第8話 女神の神話
「何というか、嵐の様なモーニングタイムだったっす……」
アージェさんから差し出された目玉焼きに醤油を垂らしつつ白米の上に乗せる……いやちょっとまて、
「一瞬普通に流しそうになったっすけど、なんで白米や醤油があるんすかね?」
口を横に開きつつ告げた言葉に、アージェさんは軽く微笑を浮かべると、
「ほら、昨日、国ごとに対応した地球側の神話があるって言ったでしょう? それの関係で国ごとの文化もそれにある程度引っ張られるから、食文化に関しても影響を受けるの、これは日本神話系の所から輸入したものね」
なるほど、ネットワークがこれだけ発達しているのなら、それに伴って物流が発達していてもおかしくはない。輸送経路の危険性等は段違いだろうが、それを解決する手立てもあるのだろう。
「輸入っすか……ファンタジーだと竜とか魔法で運んだりもするっすけど、こっちもそうなんすか?」
問いに、果実水……ジュースでいいっすかね、を吸いながらギラファさんが触覚を動かして答えた。
「いや、飛竜を用いた空輸も行われているが、一度に運べる量の制限が掛かるため、どうしても高額になってしまう傾向にある」
「霊脈を用いた大規模転送術式もあるけれど、使用できる人間が少ない大都市間での交易くらいにしか使われないわね」
「あーー、じゃあやっぱり最終的には陸路や海路になるんすね……」
「いいえ、メインの交易輸送方法は空路よ?」
おっと?
「え? でもさっき空輸は高額になるって……」
困惑の問いかけに、アージェさんは微笑を目を細めた笑みへと変えて、
「飛竜を用いたものは、ね? けど、主な空輸の手段は別にあるのよ」
アージェさんはそういうと、不意に窓の外へと視線を向けた。
「うん、丁度来たみたいだし、これは直接見た方が早いわね。 蜜希ちゃん、ギラファちゃんと一緒に外へ出てみなさい?」
「ほえ?」
不思議に思いながらも、言われるがままに席を立ち、ギラファさんが開いた店の扉を抜けて外へ出る。
不意に、辺りが夜になった。
違う、そこまでの暗さはない。 何かに太陽が遮られたことで、周囲が急に暗くなったのだ。
雲か? いや、それならばここまで夜と見まごうほどに暗くはならない。
では何が? 疑問する思考は行動となり、必然視線は上を見上げる。
いったい何が……と言った思考は、見上げた視界に映った光景に掻き消された。
掌だ。
全長十数キロはあろうかという巨大な掌が、その五指を広げ、街一つをすっぽりと覆う様に宙に浮いている。
「―――――――ッ!?」
開いた口が塞がらない、とはこういう事を言うのだろう。 スケールだけで言えば初日の大樹の方が遥かに上だが、異常さは此方が群を抜く。
「女神の遺骸……その左手だ」
呟くようなギラファさんの言葉に、呆気に取られていた意識が戻る。そして気が付いたが、自分を支えるようにギラファさんの腕が廻されていた。
どうやら、あまりの衝撃に足の力が抜けて倒れかけていたようだ。
というかこの姿勢、少し変形のお姫様抱っこでは?
ふと、先程の祖母の言葉が脳裏をよぎる。
●
「蜜希、ギラファの奴は鈍くない、アンタが本気で惚れたなら、直ぐにそれは伝わる筈さね。だけどアタシの孫だからってことで、まず自分から手は出さないさ」
「だから、好きならアンタからガンガンアプローチしていきな、じゃなきゃギラファは捕まらんさね」
●
……今では?
――いやいやいやいや! まだ!まだ早いっすよ功刀・蜜希! ギラファさんにとって自分はまだ出会って一日、いやそれは私にとっても同じなんすけど、少なくともギラファさんにとって私は大切な相棒の孫っす。
つまり自分の孫も同然――考えてて悲しくなって来たっすけどとにかくまだ、もう少し時間を置いてからアタック掛けるんすよ私!!
胸に手を当て、大きく深呼吸。顔の熱はまだ引かないが、胸の動悸を何とか沈めて言葉を作る。
「め、女神の遺骸……?」
まだ若干声が震えている気もするがまあよし、それよりも今はギラファさんの言った言葉の方が重要だ。
「昨日、アージェが言っていただろう、地球側には存在しない、此方の世界固有の神話もある、と。
女神の神話はその最たるもの、今のこの世界の根底に関わる、ある種の創世神話だ」
●
かつて、この世界の神は女神一柱だった
人々は女神に供物を捧げ、女神は人々に安寧と繁栄をもたらした
ある時、天が翳り、災厄が降りて来た
人々を守るため、女神は災厄に戦いを挑んだ
長きに渡る戦いの末、腕を切り落とされ、両足を砕かれながらも、女神は災厄に打ち勝った
既に立つことも出来なくなった女神は、人々にこう告げた
人の子よ、今を生きる人の子よ、我が身このまま息絶えようと、我が遺骸は汝の助けとなろう
人の子よ、未来を生きる人の子よ、我が身朽ち果て消えようと、我が意志汝らと共に在り続けん
人の子よ、遥か彼方の人の子よ、どうか此方に祝福を、汝らの神の加護を
女神の遺骸は荒れ果てた大地を癒し、災厄に切り落とされたその腕は、空を征き、大地を繋ぐ船となった
ある時、一人の若者が、女神の遺骸に花を供えた
女神が愛した花だった
女神の加護か、花は根付き、その身を天へと伸ばしだす
長い時が過ぎたころ、いつしか花は天まで届く大樹となった
まるで女神の墓標の様に、まるで女神が見守る様に
●
「――というのが、この世界における根幹神話の概要だな。途中に出てきた空を征く船となった腕が、アレというわけだ」
ギラファさんの言葉を聞きつつ見上げる先、宙に浮かぶ左手、女神の遺骸から、いくつものコンテナの様な木箱がゆっくりと降りてくる。
「あれは……積み荷を下ろしてるんすか?」
「ああ、ここは都市部だから、あの中身の多くは農耕区から運ばれてきた食料だが、他にも他国からの交易品も含まれる。一度陸港に下ろして仕分けし、後は魔女や飛行系種族が各所に配送していくわけだな」
なるほど、と頷いている間に、気が付けば木箱は第一陣を降ろし終わったようだ。
すると、今度は逆に、地上側からいくつもの木箱が遺骸へと昇っていく。
「そういえば、あの積み降ろしってどうやってるんすか?」
「あれは浮遊術式の補助もあるが、基本は遺骸側に設置された巻き上げ装置と鋼線を用いて行っている。昔は大型の飛竜が担当していたらしいがね」
「へえー、何で飛竜が担当しなくなったんすか? やっぱりそういう労働は竜族には不人気みたいな?」
「いや、積み降ろし担当の竜族は優遇されていたし、遺骸での作業従事者は戦地への赴任が免除されることもあってそれなりに人気のある職業だったのだがね?」
「ん? じゃあなんで今は竜族の人はやってないんすか?」
彼の腕の中、首を傾げての問いに、ギラファさんはどこか遠くを見るように視線を上げて、
「ああ、しだいに木箱の体積や重量が増加していき、積み降ろし中に腰をやる連中が増えてしまってな、巻き上げ装置式に変更した所、作業中の事故も減って費用も半減したので以来そのままというわけだ。……結果として職を失った竜族は、戦地での駆り出されが多くなったが、竜皇たちは竜全体の戦力向上になったと喜んでいたぞ」
「おおう……」
なんというか、こんな異世界でも工業化による雇用の消失問題はあるのか。と、妙に難しい気持ちになってしまうものだ。
「戦地へってなると、それでいいのかな……って気持ちになってしまうっすね」
自分の呟きに、ギラファさんは少し間をおいて答えた。
「そうとも言えない、竜族はもはや種族レベルで『誇りある闘争』に執着している。実際、今説明した作業の移動中にも、竜族たちの私闘で積み荷が破壊される事態があったりもしてな、彼らにとって、強者と戦える最前線はある意味理想の環境でもある」
「戦闘が、理想的な環境……」
戦争映画なんかで目にする、戦場にしか居場所を見いだせない、というわけでは無い、種族レベルでの闘争への本能。
言葉としては理解できる、納得もできる。けれど、やはりどこかで違和感というか、なぜ? という思いが消えずにいるのは、自分がこの世界の存在では無く、尚且つ戦争とは無縁な現代日本で生きてきたからだろうか。
実際自分がそうした戦地へ赴くことになったらどう思うかと言われると、相手が人間やそれに準じた良識と正義を持った存在か否かで大分異なる気はしている。――いやほら、ゲーマーなもので、相手が純粋な魔物とかなら現状好奇心が先に出そうである。
とは言え実際経験してみない事には何とも言えない。そうして答えを見いだせない自分の頭に、ふと、ギラファさんの手が乗せられる。
「分からずとも良い、だが、この世界を見て回るなら、自分の認識を固定化させない事だ。国も人も種族も違えば、それぞれの死生観があり、この世界の中ですらそれらは統一できるものではないのだから」
だが、と、彼は続ける。
「蜜希、君は今の自分の認識を捨ててはいけない、君はこの世界の住人になりたいのではなく、この世界を見ていきたいのだから。――それに、なにより、」
一息、撫でるように動く爪の感覚が心地よい。
「君のそうした優しさにも似た葛藤は、私にはないものだ。だからこそ、私はそれを素晴らしいと思うよ、功刀・蜜希」
お姫様抱っこしたままでそのセリフは、流石に破壊力が高すぎじゃないっすかねぇギラファさん?
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