第12話 奇書『BDD』の謎

 ツキモト先輩から借りた、黒い小冊子。

BDDブラック・ドット・ダイアリー────。

 読む前と読んだあとで、世界が違って見えるとか、そういうことにはならなかった。

 ここに書かれているようなオカルト的な現象が実際にあるのかないのか、今さら問うても仕方がない。

 人類が何千年も考えて答えが出ていない問題に挑むほど、ぼくも暇じゃない。

 ただ、無視していいものではないことも理解している。

 古代の神話も民話も、現代の映画も小説も、昨日アップロードロードされたYouTubeにも、オカルトネタはあふれている。

 太古の昔から、人々のオカルトに対する興味は決して尽きることがない。

 幽霊は存在しなくても、幽霊を見た人は存在する。

 占いやお守りやおまじないが虚構の産物だとしても、それを信じて生活する人も大勢いる。

 オカルトが人間の心に影響を与え、現実世界を動かす力を持っていることは否定できない。

 

 ぼくは親戚の家を訪ねて、従姉弟のアキちゃんの連絡先を聞いた。

 この小冊子に書かれていることが、何らかの事実に基づいた手記なのか、まったくの創作物なのか、確かめてみたかった。

「ケイジ君、あれ読んだんだ……」

 珍しくぼくが連絡してきたと思ったら、いきなりそんな話になって、アキちゃんは電話の向こうで絶句していた。

「菅原さんとか沖村さんは、アキちゃんの当時の同級生でみんな実在の人物だよね。マクスウェルという人も実在したの?」

 ぼくは親戚宅を訪問した際、叔母の目を盗んで、アキちゃんが使っていた部屋に入り込んで、10年前の卒アルを確認していた。BDDの登場人物は「レイライン協会」の関係者以外、全員そろっていた。

「さあ、どうだったかな。もう昔のことだからね……」

 関西の大学院で学んでいる、従姉弟のアキちゃんこと西堀亜紀にしぼりあきは、ぼくに言った。あまり答えたくないような雰囲気だ。

「ここに書かれているようなことが本当に起きたなんて、ぼくにはちょっと信じられないんだけど」

「そう思うのが普通だよね」

「ぼくの想像では10年前、2-Cの教室で実験的な授業中に集団ヒステリーみたいなことが起きて、収拾がつかなくなるようなことがあったんだと思う。責任問題なので先生たちの間でその話はタブーになっているんだろう。BDDは、その事件をもとにして書かれた一種のエンタメ小説だと思うんだけど。で、実際はどうだったの? アキちゃんはそのとき、現場にいたんだよね?」

「……」

「2-Cが今でも閉鎖されたままなのも気になるんだ。これは偶然なのかな? それとも、加賀見台中事件と何か関係があるのかな?」

「ごめんなさい。あたしの口からは何も言えない。悪いけど、自分で調べてみて」

 アキちゃんに情報提供をきっぱり断られ、ぼくもこれ以上は突っ込みようがなかった。

 ただ電話の終わりの会話は妙に意味深だった。

「……そうか。じゃあ、次はケイジ君なんだね」とアキちゃん。

「え、ぼくが、何だって?」

「……まだ知らないんだ」

「ちょっと待って、ぼくが何かやるの?」

「……ううん、何でもない。あとはケイジ君が自分で判断して決めればいいよ」

 BDDの中で、アキちゃんは主人公の菅原さんをいじめるグループの一員だった。

 悪役だったから、何も言いたくないのかもしれない。

 当事者に話を聞いて諸々もろもろの謎が一挙に解決するかと思ったがさにあらず、一歩進んで五歩も六歩も下がった感じだ。

 とにかく、十年前の加賀見台中事件の結果がなぜか今、自分に降りかかってきそうな気配だけは濃厚なのだった。

(つづく)

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