第36話 マジック

「おい、お前出し物担当な」


 新人は、先輩社員に良いように扱われるのが当たり前とでも言うのか。それとも、引っ込み思案でなかなか断れないことを分かった上で揶揄っているのか。

 会社の新年会での出し物を、先輩社員に強要された。


 出し物と言われたって、なんの手持ちもない。

 一発芸と言えるものも無ければ、話術の持ち合わせも無いのだ。

 しかも、言われたのは年末の最終営業日。新年会までの期間は1週間ほど。


 一か八か。


 せっかく入った会社だが、転職も視野に入れ、捨て身の覚悟で新年会に望んだ。


「せ、僭越ではござ、ごさいますが、手品マジックを披露します……」


 小さい会社だからそれほど社員が居るわけではないが、それでも全社員の視線が全身に突き刺さる。

 そんな中。

 懐のポケットから、意を決してあるものを取り出し、高々と掲げて目を閉じた。


「はいっ!マジックです!」


 一瞬の静寂。

 怖くて目が開けられない。

 取り出したのは、何の変哲もないただの黒のマジックなのだから。

 きっと、次に来るのは怒号だろう。

 そう思っていると。


「あっはっはっ!こりゃあ傑作だ!」


 響き渡ったのは、出し物を強要した先輩の声。

 続いて、あちらこちらから笑い声が上がる。


「くっだらねぇっ!よくやったなぁ、こんなの!」

「お前意外と大胆なことやるなぁっ!」


 その新年会を境に、先輩たちがようやく認めてくれるようになった。

 捨て身のスベリ芸が功を奏したのか。


 これぞ、魔法マジック


【終】

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