第9話 使用人たちの決意

 こちらの思惑も知らないまま、感動のあまり抱き着いてくるカナンさまを落ち着かせ、足早に部屋を退室する。

 こういうものは根回しが大事ですからと言い含めて向かう先は、使用人たちの控えの間。


 辺境伯の屋敷である以上、マナーは大事。恭しくノックを二回して……けれども我慢できたのはそこまで。

 急く思いが扉を勢いよく開けさせた。


「カナンお嬢さまからOKをいただきました!!これで『カナンさまに凛々しいオスカーさまをご覧になっていただこうぜの会』、一段階目は完了です!」

「「「「「「良くやった!!!!」」」」」」


 部屋の中のあらゆる方向から一斉に聞こえてきた声は歓声にも似ていた。

 お互いに顔を確認してようやく、はっとした顔で咳ばらいをするもの。気にせず親指を立てて笑うもの。訳知り顔でうなずくものなどが転々と現れる。


「よしよし、計画は順調に進んでいるようですね。」


 訳知り顔でうなずいていたのはこの家の執事長であり、今回の計画の立役者でもあるワイマンさん。

 私も彼に聞いて初めて知ったのですが、どうやらオスカーさまは此度の縁談が決まったところで見たカナンお嬢さまに一目ぼれをなさってたということで。

 ……実際に相対した反応を見ただけでは私にはさっぱりでしたが、どうやらそういうことらしいです。


 元々縁談の条件として耳にしていた内容も、怪物伯としておそれられる彼と無理に仲良くなる必要はないからという意味で挙げられていたそうで。

 けれども一目ぼれをした相手。何より先日の自らの身なりの恐ろしさと不潔さに対しても臆することなく、民のためにも自らを省みるべきだと声をあげたカナンさまに惹かれない道理はなかったようです。

 何とかして今の距離を少しでも縮めたい……と思いつつ。これまで怪物伯としておそれられ遠巻きにされていた経験から、そうした相手に対するアプローチを旦那さまは良く知らない模様。


「ですのでまずは少しでもお互いのことを知り、歩み寄る機会が大切だと感じた次第です。特に今カナン奥さまは『夫婦間は不干渉』という言葉を忠実すぎるほどに忠実に守ってしまっている状態。」

「うんうん、お嬢さまは基本的に研究さえできればあとはどうでもいいやってなるところがありますので……。」


 正直その辺りはマルゥとしても頭の痛い話だった。幸い研究のためなら何でもやる精神も同時に兼ね備えていたため、彼女が学院時代に奉公を務めていた相手からの心象は悪くなかったようだけれど。

 だからと言って結婚相手に対してもドライオブドライなのは、マルゥとしても頭の痛い話だった。相手が彼女を好いてくれているのだからなおさらのこと。


「旦那様も折角話しかけられても、多忙さと本人の口下手さが悪循環を生み出しているのが現状ですからね……。」

「頭が痛くなる心地です。……課題としてはその旦那さまをどのように説得されるかですが。ワイマンさん、大丈夫ですか?」


 厨房を守るまだ若き料理人が恐る恐るといった調子で尋ねた質問にも、貫禄ある執事長は揺らがない。

 キレイに整えられている白い顎髭を撫でて、応用に頷きが帰ってきた。


「勿論です。わたくしを誰だとお思いですか?オスカー坊ちゃまのことはそれこそ怪物伯などと不名誉な噂が立つよりも以前、あの子がよちよち歩きをはじめる前から存じ上げております。ありとあらゆる手を使って、あの子の首を縦に振らせてみますよ。」

「「「「ウォォォォォ!!!!」」」」


 普段の賑やかながらも礼儀正しさが満ちる控えの間とは一線を画している。

 そこにはある種の熱狂であふれかえっていた。自らの職務以上に主人に忠実な使用人モンスターたちは今こうして立ち上がったのだ。



「マルゥ。今のうちに日時の確保とそれに向けた準備の打ち合わせをしますよ。」

「はい!只今!」


 怪物伯などと言われていても、屋敷の人は温かく、領民の皆さまも優しくて。

 カナンさまがオスカーさまの妻となり、研究に熱中することを誰も止めることはない世界。


「ひとまず初回は危険の少ないルートがいいでしょうか……。マルゥ、カナン奥様の魔獣への耐性はいかほどでしょう?」

「ああ言ったお方ですから、むしろ多少危険でも、珍しい魔獣やこの土地特有の魔獣に出くわす可能性があるルートの方が生き生きとされるかと……。」


 マルゥがすべきはカナンさまのためとなること。彼女を愛してくださって、彼女の力を認めてくださるというのなら。

 王都で悪鬼のごとく恐れられる怪物伯であろうと、マルゥは味方となりましょう。

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