第2話 春香
一時限目が終わり、休憩時間に突入する。クラスが解放され、自販機でジュースを買おうと廊下に跳び出してゆく者や、隣とお喋りを始める者が教室を賑わせ始める。
ちらちらとこちら……僕ではなく隣の翠を見つめる視線も少なくないんだけど、高みに立っているという翠の雰囲気、オーラが、生徒たちが近づくのを阻止している。
と、僕の唯一の親友の
「逢瀬翠……さん?」
「ええ。なにかしら?」
「カッコイイ名前ね」
「ありがとう。自作なのだけど私は気に入ってるわ」
「私は芳野春香。雪也君の親友。これからよろしく」
春香が翠に手を出し、翠がそれを握って握手をする。二人でこれから親交を深めてゆこうという相性の良さが垣間見える。
この芳野春香。二年生になって以来の付き合いだ。
二組になって見知らぬクラスメイトたち相手に緊張していた俺に、こうやって気軽に話しかけてくれたフレンドリーな女の子。
陽キャ……というにはちょっと派手さと自己主張の強さが足りないだろうか。でも女の子っぽいブラウンショートヘアーが良く似合っている、今風の朗らかで明るい女の子(JK)。
背は平均値。でもちゃんと出るところが出てて引っ込んでるところが引っ込んでる、思春期の魅力にあふれた女子生徒だ。
「でも名前、自作……なの? 憧れる」
「そう? でも春香さんみたいに両親がつけてくれた名前がいいと思える時もあるわ」
「私は自作とやらに憧れるなー」
「でもそれで落ち込むときもあるわよ」
「そうなんだー」
名前が自作というのは僕には意味がわからない。二人で会話が通じてるのも理解不能。でも春香には引っかからない模様。春香と翠は、和気あいあいと言葉をキャッチボールしている。
「翠さん、転校族? 両親の会社の都合とか?」
「私は雪也に逢いに来たの」
「凄い! 幼馴染だとか!? ロマンチック!」
「そういう春香さんは……雪也の友達?」
「そう。今はまだ友達、親友。でも実は雪也君の事を狙っていたりして」
ちらとこちらに、春香が意味ありげな流し目をしてくる。
僕はうーんと懊悩する。
社交的じゃない僕は友達とかほとんどいないけど、春香とは仲良く接していて、親友の様に親しく付き合っている。
放課後一緒にカフェでお茶をしたり、あまり好きではないカラオケに付き合わされたり。
でも、彼氏彼女の関係かと尋ねられたら「うん」とは言いかねる……かな。
春香の事は好きだけど、恋人か? なんて尋ねられると内向きな僕はびっくりしちゃって。今のつかず離れずの関係が心地いいんだとは春香にも伝えてあるし、春香も「うん。そうだね」と納得してくれている。
だからたまに春香が意味深な事を言っても、俺の事を悪意なく揶揄っているんだととらえている。
「なら、私と春香さんは敵同士ね」
「だね! どちらが雪也君を先に落とすか、勝負だね!」
二人は、目と目でにこやかにアイコンタクト。相性は宜しいようで何よりです。
「そうだ! 親睦を兼ねて駅前のスターパックスに新作の抹茶メロンラテ、一緒に飲みにいかない? 今日から発売なんだ。雪也君も一緒に。どう?」
「あー」
僕は少し天を仰ぐように上を向いてから、春香に答えを返す。
「ごめん。日課で部活。休日ならいいんだけど」
「そうだったね。残念。でも……」
「でも?」
「私よりピアノに執着する雪也君。実はそこが気に入っていたりして」
えへへっと可愛らしく笑う春香。彼女ではないんだけど、年頃の女の子っぽい笑顔は素直に魅力的だと思う。
そこに翠が割って入ってきた。
「私も、ラテより雪也のピアノを味わいたいわ」
「翠さんわかってる!」
「再会の余韻が冷めやらぬうちに私の為に一曲引いてもらいたい気分」
そのご要望に、僕は心中で慮る。
翠のご希望なんだけど。
別に出し惜しみするつもりもないし、そんな腕でもないんだけど。
「いや……。お安い御用とも言えるんだけど……」
「なら再会を祝して一曲所望するわ」
「ちょっといま練習不足だから……」
辞退を申し出た僕に、翠が少し不満だという表情を浮かべた。
「確かに雪也は国内のコンクールで入賞する腕前。だからもったいぶるのも理解できるけど……」
「なんで知ってるの!?」
「雪也の事ならなんでも知っているわ。私、雪也のストーカーでもあるから」
「ストーカー……。マジですか、翠さん?」
「マジ」
春香が、その僕と翠の会話が可笑しいという様子で、くすっと笑った。
「翠さん。雪也君のストーカーなんだ」
「そう。だからその雪也に情念を燃やすストーカーとしては、ピアノを出し惜しみされるのは忸怩たる思いね」
「僕、確かにコンクールには入賞したことあるけど、でも全然有名なピアニストじゃないんだけど!」
「私はそんなことは全く関係なく雪也のピアノ、聞きたいの」
「私も雪也君のピアノは大好き。雪也君に愛されてるピアノになりたいくらいに」
翠と春香が僕のピアノ談義で意気投合して笑いを交わす。
「でも……」
と、翠が雰囲気を真面目なものに変えて続けてきた。
「毎日夜まで学園に残っているのは、この港南市では感心しないわね」
「……と言うと?」
「港南市高校生連続行方不明事件」
「それは……」
言いかけて、僕は口をつむった。
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