ぼくのペットはトイレットペーパー
かねさわ巧
一章 不思議なトイレットペーパー
一章 不思議なトイレットペーパー
「ニャー!」
「な、なんだぁ⁉︎」
ぼく――
「ま、まっくらでなにも見えないんだけど⁉︎ お、おいジタバタするな! 本当になんなんだこれ!」
正体を確認するために、おそるおそる両手を伸ばし、顔に張りついたそれを引き剥がす、と――。
「猫っ⁉︎」
そこには綺麗な灰色の毛をした猫がいて、透き通るような緑色の瞳でぼくを見つめていた。
「そういえば、一瞬だけ、ニャー、と鳴き声が聞こえた気はしたけど……」
でも、まさか、ぼくの顔にとびかかってくるなんて。
「この猫どうしたら……」
「健斗くん!」
困っていると誰かが、ぼくの名前を呼んだ。
目の前には、同じ小学校に通う
彼女は顔も可愛いし、モデルのような細身の体型で、性格も明るいから三年二組の男子と女子からも人気だ。
白川さんの家は近所にあって、お母さんどうしの仲がよいから、ぼくの家へ遊びにもくる。
だから、学校の外でも話す機会は多いし、ときどき一緒に帰ることもあるんだよね。
「アオちゃん! 見つけたー! 良かったぁ」
白川さんは、そう言いながら駆け寄ると、ぼくが抱えている猫の頭をなでた。
「アオちゃん?」
「そう、この子の名前」
「こんな猫、初めて見るよ」
「ロシアンブルーっていう種類なんだよ」
「へぇー。変わった色の瞳をしているよね」
「うん。今は緑色の瞳をしているけど子猫のときは青い色なんだって、不思議だよね」
「もしかして、それが理由で名前がアオなの?」
「うん、そうみたい。実はアオちゃんを、わたしの家でしばらく預かることになったんだけど、窓を開けたときに逃げてしまって探していたの」
「そうなんだ……」
白川さんは、少しそそかしいところもあるから、逃してしまったという話は失礼だとは思いつつも、素直に納得ができてしまった。
「健斗くんが捕まえていてくれて本当によかった。ありがとう」
彼女は少し涙目になっているようだ。きっと必死になって探していたんだろうなと思いながら猫を手渡す。
アオをやさしく胸元に抱き寄せる白川さんの姿を見ていると、どこか遠くに行ってしまわないで本当によかったと思った。
白川さんはアオの無事を、ママに知らせてくると言って自宅へ帰って行った。
「猫かぁ……可愛かったな」
アオのようなペットを飼ってはみたいけれど、うちではマンションの決まりで、それを叶えることは難しい。
ぼくは大人になるまで、猫どころかハムスターさえも飼うことはできないのかも……。
「はぁ……」
そんなことを考えていたら、思わずため息が出てしまった。
しばらく歩いていると、いつもの公園の前を通りかかった。すると、どこからか声が聞こえてくる。
「誰かー!」
辺りを見渡してみると、その声は公園内の公衆トイレから聞こえてきているようだった。
「おーい。誰か助けてくれー!」
間違いない。男性用のトイレから再び声がするのを確信したぼくは、そうっと中をのぞきこむ。
トイレの中は小便器のほかに個室が二個ならんでいて、片方だけドアは閉まっているようだ。
「誰かー!」
様子をうかがっていると、ドアの閉まっている個室内からまた助けを求めてきたので、ぼくは声をかけてみることにした。
「あの、大丈夫ですか?」
「おおー! どなたかは存じませんが助けて下され! トイレットペーパーが、なくなってしまったんじゃ!」
それは大変! 紙がなくなってしまったなんて大事件だ!
「わかりました! ちょっとまっていてください!」
ぼくは急いでとなりの個室からトイレットペーパーを、一個もちだすと、受け取ってください、とだけ伝え、助けを求めている個室めがけて投げ入れる。
ボトッ――と、中へ落ちた音とともに、おわっ! と、おどろいたような声が聞こえてきた。
「ありがとうございますじゃ! ちょっと外でまっていて下され! いやなに、すぐに済みますから!」
え? なんで?
「えーと……急いでいるので、ごめんなさい」
ぼくは、一言だけ伝えて足速にトイレから出た。正直、どんな人が中から出てくるのかわからないのに、まつのは怖い。
もう、トイレの人は助かったと思うし、この場を離れても問題はないよね? それに、ぼくは早くコンビニへ行きたい。
「ちょっと、少年! まってくれ!」
公園を出て数秒もしないうちに、後ろから誰かに呼び止められた。
ぼくは、思わず振り向いてしまう。と、そこには浴衣のような服を着たお爺さんが、杖を片手に立っている。
白くて長いあごひげも生えていて、まるで仙人みたいな人だ。
「あ、あの……なんですか?」
ぼくは警戒しながらお爺さんに声をかけた。
「なんですか? って、まっててと伝えたじゃろ? 聞こえていなかったの?」
もしかしてトイレで困っていた人? 聞こえていたから、またなかったんだけどなぁ……と、思ったけれど、それを言うのはやめたほうがいいかも。
「まったく、最近の子は……まあ、よいじゃろう。少年よ、さっきは本当に助かった。お礼と言ってはなんじゃが、いいものをあげよう」
「いいもの?」
「そうじゃ、ちょっとまっとれよ……」
お爺さんはそう言いながら袖口に手を入れて、なにやらゴソゴソと探しているような動きを見せた。
「ほれ、これをあげようじゃないか」
いったいなにが出てくるのだろう? と思っていると、袖口から出てきたのは――。
「トイレットペーパー? い、いらないですよ!」
なにかと思ったらトイレットペーパーだなんて、もらっても困るし、それをむき出しのまま手にもって外を歩くなんて恥ずかしくてできない。
「いらないとは、バチ当たりな! きみはこのトイレットペーパーがただの紙だと思っているのじゃろ?」
うーん。そう言われても、普段よく見る白いものとは違って紙の色が黄色いってこと以外、特別変わったところは見当たらないんだよね。
それに、色のついたトイレットペーパーなんて珍しいものでもないし。
「なにがあるって言うんですか? どう見ても、ただのトイレットペーパーですけど」
「フォッフォッフォッ。まあ、だまされたと思って受け取りなさい。大切にするんじゃぞ」
そう言って、お爺さんは強引にトイレットペーパーを、ぼくの手の平に置いた、その瞬間――。
「ペパァ?」
「へ? う、うわぁー! なにか言ったぁー! なんだこれ! トイレットペーパーに目がついてるー!」
突然、紙の表面から目が現れて、ぼくのほうをじっと見つめてきた。
ドキドキしながらも、よく観察してみるとクリッとしたまあるいつぶらな瞳をしている。どうやら悪い奴ではなさそう。
「お、お爺さん! なにこれ! って……あれ? いない……」
気がつくと、いつの間にかお爺さんは、ぼくの前から姿を消してしまっていた。
「ウソ! いつのまに……全然、気がつかなかった」
「ペパァ!」
「わわっ! な、なに?」
「ペパペパ?」
ぼくの言葉に反応しているのか? それにしても、変わった鳴き声だなぁ。
「ペパ?」
どうしよう……好意でもらったものだし、このまま置いていくのはダメだよね。あまり人目につくのも、よくなさそうだし……うーん。
「仕方がない。とりあえず、一緒にぼくの家へ行こう」
ぼくが、そう言うと言葉の意味を理解したのか、黄色いトイレットペーパーは目を細め、まるで微笑んでいるような表情を見せた。
コンビニはまた今度にしよう……。
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