第32話 銀猪グリギン


 

 蜜希達がマーリンの放送を聞いて居たころ。トゥルッフ・トゥルウィスの軍勢にて、最後方より指揮を執る銀猪グリギンは、正直なところ今回の襲撃に乗り気ではなかった。


 ……知性が高いというのも考え物だな


 地球側の伝承によればグリギンは人語を理解し、アーサー王達と交渉を行ったとされる。


 それを引き継ぐ自分もまた、トゥルッフ・トゥルウィスの軍勢に置いて王を凌ぐほどの知性を獲得するに至っているのが実情だ。


 だからこそ、自分はこうした襲撃に関して、つい疑問を呈してしまう。 


 自分達は本能的にアーサー王を敵視し、周期的に彼等の都を襲撃する習性を持つ。


だが、それによって起こるこちら側の被害は甚大であり、そもそも勝利すること自体出来るとは思えない。


「せめて他の敵性存在の襲撃で疲弊した時を狙うとか、他の敵勢存在と協同できればいいのだが……」


 自分達の王は「戦力が整い次第出撃!進軍!機を伺う?軟弱だぞ!!」と言った具合であるし、他の敵勢存在に関してはワイルドハントは自我がなく交渉は不可能。キャスパリューグは交渉は可能だが、アイツは自分一人でも円卓を打ち破った経験があるせいで此方の提案には乗ってこないだろう。


 ならばせめて自軍の被害を少なくし、次の襲撃に向けて強靭な兵を育てていくしかないのだが、自分以外の連中は死をも恐れず突撃を敢行出来る代償に、「退く」と言う判断を下すまでに時間が掛かりすぎる。


 ……野生の猪の方が引き際を見極めてるぞまったく。


 そんな事を思考しながら、今回の襲撃に関して思考を巡らせる。自分の存在に気付いた場合、連中も兵の育成目当てで騎士団を投入してくる可能性が高い。その場合はある程度こちらに損害が出れば撤退、経験を積んで突撃以外を兵が覚えれば重畳だ。


「む――?」


 見上げた視線の先、何やら激しく見覚えのある光を放つ物体が、こちらの軍勢正面に向かって落下してくる。


 それが何か一瞬で判断した自分は即座に転進、全力で逃走を選択しつつ、叫ぶ。


「総員撤退――――!!」


 さて、何頭が自分に続いて生き延びられる事やら。




   ●



「―――――――?」


 軍勢の猪たちは、突然の撤退命令に困惑していた。


 進軍に合わせて近付いてくる城壁は、自分達にとって本能的に破壊せねばならない物である。それが目の前に見えてきているというのに、何故撤退しなければならないのか。


 見れば、命令に従い撤退を開始したのは最後尾に位置する者達のみであり、大多数は突撃を敢行している。


 ならば自分も突撃を続行するべきであろう。


 自我が希薄であり、より本能的な行動が優先される経験の浅い猪達が下した判断は、グリギンとしては実に頭が痛くなるものだった。

 

「――――!?」


 突撃を続ける軍勢、その最前線を駆ける猪達が、突如目の前に飛来した物体に注目する。


 天から流星の様に落ちて来たそれは、地響きと共に二十メートルほど前方に着地した。


 それは、右腕を太陽の如き光に包まれ、白銀の鎧を纏った初老の騎士。


 軍勢は悟る、この相手こそが我々の敵だと。


「――――!!」


 明確な敵の出現に対し怒涛の勢いとなって突き進む軍勢に、一人立ちはだかる男は告げる。


「すまんが、これより先は害獣侵入禁止でな、引き返すであれば止めはせぬが――」


 第一陣である数十頭が、目標を男に定め殺到し、


「――聖剣、充填」


 男の言葉が響いた瞬間、光が爆発の如く辺りを埋め尽くす。


 光輝は衝撃と共に大地を吹き飛ばし、男を中心に半径十メートルほどがクレーターの様に抉れ消えた。


 光の奔流を受けた第一陣は何が起きたかを悟る間すらなく蒸発し、突き抜けた衝撃波は縦列を形成していた前衛の悉くを後方へ吹き飛ばす。


「――――!?」


 運よく直撃を免れた猪達が困惑の叫びを上げるが、軍勢は既に突撃体勢だ。先頭が吹き飛んだとして足を止める事など出来る筈も無く、また宿敵の出現に本能的に猛る彼等が足を止める事などはあり得ない。


「さて、愚直な猪共は殲滅するとして、撤退を始めたグリギンの奴まで行けるかどうか、試すとするかァッ!!」


 雄叫びを合図とし、一方的な蹂躙が始まった。



 

   ●



 ギラファに連れられ城壁の上まで来ていた蜜希は、フィーネに貸してもらった望遠術式のウィンドウ越しにそれを見ていた。


「うーわ、なんすかあれ?」


 見つめる先、全身から光を放つアーサー王が拳を振り抜き、その向かう先に居た猪の軍勢が巨大なハンマーで殴られた様に砕け散る。


 放たれる一撃一撃が本来の点の打撃ではなく、幅数メートルはあろうかと言う面の打撃として軍勢を殲滅していく。


 足の踏み込みは大地を抉り、まるでコマ送りの様に一瞬でアーサー王の立ち位置が切り替わる。


「あれがアーサー王の持つエクスカリバー、その第二拘束開放形態ですわ」


 気づくと、横に居たパー子が同じ様に望遠術式を覗き込んでいた。


「あれ? 第二って、遺骸の上でワイルドハントが使ってたやつっすよね?」


 ギラファさんから聞いた話だが、確かあの時は右腕が発光していた程度だったと思うのだが。


「ワイルドハントは本来聖剣を再現できんが、あの時の個体は限定的にそれを為していた。だが能力としては相当規模が縮小された物だったからな」


 ギラファさんの言葉に、自分は何となくの理解をした。


「あー、出力不足で右腕しか光らなかった的な感じっすか?」


 と、自分の呟きに頷いたパー子が、ギラファさんの言葉に続けるように説明を再開する。


「順を追いますと、聖剣を起動する詠唱である『抜剣』の次、聖剣へエネルギーを蓄積していく『充填』が今の状態で、ここからさらに『臨界』『解放』そして最終段階である『超越』へと至りますわ」


「この上さらに三段階あるとか、最終段階とかどんだけの威力になるんすか……」


 望遠術式の先、数千は居るのではないかと言う猪の軍勢を、アーサー王がただ一人で無双していく。


 軍勢の幅はとても一人で阻めると思えない長さになっているが、まるで雑巾で床を掃除する様に金色の軌跡が帯となって軍勢を拭き取っていく様は、迎撃と言うよりは文字通り掃討に近い。


「私も第三段階以降は見たことがありませんの、教官ならあるんじゃありませんこと?」


 パー子の言葉に、自分達の視線が一様にギラファさんを向いた。


「……そうだな、私が見たのは先代の最終形態だが、正直、敵としてアレが目の前に出てくることはあまり考えたくないな」


「あら、随分と濁した言い方をするんですのね?」


 するとギラファさんの指先が、現在進行形で軍勢を殲滅中のアーサー王がいる大地を指差す。


「パーシヴァル、疑問に思ったことは無いかね? キャメロットの周辺はなぜこうもだだっ広い平野が広がっているのか」


「? 確か五百年前の戦乱でこうなったと聞きましたが――」


 と、そこまで言って何かに気が付いた様にパー子は目を開き、


「え? まさかそういう事ですの?」


 ギラファさんとパー子の言葉に、自分もまさかと思い至る。なにやらフィーネが顔を逸らしているし、え、マジですか?


「この見渡す限りの平野は、500年前に先代が放った『超越』の一太刀によるものだ」


 望遠術式の先、銀の毛並みを持った最後の一頭を吹き飛ばしたアーサー王が雄叫びを上げる。


 一騎当千どころではない活躍を見つつ、それが聖剣の権能における小指の先程の一端でしかない事に、自分の背筋に走った電流は恐怖か、それとも――

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