2-16 謎解き

 凛汰の糾弾きゅうだんを聞いた全員が、黙り込んだ。大柴おおしば驚愕きょうがくの表情で、美月は強い戸惑いの目で、浅葱あさぎは無表情をくずさずに、それぞれが蛇ノ目じゃのめ梗介きょうすけを見つめている。鳥居とりいの向こうに立つ梗介は、双子の姉を殺害した容疑ようぎを掛けられたにもかかわらず、全く動じた様子を見せなかった。「あはははっ」と軽薄な笑い声を立てて、大仰おおぎょうに肩をすくめている。

「第三の事件である三隅真比人みすみまひとの毒死事件と、第一の事件である蛇ノ目帆乃花ほのか殺し? 凛汰ってば、死んだ人たちの順番を間違ってるよ? 一番目の死者は〝まれびと〟の嘉嶋かしま先生、二番目の死者は〝まれびと〟の記者さん、三番目の死者は村人の帆乃花で、四番目の死者は村人の楚羅そらさんでしょ?」

「俺が間違っていないことくらい、お前が一番、分かってるはずだ」

「さあ。全然分かんないや。むしろ、そんな言いがかりをつける凛汰のことが、僕には不思議で仕方ないよ? 僕よりもあやしい奴が一人いるのに、弟の僕を疑うなんてさ」

「お前よりも怪しい奴って、誰のことだ?」

 そう問い掛ければ、梗介は平然と言い放った。

「三隅真比人。――記者さんだよ。記者さんが、帆乃花を殺したんだ」

 美月が、隣で表情をかたくした。「嘘、そんなわけ……」と呟く相棒あいぼうを、凛汰は片手で制してから、梗介に冷めた目を向ける。仄暗ほのぐらく笑った梗介は、持論じろんを展開し始めた。

「みんな、ここで帆乃花の遺体を見つけたときのことを思い出してよ。特に、美月ねえ。死んだ帆乃花の髪には、煙草たばこの灰がついてたんだよね?」

「う、うん……」

 美月は、歯切はぎれ悪く返事をした。おのれの答えが、三隅真比人を追い詰めることを、はっきりと理解しているに違いない。大柴も、気まずそうに首肯しゅこうした。浅葱だけは、何の反応も示さなかったが、沈黙を肯定と見做みなしたのか、梗介は満足げに目を細めた。

「ほらね。みんなは、美月ねえが検死けんし中に『煙草の匂いがする』って言ったとき、記者さんのことを考えたんでしょ? 記者さんが帆乃花を殺したんだって、あの場にいた全員が思ったはずだよ? 遺体に付着した煙草の灰は、記者さんが帆乃花を殺した際に落とした、犯行の証拠に間違いないよ!」

「そんな……梗介くん、どうして……?」

 美月が、つらそうにうめく。凛汰が、冷静に「仮に、三隅さんが帆乃花を殺害したとして、動機どうきは何だ?」と問いかけると、梗介は冷え切った声で「そんなの、身体からだ目当てに決まってるよ。帆乃花は、裸で死んでたんだからさ」と吐き捨てた。

外道げどうの記者さんは、帆乃花が抵抗できないようにするために、あるいは刃向はむかう気を喪失そうしつさせるために、帆乃花の全身をなぐりつけたんだよ。で、クソッタレな欲求を満たしたあとで、帆乃花の後頭部を殴りつけて、口をふうじたんだ。……本当に、最低だよね? 許せないよね? あんな人でなしのロリコン野郎を、とうとい〝まれびと〟として歓待かんたいしていたなんて、きっと〝憑坐よりましさま〟もあきれてると思うよ……?」

 美月は、もはや声も出ない様子だ。強いショックを受ける姿を、凛汰は横目に一瞥いちべつしてから、断崖絶壁だんがいぜっぺきに立つ梗介に向き直った。

「お前は、あの事件現場から、そういう絵をくんだな」

 そう言って、両手を前にゆっくりと伸ばすと、芝居しばいがかった所作だと自覚しながら、生前の嘉嶋礼司かしまれいじのように、人差し指と親指でフレームを作る。わくの中に描画びょうがのモチーフという犯人の姿をおさめた凛汰は、感情をしずめたまま、淡々たんたんと言った。

「煙草の灰は、真犯人が三隅さんに罪をなすりつけるためのわなだととらえることも可能だ。むしろ、そう考えるほうが自然だぜ。何しろ、櫛湊村くしみなとむら喫煙者きつえんしゃは、三隅真比人ただ一人だ。その程度のことくらい、村に何度も滞在たいざいしていた三隅さんなら、把握はあくしていて当然だ。にもかかわらず、殺人の証拠になりかねない『煙草の匂い』を、みすみす現場に残すなんて、ずいぶん間抜けな犯人だと思わないか? お前が描いた推理は、キャンバス上にかたどる対象のことを、まるで観察していない、未熟みじゅくでナンセンスな落書きだ」

 酷評こくひょうを終えた凛汰は、口角こうかく挑発的ちょうはつてきに上げてやった。

「俺なら、もっと違う絵がけるぜ」

「凛汰……」

 目が覚めたような顔で振り向く美月に、凛汰は軽く頷いた。そして、両手のフレームをほどく代わりに、梗介に右手の人差し指を突きつける。

「梗介。お前に質問だ。生前の帆乃花と最後に会ったのは、いつだ?」

 梗介は、すぐには答えなかった。探るような目で凛汰を見てから、贋作がんさくめいた笑みを童顔どうがんにのせて、「今朝だよ」とようやく返事をする。

神域しんいきに出掛けていく帆乃花を、家で母さんと一緒に見送ったんだ」

「……へえ。俺と美月、三隅さんとお前の四人で、教員寮きょういんりょうの二〇一号室に集まったときに、お前は誰よりも先に教員寮を出ていったくせに、弟を呼びに来た姉に会わなかった、って言うんだな?」

「そうだけど、それが何?」

 あっさりと認めた梗介は、不愉快ふゆかいそうに笑みを消した。

「教員寮を出たとき、帆乃花の姿が見えなかったんだよ。きっと僕に声を掛けた時点で満足して、先に行っちゃったんだよ。帆乃花って、そういう気まぐれなところがあるでしょ? ねえ、浅葱さん。それに、クソ雑魚ざこ教師の大柴」

 笑みの仮面をかぶり直した梗介が、二人に水を向けた。大柴は、不服ふふくを述べたそうな顔をしつつも「えっと……まあ、そうかな」と曖昧あいまいに答えて、浅葱は無言をつらぬいている。梗介は、面白くなさそうに鼻を鳴らしてから、ニコニコと凛汰を振り返った。

「だから、僕はいったん自宅に帰って、帆乃花がいないことを確認してから、帆乃花を探して村のあちこちを歩いてたんだ。僕のアリバイを証言してくれる村人はいないから、別に信じなくても構わないよ?」

「ああ。そうさせてもらうぜ。その証言は、信じるにはあたいしないからな」

 凛汰が断言すると、梗介の笑みの仮面が、また一瞬だけ確かに外れた。

「二つ目の質問だ。この神域に転がされていた帆乃花は、いつ死んだ?」

「そんなの、決まってるじゃん。今日だよ」

「今日の、いつだ?」

「午前中でしょ? 今朝には、神域で焼けた木船きぶねの後片付けを、帆乃花も手伝ってたからさ。今日の昼前に、凛汰と美月ねえが教員寮を出て行ってから、記者さんが帆乃花を殺しに行ったんだよ! で、教員寮に戻ってから、罪の意識でも感じたんじゃない? トリカブト入りの飲み物をあおって、自殺しちゃったってわけさ!」

「いいや。それは、

 きっぱりと断言だんげんすると、美月が目を見開いた。大柴も、驚きの顔で凛汰を見ている。梗介が口を開く前に、凛汰はさらに問いを重ねた。

「三つ目の質問だ。帆乃花は、どこで殺されたと思う?」

「ここに決まってるじゃん。ちょうど、いま僕が立ってるところ」

「それも、絶対にあり得ないな」

 凛汰は、再び断言した。そして、梗介の足元を指でさす。――帆乃花の遺体が寝かされていた場所は、濃い灰色の岩肌いわはだが、武骨ぶこつに拡がっているだけだ。

「帆乃花の死体発見時、神域の岩場に血痕けっこんはなかった。美月が、帆乃花の遺体の後頭部を確認したときに、『血で髪が固まって、たばになってる箇所がある』って証言しょうげんしたことを思い出せ。帆乃花の後頭部の出血は、すでにかわききっていた。すなわち――ってことだ。帆乃花の遺体から『土の匂いがした』と美月が証言したことからも、遺体が元々は別の場所にあったことは明らかだ」

 話を聞いていた大柴が、感心した顔で「そっか、なるほど……」と声をらしたからか、梗介が唇をゆがめた。二人の様子を観察しながら、凛汰は推理を続行する。

「『神域は殺害現場ではない』イコール『土の匂いが付着した場所が、殺害現場になる』のかどうかは、疑問の余地があるけどな。なぜなら、遺体の死亡推定時刻をいつわるための細工さいくには、いくつか方法があるからだ。遺体を土にめることも、その一つだ」

 美月が、戸惑った様子で「土に?」と復唱ふくしょうする。凛汰は「ああ」と応じて頷いた。

「土に埋められた遺体は、外気がいきから遮断しゃだんされることで、腐敗ふはいの速度が各段に落ちる。帆乃花の遺体は、神域で発見されるまで、ブルーシートか何かにくるまれて、村のどこかに埋められていたと考えるのが自然だ。幸い、こんなド田舎いなかだ。見渡すだけで、そこらじゅうに森がある。埋める場所には事欠ことかかないだろうな。俺たちが今いる御山おやまだって、絶好の隠し場所の一つだし、禁足地きんそくちと教員寮をへだてる山も怪しいぜ。何しろ禁足地には、蛇ノ目家の者以外、近づくことができないんだからな」

「何それ? 帆乃花を土に埋めた犯人が、僕だって言いたいの?」

「その通りだ」

 凛汰は、いきり立つ梗介を受け流して、隣の美月に目を向ける。そして「美月。俺と三隅さんが初めて会ったときのことを、思い出せ」と言って、昨日の回想をうながした。

「凛汰と三隅さんが、初めて会ったとき……四月一日に、凛汰が櫛湊村に来て……嘉嶋先生をさがし歩いて、教員寮の二階に行ったときのことだよね」

「ああ。あのとき三隅さんは、奇妙なことを二つ言ってたぜ。覚えてるか?」

 美月は、さほど間を空けずに頷いた。きっと美月も、あのときの三隅の台詞せりふに、不審を覚えていたのだろう。そして、いま凛汰が求めている情報が、二つのうちのどちらなのか、正確にみ取った発言をしてくれた。

「あのとき、三隅さんは……私と凛汰を残して、教員寮を出ていく前に……『〝姫依祭〟が始まるまで、宝探しに行ってくるから』って言ってたよね」

 大柴が、不気味そうに顔を引きらせた。「た、宝探し?」と上ずった声で訊き返す教師を、浅葱が冷酷れいこくに眺めている。凛汰は、浅く首肯した。

 ――『たとえ記事には書けなくとも、個人的な知的好奇心を満たしたいのさ。この櫛湊村には、掘り出し物の〝真実〟が、たくさん眠っているかもしれないからね……?』

 生前の三隅の声が、脳裏で静かに木霊こだまする。凛汰が、櫛湊村に足を踏み入れた昼下がりには、すでに恐るべき犯罪が、水面下で進行していたのだ。握り込んだこぶしに、力がこもる。しかし、苛立いらだちはおくびにも出さずに、凛汰は犯人をじっと見据みすえた。

「四月一日の昼下がりに、三隅さんは俺と美月を教員寮に残して、一人で出掛けた。三隅さんは記者だし、五年も〝姫依祭ひよりさい〟についてぎ回っていたから、あのとき言った『宝探し』は、村の風習についてもっと深く知りたいって意味合いの、ただの言葉のあやかもしれない。けどな、もし、そうじゃなかったとしたら――『宝探し』の言葉が、明確な意味を持つようになるぜ」

 凛汰が言わんとする意味を、美月と浅葱はさとったらしい。養女のほうは息をみ、養父のほうは相変わらずの無言だったが、眼光が少し鋭くなった。大柴だけが、困惑顔で首をひねっている。凛汰は「分からないのか?」とさげすみの目で言ってやった。

「三隅さんは、気づいたんだよ。櫛湊村から、いつの間にかことに。そして、〝姫依祭〟開始前に、見つけたんだよ。

 ここまで言えば、さすがに大柴も気づいたらしい。顔色が悪くなり、教え子の少年をぎこちなく振り返る。視線を追った凛汰は、断罪だんざいの言葉を畳みかけた。

「例えば――誰にも見つからないように、としたら? 遺体の隠し場所に戻った犯人は、一体何を思うだろうな」

 梗介の顔から、また薄ら笑いが消えた。凛汰は、もっと直接的な言葉を選んだ。

「もし、昨日の四月一日のうちに、三隅さんが帆乃花の遺体を発見していたら? そして、帆乃花の遺体のそばに、自ら煙草の吸殻すいがらを置いたとしたら? それは――『』っていう、三隅さんから犯人に向けた脅迫きょうはくのメッセージになるだろうな」

「……僕さ、凛汰が何を言ってるのか、いよいよ分からなくなってきちゃった。もっと簡潔にまとめてくれる?」

 凛汰は、「いいぜ」と短く応じた。

「つまり――お前の犯行である蛇ノ目帆乃花殺しは、昨日の四月一日の昼下がりから、〝姫依祭〟が始まるまでの間に、三隅真比人に露見ろけんしていた。そして、犯行を知られた蛇ノ目梗介は――ことになる」

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