第15話  冒険者登録をしに行っちゃう、ぽっちゃり


「いや~食べた食べた! もうお腹いっぱい……では全くないけど、これでしばらく持ちそうだよ」

「ぷるん!」


 焼き鳥五十本を食べて心と胃袋が満たされたわたしは、意気揚々と街の散策を続けていた。

 ちなみに残りの十本分の焼き鳥はサラに食べさせてあげた。

 美味しそうにパクパク食べてたから、あの焼き鳥は種族の垣根を超える美味しさだったのだろう。

 

 先ほどの焼き鳥に思いをせていると、隣で歩くデリックが得意気に笑う。


「あの焼き鳥は俺たちからの礼だからな! 喜んでくれたなら良かったぜ!」

「デリックが出したのは端数の銀貨四枚だけだがな」

「うっ、い、今はたまたま手持ちがなかっただけだ」


 レイラに突っ込まれ、デリックは気まずそうに目をそらした。

 デリックは貧しい冒険者なんだね……。

 今回の焼き鳥の件は九:一くらいの割合でレイラに多大な感謝をしておこう。


「あはは、二人ともありがとね」


 あてもなくぶらついていたけど、そこでわたしは焼き鳥騒動の直前にレイラが話していたことを思い出す。


「そう言えばレイラ。さっき冒険者ギルドに行ってみないかって誘ってたよね?」

「うむ。冒険者ギルドならコロネ殿が倒した魔物の素材の買い取りをしてくれるからな。それにコロネ殿がまだ冒険者でないのなら、ついでに冒険者登録などもしてみてはどうかと思って」


 ふむ、冒険者登録か。

 たしか冒険者登録をするとギルドカードが発行されるとか何とかデリックが言ってたよね。

 この先、何か魔物を倒すかもしれないし、一応ギルドカードは作っておこうかな。

 実績でも何でも貰えるモノは貰っておく主義なのだ。


「それじゃあ冒険者ギルドに行ってみようかな」

「本当か! コロネ殿がこの街の冒険者になってくれれば千人力だ!」

「さっすがコロネ! コロネほどの実力があればギルドのクエスト全部クリアしちまうぜ!」


 いや、ずっとこの街にいるとは限らないよ?

 だからそんな期待の眼差しでわたしを見ないでね。

 あとクエスト全クリなんてする気は毛頭ないからそっちも期待しないでよ。


「ちなみに、その冒険者ギルドって屋敷でグラントさんが言ってた〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉ってところ?」


 先ほど屋敷で執事のグラントさんが口にしていた名前だ。

 たしか冒険者ギルドって言ってたはずだけど――


「そこではない!」

「そっちじゃねぇ!」


 わたしが何気なく聞いてみたら、二人は血相を変えて詰め寄ってきた。


「ご、ごめん。そんなに怒るとは思わなくて」

「あっ、こ、こちらこそすまない」

「悪いなコロネ……。まあなんつーか、その……俺たちは〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉の連中があまり好きじゃねぇんだ」

「好きじゃない?」

「ああ。今このベルオウンの街はアイツらのやりたい放題だからな……」


 デリックは表情に暗い影を落とす。

 どうやら何か訳アリみたいだね。


「それじゃあ、レイラが案内してくれるのは別の冒険者ギルドってことだよね」

「そうだ。私たちが普段利用している、ベルオウン運営の公的ギルドに行こうと思っている」

「分かったよ。それで、その冒険者ギルドはどこにあるの?」

「もう向かっている。ほら、あそこに看板が見えてきた」


 レイラが指を差したところを見ると、遠くに冒険者ギルドらしき看板があった。

 わたしはジト目でレイラを見る。


「……もしかしてわたしが冒険者ギルドに行くように誘導してた?」

「ふっ、何のことだろうか」

「え、なになに? どうしたんだ二人とも?」


 レイラは絶対確信犯だけど、デリックは何も分かっていなかったようだ。

 デリックはアホの子なのかもしれない。

 まあ冒険者ギルドに行ってみようかと思ってたから手間は省けたんだけど、何だかレイラに上手く乗せられたみたいで悔しい。


 そうこうしている内に、冒険者ギルドに到着した。

 やっぱり建物はかなり大きくて、迫力がある。

 これぞ冒険者ギルド! って感じだ。


「よし、それじゃあ入ろうか」


 大きな扉を開き、わたしたちはギルドの中へ入る。


 まず目に入るのは、一面に広がる酒場。

 奥にはギルド職員らしきお姉さんが数人座っていて、部屋の左側にはクエストが貼られている巨大なボードがある。

 よく見る冒険者ギルドの構図だ。

 ただ、少し予想外だったのは……。


「……なんか思ったより人が少ない?」


 酒場のテーブルにはぽつぽつと冒険者がいてお酒を飲んでるけど、人数が少ない。

 もっと冒険者たちで賑わっているのかと思っていたんだけど。

 外で魔物でも狩っているのかな?


「それではコロネ殿、私とデリックは魔物の素材買い取りをしに行くので、少し離れる。冒険者登録はそこの受付にいる職員に頼めばやって貰えるだろう。ああ、それと……」


 レイラはポケットから小さな巾着袋みたいなものを取り出すと、そこから金貨を一枚取り出した。


「冒険者登録を行うには登録料として金貨一枚が必要になる。だからこれを使ってくれ」

「ええ! いや、さすがにお金まで貰うのは……」

「それでは、コロネ殿は手持ちのお金はあるのだろうか?」

「うっ、それは……」


 無一文ですね、ハイ。


「あ、魔物の素材だったらわたしも持ってるから、後で買い取って貰うよ。その時に返すから、この金貨は今ちょっと借りるだけってことで」

「む、まあコロネ殿がそれでいいなら」


 さすがに焼き鳥を奢って貰った直後に登録料までむしり取るのは気が引けるからね。

 あまりにもおんぶにだっこ過ぎて申し訳なくなる。


 そうしてわたしはレイラとデリックと別れ、一人で受付へと赴いた。


「あのー、すみません」

「あら、こんにちは。本日はどのようなご用件ですか?」

「えっと、冒険者登録をしたいんですけど」

「かしこまりました。登録費用として金貨一枚をいただきますが大丈夫でしょうか?」

「はい。これでお願いします」


 わたしはレイラから受け取っていた金貨を差し出す。


「ありがとうございます。それではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いいたします」


 一枚の用紙とペンを渡され、書き進める。

 あれ、これ文字は日本語でいいんだよね。

 街で見た看板とかも普通に日本語として読めたから問題ないはず。


 名前は……本名をそのまま書くのはなんか違和感があるので『コロネ』とだけ書いておいた。

 その他の項目にも目を通し、全て記入し終えた用紙をお姉さんに渡す。


「ありがとうございます。――コロネさん、と仰るのですね。それではギルドカードの発行手続きを行いますので、少々お待ちください」


 お姉さんはわたしが書いた用紙を、別の職員に手渡し、その職員は奥の部屋に入っていった。

 良かった、普通に日本語で書いても通じるみたいだ。


 ギルドカードが発行されるまで待っていると、受付のお姉さんが話しかけてきた。


「コロネさんは、ベルオウンの街は初めてですか?」

「え、ああ、そうですね。初めて来ました」

「そうなんですね。危険都市だなんて揶揄やゆされてますけど、普段はそこまで危険ということもないので安心してくださいね」

「危険都市?」


 この街はそんな風に言われてるの?

 初耳だ。


「あら、ご存知ないですか? このベルオウンは、街の近くに《魔の大森林》という、強力な魔物が多数生息している危険地帯があります。それらの魔物達は基本的には森から出てくることはないのですが、それでもたまにベルオウン周辺に出没することがあるんです」


《魔の大森林》っていうと、最初にわたしが目覚めたあの森だよね。

 魔物が多数生息しているっていうのは心から頷ける。

 てか、《魔の大森林》からこの街に来るまで魔物との戦闘の連続だったしね。


「数年前にも、《魔の大森林》の主と言われるロックドラゴンがベルオウンを襲撃しに来たんです。当時のギルドマスターと冒険者たち、そして騎士隊を動員して何とか追い返したのですが、それでも街の一部が破壊される事態となってしまいまして……ああ、でもここ最近は本当にそういったことはないので安心してください!」

「そ、そうなんですね」


 それ、安心できるのかな。

 その街を襲撃したロックドラゴンとやらも討伐したんじゃなくて追い返しただけなんだったら、またベルオウンにやって来る可能性もゼロではない。

 まあこんなこと言っても仕方ないんだけどね。

 一応ロックドラゴンの件は覚えておこう。


 そして、このまま話の流れで気になっていたあの冒険者ギルドのことを聞いてみるか。


「そう言えば、この街には〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉っていう冒険者ギルドがあるって聞いたんですけど、評判悪いんですか?」 


 すると、お姉さんの顔が急に暗くなった。

 やっぱり訳アリなのか。


「ああ、〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉ですか……。そうですね、彼らは――」


 お姉さんが話し出そうとした瞬間、バァン! と、入口の扉が荒々しく開けられる。

 そして、ぞろぞろとガラの悪い冒険者たちが入ってきた。

 その瞬間、ギルド内の職員や冒険者たちに緊張が走る。


 みんな、急にどうしたんだろう?

 この状況に困惑していると、集団で入ってきた冒険者の一人が、わたしを指差して吹き出すように大笑いした。


「おいおい、なんだよあのデブ! ベルオウンの冒険者ギルドはこんなデブまで駆り出すほど余裕がねぇのか!?」


 なるほど。

 よし、コイツらぶっ飛ばそう。





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