第6話 講義



 結論、岩蜥蜴のステーキは美味でした。


「いやー、まさかあんなに硬そうな見た目に反して肉は適度な弾力とジューシーな肉汁とは思わなかったっす」


「……賄いで出しておいてなんだけど、よく自分が食べられそうになった蜥蜴のステーキとか食べられるわね……」


 何処か呆れと感嘆の混じった様にアージェさんが言うが、自分としてはそこまで気にしていない。


 それが何故かといえば、


「ああ、昔じいちゃんがクマ捕って来たことあったんすけど、そん時『こいつは俺を食おうと襲い掛かって来たからな! 勝ったからには食うのが責務だ!!』とか言ってたの思い出したんすよね」


 ちなみに祖父は猟師では無く剣道の師範だった。

 

 修行とか叫んで山籠もりに行った祖父が木刀刺さったクマを背負って帰ってきた時はご近所に通報されかけたりもしたが、あの時のクマの味はよく覚えている、いや硬くて硬くて。


「それはまた……豪気な御仁だったのだな、君の祖父は」


 言葉を選ぶようなギラファさんの口調に苦笑を浮かべつつ、気を取り直してアージェさんに向かい合う。


「アージェさん、質問があるっす」


「はいはい何かしら? お姉さんが答えてあげるわよ?」


「お姉さん……?」


 えっぐい音がしてギラファさんが床に叩きつけられたが、今のはギラファさんが悪いとおもいまーす。


「えー、隣無視して質問するっすけど、この世界、建物は中世とか近世みたいなのに文明レベル高すぎないっすか?」


 服飾や料理、空調などはまだ納得できたが、さすがにネットワークの確立はちょっと落差が凄すぎて理解が追い付かない。いや、この場合は文明レベルが高すぎるというよりも、むしろ……


「……文明レベルに対して、ぱっと見の建築や兵士の人の装備が古臭すぎる?」


 思考をそのまま言葉にすれば、目の前の女性はただ笑みを深めて、


「…………」


 まるで此方を促すような無言の視線に、自分は少し思考を深くする。


 酒場の営業中に見かけた人々、着ている衣服は大量生産の工業製品の様な正確な縫い目をした、現代的な服装が多かった。


 けれど、多くの人はその上からそれこそ騎士階級を思わせる様な鎧や魔術師の様なローブを纏い、剣や弓、杖などを携えていた。


「これだけ発展しているなら、銃火器やそれに準じる物、それどころか、ミサイルすら開発されていてもおかしくないレベルのはずっすよね? それなのに、武装は剣や弓なんていうファンタジー装備、このちぐはぐ具合はなんなんすか?」


 顎に軽く手を当てそう投げかければ、アージェさんは一度大きく息を吐き、笑みの表情を崩さずに口を開く。


「……本当、さっきも思ったけれど、大した洞察力――いえ、この場合は突飛な状況を冷静に受け止める胆力を褒めるべきかしら?」


 その辺りは破天荒な家族のおかげで鍛えられた自覚がある。「ちょっと新種探しにアマゾン行って来るさね」とか言って半年音沙汰無しとかやらかす祖母や、自室に旋盤持ち込んで大作作り出す母とか見て居たら嫌でもそうなるというか、比較的まともな父も「お肉が安かったんだよねー」とか言って牛一頭買い付けてきたりするから手に負えない。あ、牛は美味しく頂きました、八割祖父が食べてたっすけど。


 と、内心で脱線仕掛けていた思考を現実に引き戻すように、向かいからアージェさんの声が届いた。


「そうね、蜜希ちゃんの考えを少し補足すると、この世界に銃火器が存在しないわけではないの、ごく僅かではあるけど、銃火器を装備して戦う人も存在するわ」


「え? ならなんで普及しないんすか? いや、私も本やらで得た知識しかないっすけど、銃なら訓練も楽だし威力も高いっすよね?」


 自分が襲われた岩蜥蜴、あのような生物が普通に存在しているなら、銃の様な簡易で高威力の兵器が普及していてもおかしくないはずだ。


 そう思い放った疑問に、今まで床に埋まって沈黙を保っていたギラファさんが身を起こし、


「それに関しては、この世界における魔力の性質に寄る所が大きいな」


「どういうことっすか?」


 それは、と繋げようとしたギラファさんの言葉を、横からアージェさんが切って続ける。


「魔力、これはこっちの世界の主幹ともいえるエネルギー、本来の物理法則では実現不可能な矛盾を許容する因子でもあるわ。そして、魔力に強い影響を及ぼす要素が『認識』と『歴史』なの」


 そこからの説明を噛み砕くと、つまり、多くの人が「剣は強い」と認識していれば、魔力の働きによって更に剣は強くなり、さらに、古くから存在する概念であるほど魔力は強く作用する、と言う事らしい。


「でもこれ、面白いことに、こっちの世界だけじゃ無くて、地球側の影響も多分に受けるみたいなのよね」


 んんん?


「え? だったら銃がもっと普及してもいいんじゃないっすか?」


「そうね、だから実際に此方でも銃使いと剣士が戦って、剣士が圧勝と言う事にはならないわ、元々の殺傷力とそれぞれの世界での認識と歴史の深さを加味して、剣士の方が有利である、位の力関係よ」


 けれどね? とアージェは言葉を繋ぐ。


「『剣は銃より強い』って考える人は地球ではほぼいないでしょうね、だけど、『銃は神に勝てる』って信じてる人は、どれだけいるのかしら?」


「……は?」


「オーディン、スサノオ、ゼウス、そんな存在達に、銃で勝てる、って信じてる人は、そう多くはないでしょうね」


 それはそうだろう、神様なんて想像上の存在で信仰対象、その力は人智を超越した権能である。それに対して銃で戦おうなんて考えること自体がそうそうない。


 信仰心の薄い日本人の自分ですらそうなのだ、より神様への信仰が厚い地域なら当然だろう。


「こっちの世界には、そうした地球側の神話の神々が存在しているわ」


 はい?


「いやいやいや! 竜とか居るから神様がいること自体は驚かないっすけど、地球の神話の神様がいるのはおかしいっすよ!!」


 思わず声を荒らげてしまう自分に対し、アージェは落ち着いて言葉を続ける。


「まぁまぁ落ち着いて、確かにこちらの世界固有の神々も存在しているし、力としてはそっちの方が上よ。――だから、地球側と同じ神々については、厳密には同一の存在では無いと思うわ、恐らくは地球での信仰心が作用して此方に具現化した神格、神話と同じような人格や武具を持った似て非なる物なのでしょうけど、その権能は本物よ。」


「そして、権能が本物と言う事は、その神格に由来した術式や加護が生まれると言う事でもある」


「――あっ」


 そこで気が付いた、神話の神々に由来する加護や術式があったとして、ではその恩恵を銃火器が受けることができるだろうか。


 おそらく、全く受けれないわけでは無いだろう。


火や鉄の神々の権能なら、銃火器が対象になる部分も少なくないはず。だが、それはあくまでこじつけの様な物であり、それならば、具体的にその神格に由来する武具の方が遥かに強くなるはずだ。


「つまり、ただでさえ魔力の補正で剣有利の状況で、神々の加護が乗ってしまえばその差は歴然になってしまうって事っすか」


「正解。さらに言えば、ミサイルなんかが開発されていないのは、同じ様な事を実現できてしまう戦略兵器級の武具や術式が既に存在しているからね」


「ミサイル並みの武具って……それこそ神話に出てくる奴レベルじゃ……」


「ええ、神話の神々が存在するなら、それにまつわる武具も存在しても不思議じゃないでしょう? そうした武具は神話級礼装と言われて、各国の主要な都市や町の防衛用に使い手と共に常駐しているわ」


「各国……すか」


 そうだ、考えてみれば当然である。人が暮らし、これだけの発展を遂げているならば、多くの国があり、それぞれの連携や対立などもあってしかるべきである。そして、強力な武具があるのなら、それが戦争に利用されることも。


「随分と悲痛な面持ちをしているが、人間同士の争いでそうした神話級礼装が使用されることは稀だぞ?」


「え、そうなんすか? なんかそんなに優れた物なら戦争に利用されてる物なんじゃないかと思ったっすけど」


 ちょっと思考が飛躍して居た気もするが、ミサイルの代用になる兵器というなら、そうした国家間の対立に用いられて然るべきだと考えていただけに、ギラファの言葉には少し面食らったようになってしまう。


「と言うよりは、此方の世界では国同士の対立や戦争は地球側ほど起きていないのよね」


「それはどうして……」


「理由は大きく分けて二つ。一つは、竜種に匹敵するような強大な力を持った生物や、神話の神々の敵対者として存在する怪物や悪神の存在への対応だ」


「それに関しては、この世界の国家の成り立ちが絡んでくるのだけれど……長くなるから、今は『各国それぞれに対応した地球側の神話がある』ことと、『それによってその神話に存在する敵方への対応が必須になっている』ことだけ覚えてくれればいいわ」


 ……ようは、意志を持った自然災害みたいな連中を相手しなきゃいけないから、国同士で争ってる暇がないってことすか。


「勿論、そんなことだけで人同士の争いが無くなるわけがないけれど、それに兵力を割かれる関係で、利権の為に他国へ攻め入るのは容易ではないってことね。」


「なるほど……あー、つまり各国は武力での衝突は困難だから、他の手段で利権を確保するしかないってことっすね。」


 交渉や経済政策、他にも間者を送り込んだりと、考えられることは様々だが、直接武力による衝突が少ないのならそれに越したことはないだろう。


「それじゃあ、もう一つは何なんすか?」


 先程、ギラファは理由が大きく分けて二つあると言っていた、一つが今の話だとして、もう一つ理由があることになる。

 

 それに対して、ギラファが一度アージェを伺う様に視線を向けた。……複眼ゆえに瞳はないのだが、何となく仕草や雰囲気で何処を見ているのかは分かる様になってきている。何故かと言われればギラファといるときは常に各部の動きや仕草に注視しているからだ。

 ただ昼間の出来事のせいで瞳を見つめると思わず赤面しそうになるのでちょっと注意が必要。


 視線を向けられた先、アージェはただ笑みを返すだけで、何かを言う様な気配もない。

 そのことを確認すると、ギラファは一度嘆息する様に肩を竦め、それから視線を此方に戻した。


 あーダメっすよギラファさん、あんまり真正面から見つめられるとつい昼間の事を思い出してあー!


「蜜希ちゃーん、ギラファちゃんが困惑してるからトリップしてないで意識戻しなさーい?」


「――はっ!」


 しまった、困惑するギラファさんも素敵! とか考えてる場合じゃない。それはそれとして今のギラファさんの表情は自分の脳内メモリーに永久保存しておくとして、改めて向かい合う。


「…………もう一つの理由だが、此方は君が酒場での接客時に困惑していた魔力ネットワークの性質にある。」


 若干ギラファさんからの視線が痛い気もするが、気にしないことにして内容に意識を巡らせる。


「魔力ネットワーク、接客途中にアージェさんから軽く聞いた話だと、霊脈とかいうのの各所に制御装置を置いて繋いでるんでしたっけ?」


 確か、その制御装置とやらが百年前に天才が製造して各地に埋め込んだものらしく、整備はできても新規製造が不可能な上、ネットワークの運用に関して様々な制限が施されているとかなんとか。


「その制御装置に施されている制限によって、国家間で大規模な戦争を行う場合は、加護や術式の通信を介した付与や譲渡が不可能になる上、通常の通信においても過剰な制限を掛けられる。」


 聞けば、魔力ネットワークが普及した直後、これがあれば戦地での連携や補給が格段に容易になる。と判断した国家が近隣国に攻め入ったそうだが、戦端を開いた途端に開戦国側のネットワークがすべて遮断、突然の事にパニックになった所を相手国側にフルボッコにされたそうだ。


「しかも。それから開戦国側のネットワークに様々な制限がかけられ、民意の不満が爆発し当時の政権は崩壊、不戦を掲げる新政権が設立された途端に解除された事で、他国にも開戦を踏みとどまらせる一つの抑止力となったわけだ。」


「あーー、確かに戦争吹っ掛けたら国内のインフラがったがたになる、なんて分かったらそりゃ躊躇もするっすね。」


 しかし、そうなると目を見張るべきはその制御装置を作り上げた天才だろう。たった一人で各国に設置し、なおかつネットワークを納得、普及させた手腕もだが、それ以上にその様な装置を作り上げるということ自体がまさに異次元の才覚と言っていい。


「一体どんな人だったんすかね、その装置を作った超大天才って」


「あらあら、超大天才だなんて、思わず照れちゃうわ」


 …………ん?


「えーーと、ギラファさん?」


「……なにかね、功刀・蜜希」


「あのー、その制御装置の製作者って、まだご存命だったりするっすか?」


 努めて冷静に言葉を投げかけた先、何処か遠くを見つめている様なギラファが答える。


「ああ、各国に公表はされていないが、私が知る限りまだ存命だな。」


「……じゃあ、その人って、女性で、メガネ掛けてたり……」


「蜜希、無駄な抵抗はやめて受け入れたまえ、私は百年前に受け入れた。」


 あ、ギラファさんも百歳超えてるんすね、と小さな驚きを得つつも、思考はそれを遥かに上回る困惑に支配されている。


 あ――……


 一息


「もしかして、その天才って……」


「ええ、この私、貴女と同じ異境の民であり、この世界で唯一人の『次元干渉者』、アルジェント・フィーロよ、気軽に今まで通りアージェさんって呼んで頂戴ね?」


「いくら何でも設定盛りすぎじゃないっすかね!!?」


 思わず叫びながら机に身を倒れこませる瞬間、ちらりと見えたギラファさんの表情は、哀愁と苦渋と諦観を混ぜ合わせた様な非常に美味しい物でした。

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