破壁の彼方 2/隠蔽
アルカナ・シャドウズの襲撃から4日後、軍部が所有する病院の一室。
御堂は周囲の人払いをした後、山崎と柳田の見舞いに足を運んでいた。
「ヤマ、ナギ。体の方は大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。完全…… とは言えませんが復調しております」
「俺も大丈夫っす。いや、結構ヤバかったと思うんですが、あのカタリーナっていう女性、ちょっと物が違いましたね」
「ああ、あの防御魔法、そして回復まで…… 並の魔法士ではないのは確かだな」
柳田と山崎が当時を思い出し、お互いの目を見て苦笑する。
アルカナ・シャドウズ戦、カタリーナの協力が無ければ生き残れなかっただろう。
同様の思いで素直に彼女の実力を褒め称えた。
「……それで、あの2人は何者なんです?」
「むっ……」
あまりにも単刀直入に切り込む柳田に、御堂は言葉を詰まらせ苦笑する。
そこへ軽く笑いながら山崎が助け舟を出した。
「慌てるな、ナギ。御堂司令は順を追って説明してくださる。だからこそ、ご自身から顔を出していただけた。そうでしょ? 司令」
「ふふっ…… ヤマには敵わんな」
苦虫を潰した様に渋い顔をみせて、白髪混じりの頭をポリポリと掻く。
2人の真剣な視線に合わせ、眉間に寄せた皺を緩め力を抜く御堂。
小さな椅子に腰を落ち着かせると、2人へも着座を進めた。
軍服の上着を脱いで背もたれにかけると御堂はワイシャツのボタンを緩めた。
その前に入院着で神妙に座る山崎と柳田。まるで、深刻な病気を告げる医者と患者の様である。
「先ずは…… 今回の事件に関して、軍部でどう処理したかを話そう」
御堂は、今回の襲撃事件のあらましと事後処理を掻い摘んで話す。
「先ずは緑陽台地の訓練場へのユナイタス合衆国の襲撃。これ自体が無かった事となり、公式の記録には『特訓中の出来事』としか記載されていない。過去最大の落雷により射撃場は半壊、そこで訓練をしていた数名に負傷者が出たと報告された」
「まさか⁈ あれだけの騒ぎを?」
「むう……」
驚愕の色を見せる山崎と柳田の眼前に御堂の右手が広がる。
興奮した2人を抑えるために突き出されたゴツく厚い手のひらが言葉を飲み込ませる。
「訓練所の警衛所にて4名の警衛兵が命を落とした。お前たちは全員無事であったが、実際のところ被害者は出ている」
「なら! なおさら――」
「ナギ!」
興奮して立ち上がろうとする柳田を山崎は静止すると御堂へ先を促す。
「なぜなら、お前たちの証言以外、アルカナ・シャドウズとの戦いの実証が存在しなかったからだ。奴らは何の痕跡も残さず立ち去った。死体はおろか、銃やボタンの1つも残していない。銃弾を調べても確証になる証拠は存在しなかった。正体不明の敵に襲撃された事実だけが残る訳だが、これは軍部の一部にとって非常に都合が悪い」
「だからと言ってそんな話が可能なのですか⁈ 事実、射撃場は半壊、死人も出てる」
憤る柳田の横では、山崎が腕を組み双眸を閉じていた。
しばし考えを巡らせた後、彼は御堂の瞳を力強い眼差しで捉える。
「なるほど…… そうならざるを得ない高度な政治的理由があるのですね。証拠が不確かとされる中、それを極秘扱いとした背後には、さらなる深層があると」
御堂は深く頷き2人を見つめる。
「この件に関し、私も八神も情報操作に一役買ったのは事実だ。八神は訓練所の最高責任者だったからな。奴も渋々ながら私への協力として動いてもらっている。訓練所で徹底した
「八神教官がですか……」
「分かりました。これ以上は一兵卒である我々が踏み入る領域ではありますまい。我々は司令の言葉通りに動きます」
山崎の
「しかしながら、2点、お聞きしたい事があります」
先程まで見せなかった鋭い眼差し、顔をずいっと前に突き出し御堂へ質問の許可を伺う。
視線が絡み数秒後、御堂の瞼が軽く閉じる。
「我々が司令のお宅でご馳走になっている時、神室たちが襲撃を受けると連絡が入りました。だから我々は襲撃直後に間に合った。しかし、そんな連絡が入ること自体が信じられません。相手は仮にもユナイタス合衆国の
山崎は一拍置くと、殺気にも似た迫力で御堂へ尋ねる。
「我々も特殊任務を行う部隊、私が安心して部下たちを戦場へ連れて行けるよう、ご説明をお願いします。また、我々を救う働きを見せたゲルヴァニア国の軍服に身を包んだ2人の女性の素性も」
交わる視線の先では火花が散るほどの迫力があった。
自分達が踏み入ってはいけない領域だと理解していても、部隊を率いて前線に立つ山崎にとっては決して引けない部分であった。
柳田は2人の迫力に押されながらも御堂へ熱い視線を投げかける。
そんな男たちを前に御堂は考える。話すべきか、話さないべきか……
だが、答えは既に出ていた。
今この場で話さなければ、最も信頼できる2人の優秀な部下を失うだろう。
重い口を開く。
「分かった。ただ、これからは他言無用、話せば…… 分かるな?」
「勿論です」
「へっ! 俺たちを舐めないでください」
即答する部下へ向けて紺色の瞳を細め、表情を和らげるが、すぐに引き締める。
「世界では各国が魔道の発達を一番に考え
「妖魔…… その撃退のため」
「そうだ、この世界の理の外にある存在、妖魔に対抗するため魔法が必要だったと言われている。そして我々は自分達の力で妖魔に対抗できる力を得た」
御堂はサイドテーブルに置かれた水差しからコップへ流し込み、軽く口に含むと一息ついた。
「まあ、ここまではお前らでも知っているな。ただ、事実はそうでは無かった。
「
「それは一体どんな組織なんですか⁈」
「……全容は分からない」
眉を
「各国の首脳クラスでも全貌を知る者はいないだろう。私自身、偶然が重なってその存在を知ったにすぎない。続けるぞ……
「では、いまの我々があるのは……」
「
「俺たちは、そんな訳の分からん連中に守られてたってことですか……?」
柳田がすみませんと断りを入れて、水差しからコップに移し一気に飲み干す。
もう一杯自分用に注ぐと、御堂と山崎の分も入れて手渡した。
「……では、今回の連絡は
「詳しくは言えないし、正直、私も分からない。彼らが妖魔以外、軍部の内情に口を出すなど無かったので驚いたよ。彼らの思惑や事情は皆目見当がつかん」
「なるほど…… おおよそですが今回の経緯が分かりました…… では、あの女性2人は
山崎は納得せずも、御堂の口ぶりでこれ以上は聞き出せないと判断し、2人の女性の正体に切り込んだ。
「当日の連絡には、襲撃の内容しか書いていなかった。その後、協力者を送ると連絡はきたが、彼女たちが『そう』であるかは分からない」
「そういえば、彼女たちは我々と同じ病院じゃないんですね」
「ゲルヴァニア国の大使館へ入ったと聞くがな」
腕を組み、「ふ〜む」と難しい顔をする柳田。
山崎も腑に落ちない顔をしながら、この話は続かないと分かり別の話題を切り出した。
「しかし、
「太古より時代は進み、
御堂がコップを持ち上げると、柳田が素早い動きでそれに水を注ぐ。
一言「悪いな」と言って飲み干した御堂は、大きく息を吐き出す。
「正直に言えば、連絡が入った理由はわからん…… ただ、思い当たる節もある」
「それはアルカナ・シャドウズ隊長ジェイコブ・ストームが魔人であったからでしょうか?」
「……ああ、そうかもしれん。 ……理由の1つとしてはな」
御堂の言葉は最後まで聞き取れなかったが、山崎は複雑な気持ちを肺に吸い込むと、面持ちを新たにして頭を下げる。
「お話くださり有難うございました! 十分です。……今は」
含みのある一言に御堂は苦笑いをし、山崎は意地の悪い笑顔を見せてから破顔する。
そんな2人につられて柳田もぎこちない笑顔を湛えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます