第260話  霧に呑まれちゃう、ぽっちゃり


 お店のことはエミリーたちに任せ、わたしは一人ラグリージュの最北にある外れの森へと向かっていた。

 聞くところによるとこの森はあのゴブリンロードが現れた《魔の大森林》と繋がっているらしい。

 まだこの辺りは森の端っこの方だからまだ危険な魔物も少ないけど、あまり無闇に奥へ行くのは止めた方がいいというのが住人の共通認識のようだ。


 そんな森に入ってスタスタと散策していると、異変に気付いた。


「……! これが例の霧ってやつ?」


 わたしの足元にかすかなスモークのようなものが立ち込めている。

 前を見てみると、生い茂る木々の根本には同じようにうっすらと白いもやが漂っている。


「このまま奥に行ったら霧は濃くなるのかな? まだ危険なエリアじゃないっぽいし、もっと進んでみよう」


 わたしは魔力カロリーを体に巡らせ、身体強化を発動。

 身体能力が大幅に向上したわたしは、誰もいない森の中をズババババ! と猛スピードで駆けていく。

 次第に道も舗装されたものはなくなり、ここまで森を歩く一部の人間によって踏み固められた獣道に変わり始める。

 体感的に一、二キロくらい進むと、霧は一層濃くなっていた。


「やっぱり北に行けば行くほど霧が濃くなってるなぁ。このまま霧がMAXまで濃い場所まで辿り着ければ、そこで何か原因を掴めるかもしれないね」


 わたしは速度を緩めることなく、霧の中を突っ切っていく。

 辺りは完全に人の気配はない。

 それどころか、さっきから全然魔物とも遭遇しない。

 魔物と出くわさないことはわたしとしては手間が省けてラッキーなんだけど、さすがに何体か襲ってくる魔物はいるかと思っていたから少し拍子抜けだ。

 ただ、多分だけどさすがにここまで深く森に入ると普通なら魔物とエンカウントすると思うんだよね。

 それがないっていうのは、現状この霧が何か関わっているんじゃないかと思わざるを得ない。


「ん? そういえばこの辺り、不思議な匂いがするな。森の匂いと混ざって変な感じだけどこれは……海の香り?」


 さっきは霧の登場で意識が持っていかれていたけど、霧に慣れると今度は別の違和感に気付いてしまう。

 森の中で海の香りなんかするわけないでしょ、と思ったけど、よく考えるとここはラグリージュだ。

 ラグリージュは上空から俯瞰して見ればやや三日月型の形状をしている交易都市。

 楕円形に湾曲したエリアはほぼ全て港になっていて、貨物船や行商船が数多く停留したり、出航したりしている。

 そして、位置的に今わたしがいるのは海沿いの森の中ということになるだろう。

 恐らく、このまま進路を左に変えて西に直進したら広大な海を拝めるはずだ。


「つまり、今いる場所って森だけどかなり海に近いっていう特殊な立地になるんだよね。だから森と海の香りがするわけだ」


 謎は解けた。

 もしかしたらこの海に面しているという立地が霧発生の何かしらの原因になっているのではないかとも思ったけど、さすがにそんな単純な理由じゃないか。

 わたしでも思い付くようなことが、調査隊の人たちが思い至らないはずがないもんね。


「それにしても……結構走ったからか、か~なり濃霧になってきたね。もうあんまり前が見えないよ」


 ここまでひたすら猛スピードで走り続けている。

 合計十キロくらいは走破したかな?

 わたしは身体強化の魔法を使っているから、これくらい走ったくらいじゃ何の疲労もない。

 魔力カロリーもそんなに使ってないし、ほとんどノーコストでやって来たと言っていいくらいだ。


「だけど、さすがにここからは速度を落として周りを見ながら行こうかな。霧の濃さ的にもうすぐこの霧が発生してる中心地に到達しそうだし、手がかりを見逃しちゃったらいけないからね」


 そう思い、わたしは小走りくらいの速度でキョロキョロと辺りを見回しながら進んでいく。

 だけど、思った以上に周囲の状況が分からない!

 今の状態だと、五メートル先はもう霧に隠れてしまっている。

 わたしは色々と手段があるから良いけど、これ普通の人が迷い込んだら方向感覚も分からなくなって、元来た道にも戻れなくなっちゃいそうだ。

 一生この霧から出られないんじゃないか。

 そんな恐怖心を煽られそうなくらい、マジで辺り一面霧ばっかりだ。


 変わり映えがなく、面白味を感じられない周囲の景色を確かめながら進んでいると、一瞬視界の橋に何か目新しい形状の物がかすめた。

 わたしはすかさず、歩みを止める。


「んん!? あれは何だろう? よく見えないけど形状から推察するには……ほこら?」


 一瞬だけチラリと認識でしたモノがあった方向へ恐る恐る歩いて近づいていくと、そこには謎のほこららしき物体が神秘的な佇まいで建てられていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る