絆の風景 9/試練の祠(5)

「龍士のやつ、見事に勝ったみたいだな。拍手が聞こえる」

「ああ…… そうみたいだな」


 倫道は外に響く歓声を聞いて清十郎へ話しかけた。

 しかし、彼はあまりにもそっけなく答えた。

 いや、心ここに在らずといった感じだ。


「清十郎…… 大丈夫か?」


 思わず問いかける倫道であったが、それは彼のプライドを汚す行為であった。


「お前に心配されるいわれはない! ……自分の事だけ心配しておけ」


 激昂した直後、冷静になると愛想なく言い放つ清十郎、倫道も言葉が詰まる。

 やがて山崎から呼び込みが入る。


「先に行け…… くれぐれも他の事に気を取られずに戦ってこい」

「ああ、分かったよ」


 怒っているのか心配しているのか分からない清十郎の言葉に苦笑しながら倫道は席を立つ。

 小屋の扉を開く直前に立ち止まり、振り返らずもう一度聞いた。


「大丈夫なんだな……?」

「ああ、問題ない。早く行け」

「分かった」


 そうして倫道は、後ろ髪を引かれつつ小屋を出て祠の前まで進んで行った。


    ◇

 

「ふむ、次は神室か」


 御堂の言葉と被るタイミング、「倫道……」と小さな声でデルグレーネが呟く。

 皆の視線が彼女に集まると、ハッとした表情から頬をピンク色に染め上げ軽く下を向いた。

 苦笑するカタリーナが「ほら」と背中を押すと、御堂の横まで近づき、他の教官と同様に訓練内容の説明を始めた。


「彼…… 神室倫道は、火属性の魔法に適性があることは分かっていた。なので、私が得意とする魔法のいくつかを教えました」


 そこへ五十鈴が小さな声で口を挟む。


「お陰で倫道は毎日、酷い火傷を負ってましたけどね……」

「――それは⁈ しょうがない…… 皆、強くなるために命をかけているから」

「それにしても限度ってものが――」

「はい! ストーップ。もう彼の戦いが始まるわ。言いたい事は後でね」

「…………はい」

「…………」


 不穏な空気を感じたカタリーナが、咄嗟に間へ入ってそれ以上の言い合いを止める。

 彼女が止めなければ更にヒートアップしていただろう。

 柳田に注意されている五十鈴と俯くデルグレーネを交互に見て軽いため息をこぼす。


(う〜ん…… 色々と溜まっているみたいね……)


 彼女たちの気持ちに感づいているカタリーナは、これからの事を思うと心が重くなっていった。

 

「ふむ……」


 御堂は改めてデルグレーネを見る。

 柳田たちの報告から並の魔法士ではないのは分かっていた。

 いや、それどころか……


「なるほど、どれほど成長したのか。じっくりこの目で確かめさせてもらおう」


 口端を持ち上げデルグレーネへ笑いかけると、戦場へと向かう倫道へ視線を移した。


    ◇

 

 ゆっくりと祠の扉が開くと、冷気の様に冷たい空気が流れ出す。

 暗闇からモゾモゾと這い出す妖魔。

 次第にスピードを上げ倫道の前にその姿を表した。


「でかいな……」


 彼の対戦相手は、『毒噴尾どくふんび』、国際名『ヴェノムテイル』。

 この10メートルに及ぶ巨大なムカデ型魔物は、その一対の鋭い顎と、危険な毒液を吐き出し、尾にも槍の様な毒針を持つ危険な魔物として知られていた。


 その姿は圧巻の一言だった。

 黒光りする鎧の様な硬い外皮に覆われたその身体は、細かい関節が連なり、動きはしなやかで速い。

 その頭部は一つの大きな口と二つの赤く光る目から成り、口からは緑色の粘液が滴り落ちていた。

 触角は常に気配を探り忙しなく動く。その先端は鋭い針のようだ。


 倫道は呼吸を整え、恐怖と高揚する心に折り合いを付けると戦闘の姿勢を取る。

 手の甲に刻まれた刻印が青白く光り、梵字にも似た魔法印が浮かび上がる。

 魔力を一気に解放し、その身に纏わせると、鋭い視線で巨大な妖魔を睨みつけた。


「さあ、行くぞ! 黒姫!」


 倫道の声と共に、毒噴尾は急速に動き出した。

 凄まじい速度。砂煙を舞い上げながら数メートルの距離を一瞬で詰め、巨大な顎を大きく開けて倫道に襲い掛かる。


「――闇の糸よ、かの者を縛り封殺せよ! 【影縫い】!」

 

 しかし、倫道は待ち構えていたとばかりに魔法を発動させる。

 右手を振り下ろし、小さな黒焔針12本が生成、そして射出された。

 須臾しゅゆにして消えた黒焔針は、妖魔の影となる地面に突き刺さる。一瞬にして毒噴尾の動きを縫い留めた。デルグレーネへも通用した【影縫い】だ。


「――⁈ ギギギギギ…………」


 動きを封じられて困惑する毒噴尾がギギギと体を鳴らす。

 倫道は影に縛られたムカデの動きを見極め、一気に距離を詰める。

 疾走しながら腰から太刀を抜刀すると、肩口に構え全体重を乗せて振り下ろす。


「うおおおっ!」

 

 彼の剣は火花を散らしながらムカデの外皮を切り裂く。

 しかし、その硬さは予想以上で、刃はあまり深く入らない。


「くっ、堅い……!」


 手が痺れる程の衝撃を受け、切っ先が止まる。

 【影縫い】の効果も消え失せ。目の前には激痛に苛立ったのかムカデがうねり鎌首を持ち上げた。


「ジィヤァ〜〜〜〜〜〜〜」

 

 毒噴尾は、巨大な顎肢がくしという毒牙をカチカチと鳴らして、口から緑色の毒液を吐き出す。


「くっ――っ!」

 

 間一髪。倫道は素早くその場から跳ね退いたが、毒液は地面へ触れた瞬間に強烈な腐食作用を発揮し、地面からガスが立ち昇る。


「これが毒噴尾の……」


 背中にドッと冷や汗が流れ落ちる。

 あの毒液をまともに喰らえば、すぐに戦闘不能になるだろう。いや、それだけでは済まない。運が悪ければ『即死』もあり得る。

 いくら有能な回復魔法士がいても、死んでしまったら終わりだ。

 

(落ち着け…… レーネさんとの特訓を思い出すんだ)


 冷静さを取り戻すべく、大きく息を吸い繰り返し吐く。

 

「ギィイイイイイ〜〜〜〜〜〜〜」

「来い!」

 

 突進してくる毒噴尾を迎え撃つ。

 太刀を左手に持ち帰ると勢いよく右手を突き出す。


「【黒焔針】‼︎」


 肩に乗っていた黒姫が即座に4本の太い黒焔針となり、ムカデの頭部に向かって放たれる。

 2本は硬い外皮と牙に弾かれたが、大きく牙を剥いた口腔内に残りの2本が着弾。


「ギャギィイイイ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 突き刺さった黒焔針はたちまち燃え上がると、毒噴尾の頭部を焦がす。

 倫道は戦いを始めてから徐々に、自身の魔力の高まりを感じていた。

 いや、厳密に言えば…… 湧き出る魔力の他に外部から己が内へ力が流入する感じもある。


(この感覚、本番でも自分で引き出せた!)


 そっと左の掌で左目を覆うと、熱く鼓動しているのが分かった。

 そう、この時の倫道は覚醒状態へ『自分の意志』で到達していたのだ。


 デルグレーネと幾度となく特訓した魔力解放。

 何度も直面した死の恐怖、そして、受けた傷の痛み。

 その全てが倫道を次のステージに押し上げたのであった。


(本来なら、もっと早く…… 戦闘開始と同時にこの状態にならなきゃ駄目なんだ。だけど、今は…… 目の前に集中!)

 

 彼の左目は黄金の様に光り輝く、魔力はさらに上昇する。

 彼の心はすでに勝利へと向かっていた。

 もう、毒噴尾に対する恐れはない。ただ、彼の目の前にあるのは、自らの力を試すための獲物であった。

 

「ここだぁ〜〜〜〜〜〜〜 黒姫!」

 

 倫道は勢いよく前に進み出る。

 彼の太刀が黒炎を纏い燃え上がった。


「烈火の舞、斬撃に宿れ!【焔裂剣えんれつけん】! うぉおおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 毒噴尾の尾に向かって一閃。

 衝撃が響き渡り、戦いの中で一番懸念していた毒針を持つ毒噴尾の尾が切断された。


「ギッギギギっギギギ〜〜〜〜〜〜〜」

 

 毒尾を切られ、痛みと怒りに我を忘れる様に荒れ狂う巨大なムカデは、体液を撒き散らしながら攻撃を仕掛けてきた。

 荒れ狂う巨体をぶつける強烈な体当たり。

 だが倫道は、この巨大な敵に対してもひるまなかった。彼は太刀を構え、迫り来る毒噴尾の体を見据えていた。


 毒噴尾が迫り来る、その瞬間―― 

 ――目の前が爆発した!


 凄まじい轟音と共に上空の結界が砕かれ、何かが隕石の如く地表へ突き刺さった。

 衝撃と爆風で待機小屋まで吹き飛ばされた倫道。

 土煙が視界を奪い、石礫が上空からいつまでも降り注いでいた。


「――⁈ 一体、何があったんだ……」


 顔を腕で隠し、土埃の中心を凝視すると、その中で何かが動く気配がした。

 そして瞬時に周囲へ広がる濃密な魔力。

 気分が悪くなるほどのプレッシャーが体を地面へ押し付ける。


「ガァアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 耳をつんく叫び声と共に衝撃波が周囲へ爆発的に広がった。

 倫道の左目が危険を察知する。

 咄嗟に地へ伏せる事でその衝撃波を躱すが、後方に建つ小屋は無惨にも吹き飛ばされてしまう。

 

「うぉおおおお……」

「なんだ⁈ うわぁあ〜〜」


 屋根がその姿を瓦礫に変えながら吹き飛ばされ、壁の大半も無くなっていた。

 ぐらぐらと傾く小屋から這う這うの体で這い出る清十郎。


「清十郎――!」

「何があったんだ⁈ おい! 神室、生きているのか?」

「無事か⁈ 俺にも分からん! ムカデの妖魔と戦っていたら、いきなり上空から何かが落ちてきて――」


 やがて土埃がうっすらと消えていくと、地表へ激突した何かの影が浮かび上ってきた。

 その落下点にいた毒噴尾は、爆発でもした様に胴体の大部分は弾け飛び、頭部と少しの尾を残したが、やがてその動きは止まった。


「結界を破って落ちてきたっていうのか?」

「そうとしか考えられん!」

「そんな馬鹿な……」


 清十郎は倫道のそばまで地面を這いながら近づくと、浮かび上がる影を凝視する。


「ちっ…… 見ずらいな」

 

 埃の付いた眼鏡を服で拭いて、再度その姿を仰ぎ見て――

 彼の顔は、深いショックと信じられないという表情で固まっていた。その瞳は拡大し、唇はわずかに震えている。


「まさか……」と彼は小さく震えながら呟き、顔面が蒼白となり固まる清十郎。

 眼前に広がる景色は、彼にとってまるで彼の過去の悪夢を具現化したかのようだ。


 そう、実の兄を殺した妖魔『岩羽斬がんばざん』が紅の瞳を輝かせて、獰猛な殺意を撒き散らし咆哮していた。

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