第33話 行き倒れの幼女
王の凱旋は、万雷の喝采の中で行われた。
「――――」
無言で城門からキャメロットへと入る王を、人々の称賛が包み込む。
「アーサー王ーー!!」
「王様ー、パーシヴァル卿が失恋したって本当ですかー!?」
「陛下――! 毎回こうして貰えると俺達楽出来るんで次もお願いしまーーす!!」
称賛? が包み込む。
あ、なまけ宣言した騎士にアグラヴェイン卿がすごい顔して走ってった。あとなんかパー子の失恋質問した奴の尻に見覚えのある光槍が刺さってるっすけどこの人混みでどうやって尻に当てたんすかパー子。
「いやあ、流石と言うかなんというか、すごい活気っすねぇ」
「アーサー王は民からの信頼も厚いですし、時折こうして王自身の力を示すことは国民の支持を受ける為にも大切なことですからね」
なるほど、とフィーネの言葉に頷きながら、
「つまり、ああしてアーサー王が戦闘に出るのは色々な思惑があるってことっすね?」
「いや、アイツの場合は純粋にバトルジャンキーなだけだ」
うん、まあ予想出来ては居たというか、やっぱそうっすよねー。
謁見の時の言動や、さっきの戦いぶりを見ていても、アーサー王が大分豪快な性格だと言う事は見て取れる。
「――――ん?」
「どうしましたの? 蜜希」
「いや、なんか一瞬空気に違和感があったというか……おや?」
何といえばよいのだろうか、揺らいだというか、何かがズレた様な違和感を感じて辺りを見回す。
自分達がいる所は城壁のすぐ内側、元々あまり人通りは多くない上に、今は人々の多くが城門の方へと集まっているので、自分達の他に人影は見えない。
そのはずだった。
「――――」
少し離れた所、民家の隙間に挟まる様に倒れこんでいる少女の姿があった。
「――――!!」
「まて蜜希!」
ギラファさんの制止も聞かずに走り出す。ボロボロの黒と白の衣服に身を包んだ少女のそばへと駆け寄り、抱き起そうと手を伸ばして、
「お待ちください、蜜希様」
伸ばした手が、横合いから伸びたフィーネに掴み止められた。
「なにを――」
人が倒れているのに、なぜ止めるのか、と、
思わず抗議の叫びを上げようとした自分に、ゆっくりとした動きでフィーネが首を振る。
「人が倒れていたときは、不用意に抱き起してはいけません。首や頭部に異常があった場合、動かしたことで悪化する場合もありますので」
「あ……そうっすね、すいません、ちょっとテンパってたっす」
「? 別に頭はチリチリしてませんわよ?」
天パじゃねーっすよバカパー子。
と、自分を止めたフィーネが、少女の顔に触れ、何やら術式礼装を広げて翳している。
「フィーネ、それは?」
「救急用の検査礼装です。軽く調べてみましたが、脳や首の神経や骨に異常は無いようですね。――呼吸も安定していますし、寝ている様な物だと思います」
告げられた言葉に安堵の息を吐く。しかし、先程までは此処には誰も居なかったように思うのだが……。何より、水色の長髪にゴスロリ姿のこれだけ目立つ姿に気付かなかったとは思えない。
「……ん」
少女の瞼が僅かに動く。口からくぐもった様な声を出しながら、その双眸がゆっくりと開かれた。
「気が付いたっすか?」
「…………?」
……わ、綺麗な目っすねぇ
顔を上げ、こちらを見つめる瞳は、まるでルビーの様な深い真紅の光を宿していた。
「ここは……?」
不安げに、此方の顔を見回しながら放たれた彼女の言葉に、優しくその手を握りながらフィーネが答える。
「ここはキャメロット、アーサー王が治める城砦都市です」
フィーネの言葉に、そう、と答えた少女が安堵の表情を浮かべたのが分かった。
「……なんとか、なった……か……」
まるで崩れる様に体から力が抜け、少女がフィーネの腕の中に倒れ込む。
その口元からは寝息が聞こえてくる、どうやら再び眠りについたようだ。
「この少女、相当訳ありですね……。パーシヴァル卿、王城の一室に術式的なプロテクトをかけて隔離することは可能ですか?」
「可能ですけれど、そこまでする必要ありますの? そのような少女に」
パー子の意見には自分も同意だ。
「そうっすよ、そんな小さな子をわざわざ隔離するなんて……」
続けようとした言葉を、ギラファさんに軽く肩を掴まれて止められる。
「待て二人とも、フィーネの話を聞いてから判断しても遅くはあるまい?」
諭す様な口調で言われてしまっては、こちらとしては言葉に詰まる他ない。すると、ギラファさんが軽く促す様にフィーネを見た。
「私の思い過ごしであれば良いのですが、恐らく、この少女は何かから逃げて来たと判断できます。何故ここに突然現れたのかは分かりませんが、念のため外部へ漏れる情報は少ない方がこの子にとっても安全です。勿論、監視と看病を兼ねて私が四六時中付き添いますので」
「なるほど、理には適っておりますわね。――ですが、追われているのだとしたら、その様な存在を王城に招き入れるのは円卓の騎士として止めねばなりませんわよ?」
「パー子……」
思わずドスの利いた声を出してしまった自分に対し、口を横に開いたパー子が、
「そんなに侮蔑を籠めて呟かないでくださいませんこと?」
彼女は一度息を大きく吐き、表情を何時もの物ではなく、騎士としての凛とした物へと切り替えると、
「いいですの? 追われているというのはフィーネの憶測ですし、フィーネの部屋を隔離用に使えるように既に手を廻していますわ。――ただ、一応立場的に忠告はしておきませんと、示しがつきませんでしょう?」
なるほど、確かにそれはそうだろうし、パー子自身としては異論は無いというところか。
「面倒っすね、円卓の騎士っていうのも」
出会って数日、何となくだがこのパーシヴァルと言う騎士の本質が見えてきた気がする。根は善良で少し抜けた所があるけれど、騎士としての自分に誇りを持って、そうあれかしと自分を律している姿は、見ていてとても好感が持てる物だ。
「上に立つと言う事は、その分果たすべき責任があると言う事ですもの」
重い息を吐き出し、表情を何時もの物へと戻したパー子が自分達に告げる。
「少々予想外の事態となりましたが、いったん引き上げて王城に戻りますわよ、いいですわね?」
拒否するものなどいるはずがない。フィーネが少女を抱きかかえ、自分たちは王城への道を歩きだすのだった。
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