生クリーム事件

倉木元貴

第1話

 僕は学級委員として、この問題を解決しなければならない。

 ことの発端は放課後の16時35分のことだ。たまたま靴箱にいた僕は、彼女の悲鳴を聞いて事件が起きたことを知った。

 

「く、靴にクリームが!」

 

 声の元へすぐに駆けつけると、彼女が靴箱から取り出した靴には、大量の生クリームが付けられていた。

 放課後から時間が経っていたこともあり、靴箱に集まっていた人間は、僕と被害者を含めて5人しかいなかった。そして彼女のすぐ近くにいたのは、3人。

 1年1組の中村悠俉なかむらゆうご鮎川拓也あゆかわたくや。1年2組の浜井竜臣はまいたつおみ

 学級委員の僕が3人を容疑者として話を聞いていく。

 

「3人ともすまないが、少し話を聞かせてくれ」

 

 3人とも嫌な顔を浮かべる。

 まあ当然だろう。今から帰る者、部活に行く者、今後の予定を崩さないといけないからな。だが……。

 

「嫌だとは思うが、僕は人の靴に生クリームを乗せるやつが許せないんだ。君らの知っていることだけでいい。話を聞かせてほしい」

 

 これも学級委委員の仕事だと、自分に言い聞かせながら3人に頭を下げた。

 

「そこまでいうのなら仕方ないよ。知っていることだけでよかったら協力するよ」

 

 中村君がため息を吐きながら、了承してくれた。そんな彼の姿を見てか、他の2人も話を聞かせてくれることになった。

 

「では中村君、君から聞いてもいいか?」

 

 中村君はまたため息を吐いて、頭を掻きながら話し始める。

 

「どうもこうも、僕は先輩からの命令でこのポスターを剥がして回っていたんだよ」

 

 手には地学部の天体観測会のポスターを持っていた。

 

「もう終わったのにいつまで貼っているんだ。と生徒会から指摘があったからね。1年生の僕らが校舎中を剥がし回っているんだよ。本当は、休み時間に剥がそうと思っていたけど、時間がなくてできなかったから放課後部活の時間を使って剥がしているんだ」

 

 なるほど。この場にいたのはたまたまだと言いたいのだな。でも、部活で剥がしているのなら、狙ってこの時間この場所を指定することもできる。無実の証明にはならない。

 中村君はこうも言った。

 

「1つ言っておくけど、僕は犯人じゃないよ。だって、僕は被害者の彼女のことを知らないから。名前も知らなければ、顔も今日初めて見た……と思う。余程の愉快犯じゃなければ、靴にクリームを乗せたりはしないよ」

 

「なるほど。愉快犯じゃない証拠もないがな」

 

「愉快犯なら、彼女1人に絞ったことが違和感だ。1人よりも2人。それよりも大勢に仕掛ける方が面白いに決まっている。そうじゃないからこれは愉快犯の仕業じゃないと思うよ」

 

 将来は物語に出てくるような探偵を目指しているのか。確かに中村君の言っている通りだが。

 

「次は浜井いいか?」

 

 2組の浜井竜臣。僕はこいつとは同じ中学出身だ。中学の時から何かと問題を起こしていた人物だ。相変わらずの大きな身体で、季節を問わず大量に汗をかいており、常にフェイスタオルを身につけている。

 

「か、加賀屋君! 僕は犯人じゃないよ!」

 

「まあ、一旦落ち着け。知っていることを話してくれないか?」

 

 それとあまり近づかないでくれ。

 浜井は一応中学の同級生ではあるが、僕は贔屓などしない。真偽は公正であるべきだから、相手が誰であろうと正しい判断を下す。

 

「ぼ、僕は、この階段の裏で、お腹が空いたから生クリームパンを食べていたんだよ。そしたら悲鳴が聞こえて、急いで来たら、こんなことになっていたんだよ」

 

 そういえば、浜井は中学の頃、帰りのホームルームをよく抜け出していた。噂によると、お腹がなるのが恥ずかしいから隠れてパンでも食べていたとか。まだ続けていたのか。

 でも、今のところ1番怪しいのは浜井だな。

 

「浜井は“生”クリームパンを食べていたんだな?」

 

「確かに生クリームパンを食べていたけど、僕じゃないよ。本当だよ加賀屋君。僕は靴に生クリームを捨てることなんてもったいないことしないよ。捨てるくらいなら、自分のお腹に入れるよ!」

 

 そんな力説されても、浜井の生クリーム事情は興味ないって。まあ、浜井が話す限りだと、悲鳴が聞こえてから靴箱に現れたそうだから、僕と大差ないのかもしれない。

 

「さて、最後は……」

 

 最後の鮎川君はこの学校のある意味有名人だ。イケメンとか、頭がいいとかではない。鮎川君は悪い噂が絶えないのだ。10時以降もバイトをしているとか。夜な夜な喧嘩に回っているとか。タバコと酒と女遊びは当たり前で、舎弟が100人もいるとか。今まで何度も警察の厄介になっているとか。今日も生徒指導で帰るのが遅くなったとか。いい噂を聞いたことは1つもない。制服も乱れて着ていて、髪も初めているらしい。

 日頃のストレスから犯行に及んだそう考えるのが自然だ。

 

「俺が知っていることは、そこの中村と同じだ。俺が話すまでもないだろ。急いでいるから、先に帰らせてもらう」

 

「待って」

 

 正直言って怖いけど、膝は生まれたての子牛のように震えているけど、鮎川君を帰してしまえば、事件は永久的に解決しないだろうから、ここは何が何でも止めないと。これもれっきとした学級委員の役目だ。

 

「あ、鮎川君が帰ると言うのなら、このことを先生に報告する。僕は君の口から聞きたいんだ。話してくれないか?」

 

 鮎川君は全員に聞こえるくらい大きな舌打ちをして、ため息を吐きながら頭を掻いていた。

 

「俺が知っていることも2人が話したのと同じだ。俺は面談が終わって帰ろうと靴箱で靴を履き替えていたら、後ろから声が聞こえた。『クリームが!』って。とりあえず振り返ったら、靴に白いクリームが付いていたのを見たんだよ。初めはいじめられているのかと思っていたけど、そうじゃないんだろ」

 

 話し終えた後に再び舌打ちをする。

 3人の話のと俺が見たことは大抵同じか。この事件は難しくなりそうだ。

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