気まぐれSS 短編集

平 遊

第1話 山の途中で

 気づけば、山の中腹にいた。

 降りても登っても、おそらく同じくらいの時間がかかるだろう。


 そもそも、いつこんな所まで来たのだろう?


 不思議に思いながらも、体の向きが山頂を向いていたことから、そのまま山を登り始めた。


 それほど高い山ではなかったが、思いの外、山頂からの眺めはいい。

 景色を眺めながらぼんやりしていると、ポツリと頬に水滴が落ちてきた。


 雨だ。


 いつの間にか、空には雨雲と呼ばれる雲が迫ってきている。本当に、山の天気は変わりやすい。

 慌てて、来た道とは反対の下山道を降りる。矢印がそちら側を向いていたからだ。


 登るのにはそれほど時間はかかっていない。ということは、下りはもっと早いに違いないと予想していたのだが、降りれども降りれども一向に目的地‐つまり山からの出口に辿り着かない。仕方なくそのまま下り続けていると、やがて大きな真っ黒い門が見えてきた。ようやく出口についたのだと安堵していると、赤ら顔に大きな帽子を被った老人が、門の前に立ち塞がった。


「お前は何をしたのだ」


 老人にそう問われ、答えに窮した。

 なにせ、ただ山を降りてきただけなのだから。


「ふん、道を間違えたな。お前の道はあちらだ」


 良くは分からなかったが、老人が指し示した先には上へと続く階段が見えた。また昇るのかと少々うんざりもしたが、門を通してもらえない以上、その階段を登るしかなさそうだ。


 老人に頭を下げると、すぐに階段に向かい、その先を見上げた。気の遠くなりそうな先まで続いている階段だった。これならば下ってきた山をもう一度登った方がマシかもしれないと振り返ってみたものの、既にその道には立入禁止の鎖が掛けられていて、戻ることは叶いそうにない。


 仕方なく、階段を登り始めた。

 一段一段、ゆっくりと。

 なんせどこまでつづいているか分からない階段なのだ。急いで登っては体力が持つわけがない。


 気の遠くなるような時間をかけて階段を登り続けると、ようやく階段の終わりの場所に到着した。

 そこには大きな真っ白い門が聳え立っていた。

 早速門をくぐろうとしたのだが、気づけば背中に羽のようなものを付けた可愛らしい子供が、行く手を遮っていた。


「あなたは何をしたのですか?」


 子供にそう問われ、再び答えに窮した。

 なにせ、ただ階段を登ってきただけなのだから。


「道をまちがえちゃったみたいですね」


 子供の言葉に、またか、とうんざりした。

 これだけの長い階段を登ってきたにしてはそれほど疲れてはいなかったが、またここを降りなければならないと思うと、正直ゾッとした。

 だが、次に聞こえた子供の言葉は、意外なものだった。


「まだその時じゃないですよ。じゃ、引き続き頑張ってください」


 そう言うと、子供が背中を軽くポンと叩いた。

 その途端。

 足元の階段が消えてなくなり、どこまでも体は落ちて行った。



 気づけば、山の中腹にいた。

 生きることに疲れ果てて、フラリと立ち寄った山だった。

 だがそのままくるりと体を反転させて山を降りた。

 案の定、振り返ると山はなくなっていた。


 あの山頂からの眺めは、絶景とは言い難かったが、もう一度眺める価値はあるかもしれない。


 そんなことを思いながら帰途についた体と心は、少しだけ軽くなっている気がした。


【終】

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