破壁の彼方 3/これから
開け放たれた窓からは、秋口に差し掛かってもなお強い西日が差し込んでいる。
病院の一室、3階にある談話室で御堂と山崎、柳田の話し合いは続いていた。
「では、我々は今後どう動けばよろしいでしょうか?」
アルカナ・シャドウズの襲撃とデルグレーネたちの存在。
そして
多くの謎は残しながらも、山崎は自分達の近い将来へ思いを馳せ尋ねる。
「これより7日後、部隊が再編され、辞令がおりる。前にも言ったが大幅な改編が行われる。私は特務魔道部隊の司令となり、山崎大尉が隊長、柳田少尉が副長となる。ここまではいいな」
頷く2人の顔を改めて確認し、御堂は続ける。
「候補者は約40名、ここからお前ら2人で最終選抜をしろ。リストはここにある」
「え? 我々だけでですか? それに7日って短くないですか……」
「何を言っている? 明日までにやれ」
「えっ…… ⁈」
絶句する柳田に御堂は続ける。
「当たり前だろ。選抜後、色々と時間がかかる。それに――」
「内外問わず、敵の接触が気になる…… と」
山崎が御堂の話を引き継いだ。
「その通りだ。我々は極秘部隊となる。そのため、動向を知ろうと接触する者がいるだろう。なので、辞令が公開された時点でその者たちの消息は絶ってもらう」
「……マジっすか……」
口を半開きで
「御堂司令、やはり彼らも……」
「そうだ。彼ら5人、特例として訓練所を卒業させ部隊へ編入する」
山崎から手渡されたリストに柳田も目を通し、また驚きの声をあげる。
「神室たち5人全員ですか⁈」
「そうだ。彼らの面倒はお前が見る事になる。頼んだぞ、ナギ! 副長はもう1人選んでおいてやるから心配するな」
瞠目し顎が外れるほど大きく口を開け、再び絶句する柳田。
パクパクと口を動かし、山崎に助けを求めるが肩に手を置かれ「予想はしていただろ?」と笑いながら流された。
「A級の妖魔との邂逅、アルカナ・シャドウズとの激闘が彼らの運命を大きく変えたのだ。いや、これが本来の運命なのかもしれん。彼らには『何か』ある。彼らを守り成長させる事こそ最も重要なミッションかもしれんぞ」
「司令は『何か』をご存知なのでしょうか?」
「……いや、分からない。『勘』…… かな」
数秒、見つめ合うと山崎が軽く頷く。
「承知しました。肝に銘じましょう。では、選抜後、彼らを率いてどこに潜伏しましょう?」
御堂は上着の内ポケットから2枚の便箋を取り出し、それぞれに手渡した。
「ヤマ、お前は選抜した隊員を連れてそこに行け。能力を見極めチーム分けをし、今後に備えよ。ある程度の任務もこなしてもらうつもりだ。まあ、この辺りは元々同じ釜の飯を食っている者も多いから大丈夫だろう」
「了解しました」
「ナギ、お前は5人を連れてそこに行け。一人前の魔道兵となるよう訓練を行う。お前が教官となり彼らを導くのだ」
「え、いや…… はい。了解しました。ですが、ここに書いてあるゲルヴァニア国から派遣された兵士って……」
御堂はとぼけた顔つきで、さも当たり前の様に答える。
「ん? 先日お前らを助けてくれた2人だよ。彼女たちは先方からの強い申し入れもあり、この部隊に編入される。彼女たちの力はお前も十分承知しているだろ? 新人の教育にも協力してくれる約束だ」
「「本気ですか⁈ 司令!」」
柳田の声と被り、山崎も声をあげる。
「もちろん本気だとも」
静まり返る病室、壁にかかった時計の秒針の音だけが僅かに響いていた。
3つの視線が交差する。緊迫した空気の中、御堂が膝に手を置いてゆっくりと立ち上がった。
「彼女たちの正体に関して言っておく。同盟国であるゲルヴァニアの魔道兵士。我々の味方だ。この言葉だけで十分だろ。それに……、命をかけてお前たちを守ろうとした事実も忘れるな」
2人を見下ろしながら、有無を言わさぬ眼圧で睨みつける。
これ以上の話はないと。そして、ガラリと表情を話題を変えた。
「そうそう、神室たち新兵のための装備も作らにゃならん。今回の訓練に魔法研究所から1人派遣されるから、そいつも連れて行けよ」
あっけらかんと言い放つ御堂に、山崎は違和感を覚えた。
「司令…… 魔法研究所からとは…… 緋村中将の……?」
「そうだ」
「大丈夫なんですか⁈」
柳田の心配に大袈裟に肩を落とし、眉を八の字にして困った顔を見せる。
「こればかりは断りきれなかった。今回の件でかなり無理をしたので、緋村中将のご機嫌も取らなければなるまい」
「なるほど、正式な魔道兵となれば能力測定など必要ですし……」
「そう、完全に隠すと相手は必死になってちょっかいをかけてくるだろう。だからこそ――」
「こちらの管理下の元、相手が欲しい情報を小出しに見せて溜飲を下げさせる、と」
御堂は山崎の推測に大きく頷き、未だ頭を抱えている部下の背中を勢いよく叩く。
「柳田少尉、貴君の働きに期待している!」
「いや、俺ばっか酷くないっすか……」
眉間に皺を寄せた悲愴な面持ちの柳田に御堂は豪快に笑うと、扉へ向かい歩き出す。
「では、私はもう行く。左遷される身でも色々と忙しくてな。緊急用の番号はそこに書いてある。健闘を祈る!」
山崎と柳田も立ち上がり、敬礼をして御堂を見送った。
御堂の大きな背中が部屋の扉をくぐって数十秒後、やっと敬礼を解いた2人は椅子に腰を下ろす。
ギィっと椅子が軋む音と共に首を垂れて、「疲れた……」と呟くと、軽い笑いが起こった。
「しかし、司令は何を考えているんすかね…… 俺にはさっぱりだ」
「確証はないが……」
そう前置きした山崎は、先ほどまで浮かべていた笑みを消して続ける。
「御堂司令の動きには常に何かしらの意図が見え隠れする。彼の背後には、まだ我々が知らない大きな力が働いている可能性がありそうだな」
「俺たちにも話せない事ですかね?」
「いや、司令自身も分からないのだろう。その中で最善策として骨を折ってくださってるのだろう」
柳田は椅子から立ち上がり窓際まで行くと、窓枠に軽く腰掛けた。
「まあ、俺たちのやる事はひとつ。司令の命令に答えるしかないっすね」
「そうだな。今までもこれからも…… 俺たちは信じて付いていくしかない、そして、期待に応える」
ここで山崎が軽くため息を吐いて、肩を下げた。
「……アルカナ・シャドウズ、特にジェイコブ・ストームは強かったな」
「……そっすね。今の俺たちでは敵わないほど強かったっす」
「それにゲルヴァニアの2人の女性、調和の
「…………」
「俺たちが知らないだけで、強者はごまんと居るって訳だ」
「そうっすね……」
「じゃぁ、俺たちはどうする?」
「……決まってるじゃないっすか。帝国最強……、いや、世界最強の魔道兵になって、俺たちをナメてくれた奴等を蹴散らしてやりますよ! ヤマさんだってそのつもりでしょ」
「ふっ……」
山崎は野獣の様に瞳を輝かせ柳田と視線を交える。
それだけでお互いの気持ちが同じであると察した。
やおら山崎は立ち上がり、柳田へ近づくと窓の外、完全に日が沈んだ薄暗闇を睨みつけて続けた。
「ナギ。司令から託された重要な任務だ。一緒に居れてやれんが、くれぐれも頼んだぞ」
「わーってますよ! 俺を誰だと思っているんです?」
「ふっ。かつて新人の教育を任せていた頃を思い出すな。地獄の教官殿」
「ふっふっふ、腕が鳴りますよ。ヒヨコどもを荒鷲にして見せますぜ!」
念を押された柳田は改めて、自らの任務と遠野郷での特訓の意義を強く感じていた。
そして、陽が傾きかけた空を見上げた山崎は、ここから時代が動いていく事を確信していた。
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