破壁の彼方 11/少女の想い
沢渡と清十郎の漫才を思わせるやりとりを聞きながら、五十鈴は精神を統一する。
彼女はカタリーナから、魔力をエネルギーに変換する方法を学び、またその魔力を使って抜刀術を行うアイデアも教わっていた。
瞳を閉じ、深く深呼吸をしながらカタリーナから言われた指示を思い出し実践する。
「回復魔法も戦闘でも、大事なのは魔力の使い方。力をコントロールし、必要な時に必要なだけ使うのよ」
「はい…… 頭では理解しているつもりですが、仰る通りには上手くいかず……」
「まあ、今の五十鈴ではそうかも知れないわね〜」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「ふふ、五十鈴はバカ真面目って意味よ」
「バッ、馬鹿? はぁ⁈ どういう意味ですか⁈」
カタリーナは五十鈴の反応を見て実に愉快そうに笑う。
「ほら、そういうところ。直ぐに本気になる。ふふふ……」
「……仰っている意味が分かりません」
五十鈴はここ数日でカタリーナ・ディクスゴードという女性教官を共同生活をし観察する事で、一つの答えを出していた。『この女性は苦手である』と。
明るく誰にでも気軽に話しかけ、かつ気の使える女性。そして、自分達を救ってくれた最上級の魔法士。
第一印象は憧れにも近い尊敬する大人の女性。
まさに五十鈴の理想像であった。
しかし、蓋を開けてみれば…… 彼女の理想はガラガラと音を立てて崩れていった。
おじさん臭い言動をし、セクハラまがいのスキンシップ。酔うといっそう酷くなる。
そして、何かと
捉えどころのない彼女に対して、どうやって接すればいいのか分からなくなっていた。
そんな憮然とする五十鈴の抗議の視線を受けながら軽く
「肩の力を抜きなさい。何でも全力でやればよい訳ではないの。過剰な力は無駄になるだけ。だから持続できないのよ」
五十鈴の肩を優しくゆっくりとさすると、耳元で囁く。
「目を瞑りなさい」
くすぐったさを感じながらも素直に従う。
何故だか顔が火照り、心臓の鼓動も少しだけ早まった。
「今から炎の魔法を出してもらうわ」
「はい」
「詠唱はしないでイメージだけしなさい。自分の魔力に集中して…… 胸の奥、小さな小さな炎が揺らめいているわ。見える?」
「……はい」
「グッド! では炎を3倍の大きさにしてキープ。炎の勢いはそのまま」
「……はい、出来ました」
「オーケー。その炎を2つに分けましょう。そして、ゆっくりと胸から脇を通り腕の中へ。そのまま手の平まで移動させて炎を顕現させて」
「――⁈」
「炎はどうなってる?」
「……手の平の上で燃えています」
「じゃあ、その炎の大きさを変えずに火力を上げてみて」
「はい」
炎は白く輝きを増し激しく燃え盛る。
ジリジリと顔を焼くほどの熱風が吹き起こり、額から汗が滴り落ちた。
「では、最大限まで上げなさい」
カタリーナの指示に頷くと、深く静かに息を吐き、五十鈴が手のひらへ魔力を込める――
「――っ⁈ 形が崩れた……」
「そう、それが過剰な力を出した結果よ」
目の前で炎がその形を保てず霧散する。
過剰な魔力を注いだために初歩である魔法も保つ事ができないのである。
火力を上げるためには自然と炎も大きくなっていた。
しかし、大きさを変えずに火力を上げるには、今までとは違う精密な魔力のコントロールが必要であったのだ。
五十鈴は、イメージ通りに行かない魔力の調整に両手の掌をじっと眺めている。
彼女は「なるほど…… でも、うーん……」と呟きながら苦悩の表情を浮かべる。
「焦る必要はないわ。魔力のコントロールは一朝一夕で身に付きはしないから」
優しげな微笑みを向けるカタリーナ。
五十鈴の肩をポンポンと叩き元気づける。
「はい…… リーナ教官。全力を込めない事がこれほど難しいなんて思いませんでした……」
「ふふ、そうね。さっ、もう魔力も空でしょ。今日はこの辺にしましょう」
気がつけば西日が差し、空は黄金色に輝いている。
本日の特訓を終えて片付けが一段落したあと、五十鈴はやや曇った表情を浮かべながらカタリーナの元へと歩み寄った。
「教官、ちょっとお尋ねしたいのですが……」
カタリーナは彼女の瞳の中に隠された好奇心を察知し、微笑んで頷いた。
「何かしら?」
五十鈴は
「デルグレーネさんと倫道の…… あの、二人の関係って…… あの戦いの中でデルグレーネさんが倫道にキスして…… あれって……」
カタリーナは少し驚いた表情を見せながらも平静を装う。
(この子も見ちゃったのか…… う〜ん、2人の因縁を話す訳にはいかないし……)
頭の中を高速で回転させ、何かよい言い訳がないか考えるが思いつかない。
丘の向こう側で特訓をしているであろうデルグレーネの方をチラリと目にしてから、至って冷静に五十鈴へ答える。
「ああ、あの時の事ね。私もその瞬間は目撃したわ。でも、あれは…… そう、戦いの中での特別な状況だったのよ。魔力が空になったレーネが倫道くんの魔力を使い魔法を放った。そのための行為ね」
「えっ⁈ そんな事が可能なんですか?」
五十鈴の瞳は疑問に満ちていたが、カタリーナはうまく言葉を選んで彼女を納得させる事に努めた。
「魔法の世界にはさまざまな方法や技があるの。それぞれに意味や理由があるわ。レーネと倫道くんの関係については、私には分からない部分も多いけど、戦いの中での出来事に過度に意味を持たせる必要はないわ」
さも当然と言った顔で語るカタリーナであったが、微妙に笑顔が引き攣っていた。
「彼女と倫道くんの使う魔法はよく似ていたわよね。そこに活路を見出し一か八かの反撃に出た。と、私は解釈しているかな」
(何も本質を話していないけど…… 嘘も言っていないし……)
五十鈴はしばらく黙ってカタリーナの言葉を消化し、少し安堵した表情を浮かべる。
「そうなんですね…… ありがとうございます」
カタリーナは微笑みながら五十鈴の頭を軽く撫でた。
「心配になっちゃった?」
「し、心配だなんて! 戦いの最中に変な事をしてたから…… ちょっとだけ気になって……」
顔を赤らめ俯く五十鈴に、カタリーナの胸の奥でチクリと痛みが走った。
「……気になる事があれば、何でも聞いてね」
「はい!」
元気よく返事をして「夕食の準備に行きます」と黒髪を靡かせ駆け出した少女の背中に視線は自然と追いかけた。
そのいじらしい少女の姿、また一方でデルグレーネの気持ちを考えるとカタリーナは深いため息を吐いた。
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