禁じられた旋律 6/強行降下

 輸送機が翡翠島を肉眼でも駆使できる距離に近づくと、島の周辺に展開している敵艦隊から砲撃が始まった。

 外の景色は急速に変わり、青い海と緑豊かな島の風景が一瞬にして火花と煙に覆われる。

 機体は激しく揺れ、隊員たちはそれぞれの装備を抱き抱えながら緊張の面持ちを隠せないでいた。


「おおお、けっこう激しい砲撃だな…… お前ら、身体をしっかり固定しろ! 山崎ヤマさん!」


 柳田が倫道たち新兵へ荷物を抱え身体を固定する様に指示を飛ばすと、山崎へ視線を飛ばし共に輸送機のコックピットへ向かう。


「ここでの砲撃…… かなりヤバめっすね」

「ああ、予想以上に敵戦力に押し込まれているみたいだな」


 現状に舌打ちをしつつ、2人は勢いよくコックピットへ繋がる鉄扉を開ける。


「状況は?」

「アプローチラインに入った所、島の反対側から砲撃を受けましたので一度断念し旋回に入りました!」


 柳田の問いかけに機長が顔を正面に向けたまま答える。

 山崎はコックピットの風防越し、眼下に広がる海上で点在する敵戦力を目視する。

 戦艦、巡洋艦、駆逐艦が翡翠島の南西付近に集結し、まるで蜂の巣のように、無数の艦船が密集している。その間を、白い航跡が複雑に交差し、まるで巨大な蜘蛛の巣の様に青い海上へ描かれていた。

 大日帝国の戦艦の周りを包囲する勢いで艦船を走らせ、攻撃を受けた戦艦は赤い炎と黒煙を巻き上げていた。

 白波を立て何隻かの駆逐艦は、輸送機に気がつき船首をこちらへ向ける。

 真っ黒い煙を吐き出し疾走しながら、上空に飛来した敵目掛けて砲撃を続けていた。


「管制塔! こちら特務魔道部隊、隊長の山崎である。現在の状況を報告してくれ」


 機長が無線を繋ぐと山崎が翡翠島の管制塔へ状況を問う。

 数度、耳障りなノイズが入った後、管制官からの返答が無機質なスピーカーから現場の混乱と共に流れ出す。


「こちら翡翠島管制、本日未明より敵艦隊から攻撃あり。我が防衛艦隊も攻勢に出たが現時点で状況は厳しい。現在、島の西側付近に上陸をされた模様」

「了解。我々は今より降下し、研究所への防衛へ向かう」

「貴官たちの奮闘を祈る!」


 通信が切れると山崎は機長の肩に手を置き前方を見据えたまま耳元でたずねる。


「機長、この状況下で着陸は可能か?」


 何度か声に出そうと唇を動かすが、吐息だけが漏れる。自分の技量、プライド、使命、そして命を預かっている重みが彼の中で葛藤する。

 眉間に皺を寄せ数秒考えた機長は、力なく首を横に振った。


「山崎隊長、現在の対空砲火の激しさを考えれば滑走路への着陸は難しいかと……」

「そうか…… では、島の北東部への低空での侵入は可能か?」


 山崎が指を刺した地点を確認し、副機長と視線で確認をとった機長はゆっくりと頷く。


「敵艦隊の姿も無く、山の稜線が機体を隠してくれますので可能かと…… しかし……」

「よし! では準備をしてくれ。 柳田ナギ!」

「了解!」


 機長の言葉をさえぎって、山崎は柳田に声を飛ばす。

 彼はその一言で全てを理解したと言わんばかりの笑顔を向けてコックピットを後にした。


「機長の懸念は我々魔道部隊には杞憂さ。少々荒っぽいがな」


 山崎は機長の肩を優しくポンポンと叩くと「頼んだぞと」一言言い残しコックピットから出ていく。

 残された機長、副機長、通信員は顔を見合わせると決意の篭った眼差しを称えて頷き合う。

 彼らを何としても島へ上陸させる。

 その使命を果たすために。


 機長は決死の覚悟を持って操縦桿を握り、機体を急降下させた。

 突然の高度変更により、隊員たちは一斉に座席に押し付けられる。小さな物見窓の外には爆発の光が断続的に見え、そのたびに機体が大きく揺れた。

 必死で荷物と自分の体を機体へしがみつく倫道たちの前に、柳田が少しのヨロケだけで返ってくると大声を張り上げる。


「よーし、お前ら! 飛び降りるぞ! 準備しろ!」


 飛び降りる⁈ この砲撃の中を⁉︎

 倫道たち新兵5人はギョッとしたが、すぐさま気を取り直し、降下用のパラシュートの準備に急ぐ。

 何度も訓練でやってきた事だ。いきなりでも対処できる。

 そう思っていた5人に柳田の怒鳴り声が突き刺さる。


「飛び降りるって言ってんだろ! パラシュートは置いて、早く分隊で集まって各自の体をつなげ!」


 倫道たちの頭に浮かんだのは、以前体験した1度きりの訓練。

 緊急時にその身一つで機体の外へ飛び出す、正気の沙汰ではない記憶。

 確か緊急時のみとのことだったが、今がその緊急時という訳か。


「リーナさん! こいつらの事を頼みますね!」

「オーケー! 任せて! レーネ!」

「……準備はできてる。はい……」


 胴ベルトを巻きつけたデルグレーネは、カタリーナの金具をつなぐともう一方を倫道へ手渡す。

 慌てて倫道、久重、五十鈴、清十郎、龍士はカタリーナとデルグレーネを中心として互いの体が離れない様に金具とロープで繋がった。

 頭が追いつかない状況で、激しいブザーと共に輸送機の後方ハッチから重々しい金属の外れた音が鳴る。

 ハッチが開いた途端、凄まじい突風が機内を襲い、固定されていない荷物が巻き上がる。

 大きな機械音を響かせ、ゆっくりとハッチの動きと共に眩しい程の光が差し込む。

 白く煙る火薬の匂いが濃密な戦場の空気は、やけに熱く感じた。

 

 海上を低空飛行で飛翔する輸送機は、島の北東部から侵入した。

 やがて島上空200フィート(60m)もない高さ、眼下の森へ目掛けて第1分隊から飛び降り始めた。


「さあ! 私たちの番ね! 行くわよ!」

「「「「うわぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」」」


 カタリーナとデルグレーネが尻込みする5人を押し出す様に体をぶつけ中空へ浮かぶ。

 機外へ飛び出した途端、凄まじい風圧が倫道たちを襲う。

 一瞬にして地面が目の前に迫り来る―― その瞬間。

 ふわりと全員の体が浮き上がった様に感じた。

 カタリーナの発動した風魔法にて軟着陸を果たしたのだ。


 

 輸送機は特務魔導部隊にしか出来ない命懸けの曲芸の結果を一部始終見届けると、その太い胴体を横向きにして旋回。

「幸運を祈る」と翼を数度揺らした後に全速力で離脱していった。


「し、死ぬかと思った……」

「ああ……」


 誰もが抱いた感想。

 久重が顔を青ざめさせ四つん這いになりながら呟くと、倫道たちも同意をそれぞれ口にする。

 その衝撃は強烈で、彼らは一瞬、呼吸すら忘れるほどだった。

 少し落ち着き辺りを見渡すと、誰一人として負傷する者はおらず、全員が無事に着地していた。

 そこへ柳田が勢いよく駆けてきて新兵たちの様子を確認すると、カタリーナへ軽く頭を下げた。

 彼は他の風魔法使いのいない分隊へ行き、その魔法で隊員を助けていたのだ。


「ほら、お前ら。いつまで呆けてやがる! ここはもう戦場だぞ! 気を抜くんじゃねぇ! 早く整列しろ!」


 柳田の明るく茶色い瞳には、いつもの人懐っこさは微塵もなく、冷たく燃え上がる殺気が宿っている。

 それを見た倫道たちは本当の意味で戦地に来たことを感じた。


「第1から第5分隊、研究所へ直行する。時間がない、敵部隊も既に上陸を果たし同じ目的で動いている可能性が高い。密林を抜け、一刻も早く施設を確保するぞ!」


 山崎隊長が整列した隊員を前にして檄を飛ばす。

 遠くには迫撃砲の音が絶え間なく聞こえ、樹木の上からは何本もの黒い煙がたなびいていた。

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