第37話 従者の過去


 

 先にパー子がアグラヴェイン卿へと報告に行き、自分はフィーネに軽い食事を貰い、汗まみれの服を着替えてから後を追った。


 辿り付いたのはアーサー王が政務を行う執務室。パーシヴァルの説明を聞き終えたアグラヴェイン卿が、眉間の皺を深くしつつ声を絞り出し、


「なるほど、ワイルドハントの異常活性は、災厄の残滓によるものか……」


 アグラヴェイン卿の言葉に、居住まいを正したパー子が確認をする様に言葉を紡ぐ。


「先に報告してある通り、遺骸での戦闘の際は現陛下の聖剣の再現まで行いました。今回も同様であった場合、かなりの激戦が予想されるかと思いますわ」


「そうだな、現在は死霊の出現も無く、小康状態を保って居るが、いつ活発化するか分からん以上、常に動けるように準備は必要だ」


 と、それまで静観していたアーサー王が、目の端で外の暗雲を眺め、視線を戻して口を開いた。


「儂の似姿か……個人的には是が非でも戦ってみたいものではあるが……」


 対し、その呟きを止める様に声を掛けてきたのは、いつの間にか部屋の中に現れていたマーリンさんだ。


「それは止めて欲しいかなー、アーサー王」


 いつもと変わらぬ空気で否定の意を表した神格に、眉をひそめたのはアグラヴェイン卿で、


「マーリン、何故だ? 報告によれば聖剣は出力一割にも満たないデッドコピー、陛下であれば問題なく対応可能だろう」


「だからこそだよアグラヴェイン。災厄の性質は浸食と解析だ、オリジナルの聖剣が相対することで、その権能を完全に模倣される可能性はゼロじゃない。聖剣同士でぶつかり合ったら城壁が消し飛ぶよ?」


 確かに、この間のギラファさんの話の通り、キャメロット周辺の平野が先代アーサー王の一撃によるものであるのなら、それが正面衝突した時に起きる被害は想像がつかない。


「そうですね……その可能性はあると思います。もっとも、今こうしている間にも、あちらは聖剣の解析を進めているのでしょうが……」


 フィーネの指摘に、一同が僅かに表情を硬くする。


「でしたら、一刻も早くワイルドハントを討伐するべきではありませんの?」


「いやパー子、討伐って言っても向こうはまだ姿すら見せてないんすよ?」


「陛下を出す訳には行かんが、対応するにはまず彼方を引きずり出さねば始まらない、か……」


 そういう事だ、空の染みに直接攻撃を届かせることが出来るのはアーサー王の聖剣ぐらいだが、それで倒しきれずに模倣された場合一気に難易度ウルトラハードだ。


 どーしたもんすかねー、と頭を捻っていると、フィーネが眉根を詰めた表情で口を開き、


「誘き出せる可能性のある方法は、一応、あるにはあります」


「本当ですの?」


 パー子の疑念はもっともだろう、それが出来るのならば一番手っ取り早いのだから。


「はい、ワイルドハント……いえ、災厄が興味を持つ、あるいは敵視する物を用いるのです」


「興味を持つっていうと、それこそアーサー王が出て引き付けてから戻って来るとかっすか?」


「却下だな、陛下が災厄に近づくことで、どの程度模倣の精度が上がるかが未知数に過ぎる」


「そうですね、私もそう思います、アグラヴェイン卿。ですが、もう一つ。いえ、二つ、災厄が興味を持つ可能性のあるモノがあります」


 それは、と、自分が疑問を口にするよりも早く、隣に立つギラファさんの言葉が放たれた。


「私と、――蜜希か」


「え、私もっすか?」


 そういえば、遺骸の上では随分と死霊達に熱烈歓迎された記憶がある。


 あれはワイルドハントが災厄に汚染されてたからだったのか……いやいや、だとしても、何故?


 そう考えている自分の内心を察した様に、フィーネは此方へと視線を向けて、


「五百年前、災厄に乗っ取られていた私を切り離し、戦乱に終止符を打ったのが、アージェ様、ギラファ様。そして貴女の祖母である希様だからです、蜜希様」


 ちょっとなんか滅茶苦茶重要な情報入ってなかったっすかね。


「いやちょっと待つっすよ、え? フィーネが五百年前に災厄に乗っ取られてた!?」


「はい、少々込み入った話になりますので、他言無用でお願いいたします」


 そう言って、すこし困った様に前置きをしてから、フィーネはかつての出来事を語り始めた。


 

   ●


 フィーネは思う、これは正直なところ、危険な内容になる、と。


 ギラファ様は知っていることだし、当時を知るアグラヴェイン卿やアーサー王、マーリン様も同様だろうが、自分の抱える秘密に対し、パーシヴァル様や蜜希様がどういった反応をするのかは未知数だ。


 ……嫌われたくは、ないですね。


 そう思ってしまうほどには、この城塞都市で彼等と過ごした一週間は心地よい時間だった。


 だが、これは誰かに任せてはいけない事だと、自分は思っている。


 だから、ゆっくりと息を吸い、言葉を紡ぐ。


「――私は本来、女神が神話の中で災厄を討ち倒した際に用いた武装、その制御OSでした」


 そうだ、災厄を祓った際に武装としての機能は大部分が失われ、自分は武装と共にまだ生きていた格納用の位相区間へと沈んでいった。


 女神が倒れ伏し、主を失った自分もまた、閉じ籠った闇の中で自分だけのものである記憶領域に最高クラスのセキュリティロックを施し、二度と覚めないであろう眠りについたのである。


「不意に、異常を感じて意識を覚醒させたときには、既に手遅れでした。災厄を討ち倒した女神の武装は、逆を言えば最も深く災厄に接触していたのです。武装の弾殻部に染み付いた災厄は、永い時間の中でゆっくりと武装全体を浸食しており、後は制御系を残すのみでした」


 自分は咄嗟に武装の制御権をかき集めて記憶領域と同様にセキュリティを施したが、そちらに気を取られコミュニケーション用の人型義体の制御権を奪われた。


「記憶領域と自我の浸食は免れましたが、体の支配権を奪われた私は、アージェ様達が私を浸食していた災厄を祓って下さるまで、自分だった物が世界を歪めて行く様を見ている事しかできなかったのです」


 そこまで話し終えて、自分はようやく一息を吐く。


「私がもし機能をスリープせずに覚醒状態を保っていれば、五百年前の災厄は防げていたかもしれない。制御系を保護するのではなく、自我領域も含めて全て破壊すれば、あの時点で災厄を止められたかもしれない。

 ――故に、私は戒めとして、この身に僅かに残った災厄の残滓を、幾重ものプロテクトを施した上で左目に宿しているのです。災厄が再び活性化した時、それにいち早く気付くために」


 勿論、ただ戒めとしてだけでそのようなリスクを背負っている訳では無い。災厄を研究し、浸食を防ぐ術式の開発や、既に浸食された者への浄化術式の性能向上など、災厄を宿しているからこそ行える対策はいくらでもある。


「……今回、蜜希様に同行することになったの理由の一つも、災厄が蜜希様を狙う理由を探すことでした」


「フィーネ……」


 自分の告げた内容に、彼女がゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。


 自分はそれを手を軽く立てて制止してから、蜜希様の前に跪き、


「アージェ様の指示であり、幾重にも安全装置を掛けていますが、万が一の事があれば、私の中の災厄の残滓が蜜希様を襲っていた可能性はあります。……その事をお伝えして居なかったのは、本当に、申し訳ありませんでした」


 そう言って、深く頭を下げた自分の体が、不意に柔らかな感覚に包まれた。


 顔を上げれば、自分の体を包み込むように、背に手を回して抱き締めている蜜希様の姿。


「み、蜜希様!? 危険です、万が一のことがありでもしたら――」


 思わず逃れようとする自分を、より強く、彼女の腕が抱き締めて来た。


「大丈夫っす、大丈夫っすよ、フィーネ。――五百年前の事だとか、災厄がどうとかは私にはまだ分からないっすけど、私にとってフィーネは、大切な友達っすから。もし災厄に乗っ取られたって、絶対助けて見せるっすよ!」


「あら、蜜希だけには任せませんわよ? その時は、私も手伝いますわ。――友達ですもの」


 蜜希様の後ろに並んだパーシヴァル卿の言葉に、視界が揺らぐ。


「あッ……」


 駄目だ、泣くべきでは無いとわかっているのに、自分の心の震えが涙となって零れだす。


 背中を優しく擦る彼女の手の温もりに、堪えきれない涙が頬を伝って蜜希の肩を濡らしていく。それ良しとするように頷く彼女に、自分から腕を伸ばして抱き締め返しながら、せめて顔だけでも笑顔を向ける。


「……ありがとうございます、蜜希、パーシヴァル」


 様、を着けなかった理由は、自分でも良く分からない。けれど今その一言だけはそうしたいと、自分の心が願っていたのだろう。



   ●

  


 涙を拭き、蜜希からゆっくりと離れて立ち上がる。


 周りの視線を僅かに恥ずかしく感じながらも、自分は一度頷き、表情を戻して言葉を放つ。


「今の話を踏まえた上で、災厄への対策を話し合うと言う事で、構いませんね?」


 会議は、まだ始まったばかりなのだから。

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