禁じられた旋律 5/戦場へ
倫道たちが
「しかし、昨夜から働かせて苦労かけたな」
「いえ、司令の方こそ大変だったのでは?」
「まあな……
ふうと軽く息を吐き出すと御堂はコーヒーを啜った。
砂糖もミルクも入れない濃いめのコーヒーは、彼の疲れた体にじんわりと染み込んでいく。
「今回の派兵。緋村中将は納得されて?」
「馬鹿言え。奴が納得などするまいよ」
「翡翠島の研究所も緋村中将の管轄ですよね。我々の派兵は嫌がるんじゃ……」
「もちろん嫌がったさ。公にはしないがな。だが、翡翠島の研究所では妖魔の研究をしている。対妖魔専門でもある我々が行く事に止める理由がないだけさ」
「確かに魔導大隊の本隊は、華陽人民共和国の前線に出ていますからね。彼らを戻していたんじゃ時間がかかる」
「そうだ」
御堂は底に残ったコーヒーを飲み下すと、カップをソーサーの上に置いた。
「
「……はい」
「いいか
「第一に研究者の保護、その後、緋村中将の手の届かない
「そうだ。成功するかどうかは、少人数で素早く動くことが肝となる。敵の手に落ちる前に研究員たちの保護をすること。もちろん島を敵の手に渡すつもりもない。大規模な部隊が編成され投入される」
「……どれくらい時間差があると思われますか?」
「早くて現着から半日だろう」
「半日…… 厳しいですね」
「ああ、厳しいな。それを承知で行ってくれるか?」
「はい、勿論です。司令に言われれば何処にだって行きますよ」
「すまんな」
「勝算がない訳ではありません。特務魔道部隊は、少数ですが精鋭揃いですから。翡翠島の防衛戦力もありますしね」
山崎も手にしたカップを空にすると、ソファーから立ち上がり御堂を見つめた。
「では司令、行って参ります」
「隊の者どもを頼んだぞ」
「はっ!」
御堂も立ち上がり敬礼を交わすと、山崎は少しだけ口元に笑いを浮かべ軽く頷いた。
◇
特務魔道部隊の面々は1時間ほど前に到着した大型の輸送機に乗り込み、横浦駐屯地の端にある滑走路上をゆっくりと移動していた。
バラバラと轟音を撒き散らすエンジンが、より一層の唸りを上げる。
視界が上下に揺れるほどの振動。
オイルの匂いが鼻につく機内、薄っぺらいクッションの座席に横一列となって、離陸の瞬間をただ黙って待っていた。
「離陸準備完了。各自、離陸態勢を取れ」
赤色灯の元、機内にアナウンスが流れると、各自が今一度、ベルトを締め離陸に備える。
激しいエンジン音がビリビリと空気を振動させ、やがてゆっくりと機体が動き出す。
誰もが緊張の面持ちで、待ち受ける戦場へと大空を舞い上がった。
倫道たちは、飛行を続ける輸送機の轟音の中で、それぞれが自らに課せられた任務を黙々と見つめ直していた。
各自に与えられた魔道具の重さは、ただの物理的な重さ以上のものを彼らに感じさせた。
それは、彼らの肩にかかる責任の重さ、そしてこれから直面する未知への恐怖と期待を象徴している。
周囲の空気は、緊張で凍りつき、それぞれの呼吸さえも重く響いていた。
そんなおり、特務魔道部隊のもう1人の副長であり2番隊を指揮する
「随分と表情が硬いな、お前ら。まあ、初めての弾が飛び交う戦場だ、緊張するのは当然ちゃぁ当然か」
「あっ、はい」
口元を大きく開き、ガハハと豪快に笑う東雲副長。
歳のころは40歳を超えており、山崎隊長より少しだけ年上のベテラン隊員だ。
身長は倫道より少し小さいが、体の厚みが2倍はあるだろう筋骨隆々としたその姿は、剛毛な黒髪と相まって陰でゴリラと言われるほどだ。
「まあ、そう緊張するな。今までの訓練通り冷静にやればいい」
轟音の中、倫道だけではなく他の4名、久重、五十鈴、清十郎、龍士にも聴こえる程の声を張り上げて笑う。
そのつぶらな優しい瞳もゴリラを彷彿とさせている。
「俺たちがいる事を忘れるな。俺たちはチームだ。全ての人間がお互いのために動く。だからお前たちは恐れずに顔を上げて
「「「はい!」」」
「それに、ここでしっかりと経験を積んでいけば、これからの任務がずっと楽になるからな。なあ?
「そぉっすね。
柳田が倫道たちを代表して頭を下げると、他の隊員から「
まだ入隊して日の浅い倫道たちを隊の仲間全員が思いやる。緊張を解そうと代わる代わる声をかけ、それにより先ほどまで鉛の如く重かった不安は、倫道ら新兵の中から消え去っていた。
そんな光景を輸送機の冷たく硬い座席に座り、デルグレーネはぼんやりと眺めていた。
彼女の心は沢渡から聞かされたバーリ・グランフェルトの突然の訃報によって、未だ整理がついていなかった。
バーリとの出会いを思い出す。
彼に
しかし彼は、
バーリの言葉は温かく、彼の明るい笑顔がまだ脳裏に焼き付いている。
戸惑うデルグレーネではあったが、彼の真摯な想いに彼女の心も
(なんで、こんなことに……)
デルグレーネは、カタリーナと以前かわした会話の中へ意識が溶けていった。
◇
倫道たちと一緒に、特務魔道部隊に配属された日。
装備品を受け取り、自室へ戻ろうとしていた時に耳へ飛び込んできた。
「彼、バーリ・グランフェルト中尉は、研修を終え本局への赴任直後の帰宅途中、事故に遭われて亡くなったわ」
沢渡女史の言葉が、やけに頭の中で反響する。
全くもって意味が分からなかった。
数日前、初めて会ったバーリ・グランフェルトという男。
私の正体を見破り、その上で協力を申し出てきた男の訃報が衝撃となって私を襲った。
堪らず沢渡女史に詰め寄って真相を確かめたが、彼女も詳しい事実は知らないと言う。
興奮して何度も聞き返すが、彼女はただ首を振るばかり。
苛立ち冷静さを失った私をカタリーナが止めてくれ、自室に連れ帰ってくれたのだ。
「はい、これ飲んで」
自室へ戻り、椅子に座らされた私の手の中に、水の入った湯呑みが手渡される。
興奮で喉の渇いていた私は一気にそれを飲み干すと、大きく息を吐いた。
「どう? 落ち着いた? よく聞こえなかったけど、何があったの?」
彼女は私の前に
私は沢渡さんから聞いた話をそのまま伝えた。
「そう…… エヴァンに身分照会を頼んだ彼が……」
「うん」
「彼、そのバーリは、間違いなく
「グランフェルト家とは古くから続く関係らしい。彼自身の過去や経歴、全てがクリーンだった」
「ふ〜ん……」
リーナも椅子に腰掛け、難しい顔をして腕を組む。
「事故…… ね…… レーネに接触して直ぐになんて。こんなタイミングあるかしら」
彼女も私同様にバーリの死に疑念を抱き、二人の間には重苦しい空気が流れていた。
「レーネ、これはただの事故とは思えないわ。取り敢えずエヴァンに連絡入れましょう。私たちに接触した
「……やっぱり私に関わったせいなのかな」
自分でも驚くほど、私の声は震えていた。
バーリとの記憶が、ほんの数日前に繰り広げられたばかりだからこそ、彼の死が自分の責任に思えた。
そんな私の頭を包む様にカタリーナが優しく抱きしめた。
「私たちが知る必要があるのは、彼の死が本当に事故なのかどうか。そして、もしそうでないなら、誰がそれを望んだのかよ。決して貴女のせいでは無いわ」
「……うん」
◇
「……ーネ、レーネ!」
耳元でさ
「なに?」
「もう直ぐ現着するわよ」
彼女が言い終わると直ぐに、けたたましいブザーの音が鳴り響き、輸送機の室内が赤色の光で満たされる。降下準備のサインだ。
「彼、バーリの事考えてたでしょ?」
「……うん」
リーナは軽くため息を吐く。
「そう、じゃあ忘れろとは言わない。でも、私たち
「うん、研究所の施設……、彼がどこに居たのか分からなかったけど、誰か知っているかも」
「研究員の保護。部隊の作戦内容と合致して都合がいいわ」
リーナと小声で会話していると、周りが着陸の準備を始めた。
(バーリ…… 貴方はなぜ命を落とすことになったの。真実を突き止めてみせる)
私は胸の中で誓うと、リーナが確かめる様に耳打ちをする。
「まずは目の前の事に集中しましょう。そして、出来るなら情報を収集。今、私たちの知らない所で何が起きているのかをね……」
デルグレーネはカタリーナに頷き、二人は着陸の準備を始める。
機内の緊張が高まる中、彼女たちは自分たちの任務を再確認した。
バーリの死が新たな局面への幕を開けたのだと、その時デルグレーネは感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます