぎてたようなことは――」


 いや、あった。あの時は無意識に竜の加護が発動したと思い切っていたが、そう、アレはキャメロットに来たその日のことだ。


「――パー子の頬にビンタした時、やけに景気よく吹っ飛んでったっすね」


「あれ、『こいつ加護発動してぶっ叩きやがりましたわね』って思ってましたけど、そうではありませんでしたの?」


「うっす、自分もぶん投げられた恐怖で加護が発動してたと思ってたんすけど、今にして思えば、加護が掛かってる時みたく思考の高速化とかは無かったっすね。」


「おそらく、欠片の活性化に伴って、蜜希様自身の身体能力や魔力への順応性が上がっている筈です。加護の性能をこの短時間であそこまで引き出せているのも、その影響は少なくないと判断しています」


 うーん、この知らない間に人間やめてた感。まあそのおかげで遺骸の上では色々役に立ったのだから、特に困る事では無いのだが。


 そんなことを考えていた所、一つ頷いたアグラヴェイン卿が、


「なるほど、つまり災厄を撃退した英雄の子孫であり、その身に女神の欠片を宿した彼女は、災厄からすれば不倶戴天の仇の様な物と言うべきか」


 いやまあ、その通りではあるのだが、


「まったく自分の関わりない所で仇認定されてるの、地味に迷惑っすよね」


「その割には、何処か喜んでいる気配がするのは何故かね蜜希?」


 今まで沈黙を保って居たギラファさんの言葉に、自分は思わずぎくりとする。


「あー……その、隠された血筋とか、女神の系譜とか、ぶっちゃけゲーマーとしては滅茶苦茶テンション上がるというっすか」


 無言で差し出されたパー子の手を両手で握り返す。うんうん、オタク文化にドップリ浸かってるとその辺興奮するっすよね。


「やれやれ、私としては、余り君を危険に巻き込みたくは無いのだがね……」


 おっと、


「それは違うっすよ、ギラファさん。」


「――?」


 首を傾げるギラファさんに対し、自分は彼の手を取って、自分の胸へと引き寄せながら、


「前にも似たようなこと言ったっすけど、――こういう事、私は滅茶苦茶ワクワクするんすよ?」


 それに、


「ギラファさんが一緒に居てくれて、守ってくれるって、私は分かってるっすから!」


 いつか、隣に並び立てるようになりたい。そう付け足さなかったのは、まだしばらく、彼に守られることに甘えて居たいと、そういう事だ。


「さあ、そんじゃあ自分とギラファさんが囮になる前提で、作戦会議続行っすよ!」


 おや皆の衆、互いを手で扇ぎ合ってどうしたんすかね?

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