禁じられた旋律 3/近づく嵐の中で

 世界情勢は、薄氷の上を歩くかの様に危うく、そしてついに、その氷は軋んで砕け散った。

 遙かなる地にて、運命の歯車が大きく回り始める音が鳴り響き、全ては急速に動き出す――。

 

 大日帝国に占領されていた華陽人民共和国は、ユナイタス合衆国の後ろ盾を得て大規模な反攻作戦に打って出た。

 電撃的に仕掛けられた作戦は、油断していた占領軍を次々と撃破し、破竹の勢いで首都を奪還する。

 それは、隆盛であった大日帝国に突き付けられた刃となり、軍司令部は混迷を極めた。

 そしてこの一報は、静かな湖面に投じた一石が生み出す波紋の如く、世界中へ伝播し、それまで劣勢だった国々への希望の光となり息を吹き返す。

 戦火は迅速に拡大し、世界は混乱と破壊の真っ只中へと突き進んでいく事となる。


    ◇

 

 倫道たちが特務魔道部隊へ入隊し、数週間が過ぎた某日。

 彼らは朝、いや夜中と言って良い時間に叩き起こされ、部隊全員がブリーフィングルームへ集合していた。


「注目!」


 まだ日も昇らぬ時間、何事かとざわついていた隊員も山崎隊長の号令で水を打った様に静まり返る。

 大きな音を立てて前方の扉が開かれると御堂司令が入室、同時に全隊員が一斉に立ち上がり敬礼の姿勢を取る。

 そこには先ほどまでの緩んだ空気は霧散し、ただならぬ緊張感が支配した。


「皆、朝早くからご苦労。座ってくれ」

「着席!」

 

 鋭い眼光で全隊員を見渡し返礼をした御堂は、落ち着いた様子で着座する。

 山崎の号令で皆も同様に着席をし、次の言葉を待っていた。

 ただならぬ雰囲気を感じ、倫道はゴクリと唾を飲み込む。

 隊員とは対面に座る御堂、その横に山崎は指示棒を手にもち、壁に吊るされた大日帝国の地図の前に立つ。

 

「昨夜、大日帝国の首都東光から南東へ約1,000kmの位置にある翡翠島ひすいとうが敵国の攻撃目標として浮上した」


 指示棒を小さな島へ指し示し、山崎は続ける。

 

「この島はその戦略的位置、そして我が国の研究施設がある重要な拠点である。我ら特務魔道部隊は、大隊が到着までの間、島の防衛と研究者の保護を行う」


 部屋の空気がより一層と張り詰める。

 山崎の言葉、それは戦場の最前線に赴く事実を意味するからだ。

 部屋の全ての人間が耳をそばだて次の言葉を待つ。


「翡翠島はただの島ではない。この地は古くから魔力が満ちており、現在は妖魔や魔法の研究が盛んに行われている。不足の事態を想定し、我々、特務魔道部隊が先行する。出発は輸送機が到着する3時間後。以上だ。何か質問がある者?」


 山崎は、間を置いて誰も挙手する者が居ないのを確認すると、御堂へ軽く頭を下げる。

 受けた御堂はやおら席を立ち上がり、自分へ集中している隊員の一人一人と視線を合わせ、各自の決意を確認する。

 それは倫道たちも例外ではなく、御堂の鋭い視線を浴びた倫道、久重、五十鈴、清十郎、龍士も瞳にて答えを返した。


「厳しい任務となるが、誰1人も欠ける事なく任務の遂行を願う。皆の奮闘を期待する!」

「「「はっ!」」」


 全員が起立し敬礼をすると柳田副長の声がかかった。


「よし、各分隊に分かれて装備品のチェックだ。分隊長はこっちに来てくれ」


 彼の声に合わせて4人の分隊長が動くと、それに合わせて各分隊がそれぞれまとまって席を作った。


「おい、とうとう前線…… それも最前線だってよ」

「ああ、とうとう来たな」


 久重が横から倫道の脇に肘で突きながら小声で話しかける。

 それを受けて倫道もまた小さな声で返すと、チラリと肩口から後ろの席のデルグレーネを覗き見た。

 彼女は平然とした表情をしながらも、どこかピリピリとした雰囲気を漂わせていた。

 

「皆さん、とうとう前線ですね。どうぞ気をつけて。無事に帰ってきてくださいね」

 

 倫道たちへ声をかけたのは研究所の沢渡であった。

 彼女はここ数日、彼らに提供された特殊装備の調整のために基地へ訪れていたのだ。


「沢渡さん。ありがとうございます!」


 五十鈴が黒髪を揺らして近づき、沢渡の手を握って頭を下げる。

 緊張か不安からか、普段の彼女の行動としては余り似つかわしくない行動。

 それを分かって沢渡は優しく微笑むと、彼女の背中を優しくさすった。


「それで、お前たちの特殊装備は間に合ったのか?」


 書類を手にして戻ってきた柳田が、沢渡に軽く挨拶をして倫道たちの席に加わった。


「はいっす! だいぶ馴染んできました! なあ? 倫道」

「そうですね。問題はありません」


 倫道の言葉に清十郎と龍士も頷いた。


「んじゃ一度、お前らの特殊装備の話を聞いておくか。カタリーナさんたちもいいですか?」

「勿論です! 仲間の使う装備は頭に入れておきたいですから」

「じゃあ、すぐに取ってきます!」

「お、おい―― 別に実物持ってこなくても……」


 柳田が言い終わる前に久重は駆け出し、倫道たちも負けずとそれに続いた。

 

「ふふ、もう皆んな取りに帰ったわよ。自慢したいんじゃないの? ネッ? 涼子」

「だったら嬉しいですね」


 沢渡の明るい笑顔に柳田も苦笑いを返すが「独断で動いた罰はやらねーとな」などと呟いている。

 数分も経たずに彼ら5人は各々が特殊装備を手にして戻ってきた。


「では、俺から! 俺の装備は風塵鎧ふうじんがいっす!」


 一番に戻ってきた久重が自分から名乗りを上げる。

 彼の拳から肘まで覆う形で装着された手甲型てっこうがたの魔道具。風塵鎧ふうじんがいと命名された。

 関節箇所に幾重にも装甲が重ねられ、一見すると戦国時代の鎧で使われていた籠手こてにも見えるが、比べると大幅に厚みを持っている。

 黒光するその様は、カブトムシを思い出させる。


「堂上くんの得意魔法と近接戦闘を行う戦闘スタイルに特化した装備です。この風塵鎧ふうじんがいは、彼が操る重力魔法と風魔法の特性に合わせ、戦闘の効率と威力を飛躍的に向上させます」


 沢渡が開発者として説明すると、久重も大きく頷いた。


「そぉっす! こいつの最大の特徴は放つ魔法の力を増幅し、その効果を直接的に肉体の動きに変換できる点ですかね。重力魔法を発動中、自分の体を軽くして速度を早くでき、叩き込む拳へ一点に重さを乗せる事ができます。それに、この厚い装甲で防御力も高いです」


 ガンと両拳を合わせて満足そうに笑う久重に、沢渡も嬉しそうに微笑む。


「まあ、確かにお前に最も合った装備だろうな。その辺は訓練でも確認済みだ」

 

 柳田が視線で「次はお前」と龍士へ顎をしゃくり合図する。

 だが彼は前線へ赴く事実に緊張しているのか、柳田のサインに気が付かず久重にポンポンと胸を叩かれ事態を察した。


「あっ、はっ、はい。……僕の魔道具は霜結棍そうけつこんと言います」

 

 手には70センチほどの硬質な棒状の魔道具。

 直径4センチほどの棒、床をトンと叩いて、それを倍ほどの長さに伸ばす。


「氷室くんの装備は、彼の独特な体術に合わせた特殊な武具となりました。普段は単一の棒として使用されますが、必要に応じて三節棍の様に節が分離し、多様な戦闘スタイルに適応できますね」

「はい、魔法と棒術との組み合わせが楽になりました」

「そうですね、この霜結棍そうけつこんは氷室くんが魔力を流し込むと棒全体が霜で覆われ、触れた物を凍らせます。さらに、彼が特定の技を使う際には、棍の一部を氷の刃として形成し、遠距離攻撃もできる設計です」


「おお〜」と感嘆の声が上がると、龍士は少し顔を赤らめて俯いた。


「なるほど、前衛から中、長距離まで対応可能ってわけね。隊にとって有益だわ」


 カタリーナが軽く拍手をしながら称賛すると、消え入りそうな声で礼を言い席へ座った。

 その横で、清十郎が立ち上がり、右腕にはめた幅5センチほどの金に輝く腕輪を晒す。


「私の魔道具は呪紋輪じゅもんりん。武器ではなく魔法補助道具です」

 

 清十郎の袖口から覗く呪紋輪じゅもんりんは、金属製の薄い輪で、その表面には複雑な呪文と紋様が刻まれている。

 

「安倍くんの得意とする呪符魔法の力を増幅し、制御するために設計しました呪紋輪じゅもんりんは魔力の流れを最適化し、その効果を最大限に引き出す。これにより、呪符の一つ一つが持つ潜在能力を完全に開放され、その威力を大幅に引き上げます」


 沢渡の説明に清十郎が付け足す。


「それに、魔法の発動速度を向上させる。そして何と言っても術を複数同時に発動できる。複数の魔法を同時に発動するのは、大量の魔力と高度な集中力を要求されるが、呪紋輪を通じて魔力を効率良く分配し、同時に操る事が可能になりました。非常に心強い装備です」


 清十郎が沢渡に頭を下げ、彼女もまた同じく頭を下げた。


「じゃあ、次は私ね」


 五十鈴が腰に下げていた刀をテーブルの上にゴトリと置いた。

 美しい朱色の鞘に収められ、通常の刀より些か長い。

 

「私の魔道具は霊剣純華れいけんじゅんか。長さも重さも細かい所まで調整してもらいました」


 柳田が「良いか?」と五十鈴に断りを入れて、鞘から抜刀するとその美しい波紋に「こりゃすげぇわ」と感嘆の息を漏らした。


「この刀はただの刀ではありません。彼女の洗練された剣術と無属性の魔力を完璧に組み合わせるための逸品です。霊剣純華れいけんじゅんかの刀身は特殊な金属で製造され、十条さんの純粋な魔力を直接刀身に宿す事ができます」


 柳田から返された刀を綺麗な所作で鞘に収めると嬉しそうに続ける。


「この刀の特徴は、私の無属性の魔力を増幅し、十条流の剣技をさらに強化する能力にあります。刀を振るうごとに、純粋な魔力が刀身に蓄積され、攻撃の範囲と威力を増していきます」

「ワオ! 凄い相棒ができたわね」

「ええ、そう思います」


 五十鈴が倫道へ視線を送る。そう、最後となった彼の番であった。


「俺のも五十鈴と同じ刀で銘を焔影刀えんえいとうと言います」


 倫道は鞘から刀を引き抜くと皆に見えやすく胸の前に持ち上げた。

 黒い刀身に黒く広がる波紋はどこか禍々しさが見え、身幅も広く重ねも厚く刀身自体は少し短い。

 五十鈴の美麗な刀とは対極にあると思えるほどの違いがあった。

 

「神室くんの魔法、黒姫の炎を纏わせる能力を最大限に引き出すために設計しました。焔影刀えんえいとうの特徴は、ただ炎をまとわせるだけではなく、炎は刀身と一体化し、彼の意志に応じてその形状や性質を変化させる事が可能なのですが……」

「すみません……、まだ上手く使えこなせなくて……」

「いえ! こちらこそ……。神室くんの魔法は特殊なので、私たちも開発が遅れてしまって…… ギリギリになってしまいました」


 お互いが頭を下げ自分が悪いと謝罪合戦をしていると、柳田が割って入った。


「よし、よく分かった。神室は精進しろ!」

「はい!」

「お前らも性能に頼らず、自分の力量を考えて動けよ。よし、今から配るリストを持って装備を準備しろ。必ず2人以上でチェックするんだぞ」

「「「はい!」」」


 部屋を出ていく5名の背中を眺めながら柳田も沢渡へ頭を下げた。


「俺たちの装備の点検までしてもらって…… うれいなく戦場へ行けますよ。ありがとうございます」

「いえ、当然の仕事です。私は現場では何もできません。皆さんが無事に帰り、またメンテナンス出来る時を願っています」


 沢渡は柳田へ手を差し出すと、彼も頷きながらその手を力強く握り返した。

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