第3話  戦ってお腹が減っちゃう、ぽっちゃり


 足を踏み外し、お尻からまっ逆さまに落っこちていくわたし。


「あだぁっ!!」


 地面に衝突した瞬間、思わず声が出る。


 ……ん?

 反射的に痛いって叫んだけど、あれ、思ったより痛くない……?

 普通、ぽっちゃりが五メートルの高さから落下したらただでは済まない。

 全身の骨が砕け散るくらいの大ケガをするのは必至ひっしだ。


 もしかして、これも神さまがくれたスキルってやつなのかな?

 スキル『完全防御』! みたいな?


「グモォオオオオオ!!」


 お尻をさすっていたわっていると、突如とつじょ目の前で、マンモスくらい大きな魔物が暴れだした!

 見た目からして、巨大な猪っぽい。

 どうやら今ゴブリンが放った炎の魔法が、この猪を刺激してしまったようだ。

 何してくれとんねん!


 てか、わたしはこんな凶暴そうな魔物に縛りつけられていたんだね。


「ギィー! ギィー!」

「ギッ、ギッ」

「ギィッ! ギギャー!!」


 巨大な猪が暴れだしたことによって、一気にゴブリンの群れがカオス状態になる。

 猪を静めるためか、わたしを捕えるためか、ゴブリンは四方八方に矢や魔法を放ち始める。

 それに伴って、猪の興奮もどんどん高まっている。


 ちょ、これヤバいって!


「今から走ってもすぐに追い付かれそうだし、魔法で防ぐしかないか! お腹の魔力を意識して、イメージは……わたしを守ってくれるバリア!」


 バリア魔法をイメージすると、わたしの周囲にドーム状の光の膜のようなものが現れる。

 その後、外側から矢が刺さったり火の球が直撃したりするが、このバリアはビクともしない。


「よ、よし! これならしばらく安全そうだね。……あ、そういえばさっきのスライムは――」

「ぷるん?」


 神さまが最後にくれたあのスライムとはぐれてしまったかと思ったら、わたしの肩からそのスライムが這い出てきた。

 もしかして、わたしの後ろに張り付いていたのかな?


「あ、そこにいたんだね。急にこんなことになっちゃったけど、ケガとかしてない?」

「ぷるん!」


 スライムはびよんと伸びて答える。

「大丈夫だよ!」って言ってるような気がした。

 ケガとかしてないようで良かったよ。


「それじゃあこっからどうしようかな」


 わたしは光のバリアに守られながら、考える。

 ちなみに、今もドカドカと矢やら魔法やらが撃ち込まれているよ。

 でもバリアはびくともしない。

 この安心感のおかげで、わたしも冷静に思考を巡らせることができるってものだ。


「さっきわたしの縄を切り裂いたみたいに、風魔法を撃ってみる? でも、ゴブリンのバラバラ死体は見たくないしな……。かといって炎で丸焼きにするのもなぁ。丸焦げの死体も見たくないし……」


 わたしはちょっとぽっちゃりしてるだけの普通の十六歳の女の子だからね。

 さすがに魔物の残酷な死体を見るのは精神衛生上ご遠慮したい。


「あ、だったら気絶させるのはどうかな? 気絶といったら、電撃魔法とか?」


 これなら無惨な魔物の死体を見なくて済む。


 まずは実験として、人差し指の先端に意識を集中させて電撃のイメージをしてみた。

 すると、指先にバチバチと電気がほとばしる。


 これは、もしかしたらいけるかな?


「ものは試しだ……いけっ! サンダーボルト!」


 わたしは指先を近くのゴブリンに向けて、今度は気絶させるイメージで強めの電撃を飛ばす。

 すると、指先から電撃が一直線にゴブリンに走っていくと、


「ギギャ?!」


 電撃はバリアを貫通して、外にいるゴブリンに命中した。

 電撃を食らったゴブリンは感電し、気絶して倒れてしまう。

 だけど、よく見るとピクピクと動いているから殺してはいないみたい。


 どうやら成功したみたいだ。


「やった! これなら無闇に殺さずにこの状況を抜け出せるかも!」


 何となく電撃系のイメージで『サンダーボルト』なんて魔法の名前を叫んでみたけど、イメージしやすくなって良かったのかもしれない。

 よし、それじゃあこの調子で周辺の魔物を気絶させてこの状況を切り抜けるとするか。

 わたしがそう決意した瞬間、ひときわ大きな獣の叫びがとどろいた。


「グモォオオオオオ!!」


 それは、先ほどまでわたしが縛られて乗せられていた巨大な猪の魔物だった。

 その魔物は、わたしのバリアにひどくご立腹のようで、突進攻撃で破壊しようとしている。


「え、え、ちょ、ちょちょ――!」


 魔物がバリアに衝突した瞬間、ドガァァァン! と轟音が鳴り響く。

 思わずぶっ飛びそうになるほどの衝撃と地響きを食らってしまう。


「おわっ!? さ、さすがに攻撃力がゴブリンの比じゃないね。まずはこの大ボスから倒さないと」


 巨大猪は、ブルブルと頭を揺らしながらジリジリと後退する。

 一撃でわたしのバリアを破壊できなかったことに怒ってる感じだ。

 多分、距離を取ってからまた突撃してくるんだろうね。

 だけど、このまま突進攻撃を許していたらいつかバリアが破壊されるかもしれない。

 仮に破壊されなくとも、こんな至近距離から巨大な猪が襲いかかってくる体験を何度もするのは心臓に悪すぎる。


 なのでわたしは、たった今ゴブリンで実証した電撃魔法でこの巨大猪きょだいいのししを気絶させてやろうと決意する。


「食らえ、サンダーボルト!」


 わたしの指先から、電撃がほとばしる。

 その電撃は猪の頭に命中したけど、猪の体を一瞬だけ止めただけで、また猪は突進してきた。


「うそ! 効いてない!?」


 これはゴブリン用に放った電撃と同じくらいだから、威力が弱いのかもしれない。

 よく考えれば、ゴブリンよりも格段に大きい魔物にはそれに応じた電撃が必要だ。


「それなら、これでどうだ!」


 わたしは右の手を開いて猪に向け、手のひら全体を使って強力な電撃を撃ち放った。


 バヂバヂバヂバヂィッ!! と青白い火花が散るほどの威力。

 それも一回で終わりじゃない。

 その電撃を、数秒間放ち続ける。


「グモ……モゴオオォォ……」


 やがて、猪が力なく倒れた。

 ズシィン……と、地面が揺れた後、猪は動かなくなる。


 一時いっときはわたしの電撃魔法をはねけようと抵抗していたようだったけど、最後はわたしの勝利に終わった。

 やっぱり電撃を浴びせ続けたのが良かったようだ。


「グギッ……!」

「ギギャア……!」


 わたしは周囲にまだ何十体といるゴブリンたちに目を向ける。

 ゴブリンたちはついさっきまでしこたま魔法や矢で攻撃してきたというのに、いまはその気配がない。

 もしかすると、この巨大猪きょだいいのししが倒されたのを見て、怖じ気づいたのかもしれない。


 だったら、もうちょっとビビらせたらどっか行ってくれるかな。

 わたしは頑張って怖そうな表情を作り、周りを取り囲むゴブリンたちに宣言する。


「ほら、どうする? わたしはまだまだ戦ってもいいけど。やられる覚悟ができたヤツからかかってきなよ!」


 バヂバヂィッとわたしは手の上で電撃をはじけさせる。

 撃ち込む気はなく、あくまで威嚇用だ。


「! ギギィー!」

「! ギギャアー!」


 こんな思い付きの方法で上手くいくかは不安だったけど、ゴブリンたちは大慌てで逃げていった。

 それぞれが散り散りに逃亡したため、周囲は一気に静かにかる。


「……ほっ。威嚇作戦、上手くいって良かった~」


 あんな数のゴブリンに電撃を撃ってたらめんどくさすぎるからね。

 あ、でももしかしたら、電撃の広範囲攻撃とかできたら楽かも?

 何はともあれ、平和的に片付いて何よりだ。


 わたしは念のためもう一度周囲の安全を確認してから、ゆっくりとバリアを解除した。

 光の膜が、空気に溶けていくように消えていく。


「ふぅ~。なんとか命は助かったよ」

「ぷるるん」


 ほんの三分くらいの出来事だったけど、なんかどっと疲れた気分だ。

 足元で揺れているスライムも、きっと同じ気持ちのはず。


 だけど、ここで一休みするにはまだ早い。

 それに、気を失っているとはいえ巨大猪きょだいいのししと一匹のゴブリンの横でくつろぐ気にはなれない。


「でも、これからどうしたらいいんだろう? 神さまは何も指示しないって言ってたし、わたしの好きにしていいってことだよね? うーん、まずはここがどこなのか分からないし、とりあえず近くの街を探しに――」


 ぐぅ~~~~!


 ……やばい。

 めちゃくちゃお腹すいた!!

 まるで六時間くらい何も口に入れなかったような空腹感で、まともに考えることなんかできない!!!


「い、今にもお腹と背中がくっつきそう……! なんだか、お腹も痩せてきてるような気がするし……なにか、なにか食べ物は……」


 くっ、ここは山の中だ。

 周辺を見回しても、食べられそうなものはない。


 探せば木の実やキノコなどは生えているかもしれないけど、そんなチャチな食料で満たされるような空腹感ではないのだ!

 なにか、もっとガツン! とお腹に溜まるパンチのある食べ物はないのか!?


「……ん?」


 そこでわたしは、ふと目の前の巨体に目がとまる。


 ゾウを上回るほどの大きな体。

 でっぷりと詰まった筋肉質な肉体………………お肉。



「――――このでっかいいのしし、食べられるかな?」






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