第6話 日常6

「さぁて、今日は何をするの?」

「いや、さっき言っただろ? 畑仕事だよ」

「うぇ~? また畑作業?」

「文句言ってる暇があったら早く作業道具を持ってきてくれ」


 目の前でげんなりとした表情を浮かべるスカイラに、俺は早く支度をしろと指示を出す。


 この前のクエストでひとまずしばらく先の金銭面の問題は解決したが、それ以外のこまごまとした雑用が片付いたわけではない。

 

 特に畑仕事は年がら年中、何らかの作業があるわけで……。


「というか、耕す作業ならこの前結構進めたと思うんだけど?」

「いや、確かに進めてくれたとは思うんだけど、まだ半分残ってるからな」


 俺が話す通りスカイラにはかなりの部分を耕してもらっていたのだが、それでもまだ半分が雑草まみれで荒れ放題となっていた。


 それに、耕したと言っても本当に耕しただけで、まだ堆肥を混ぜるとか畝をつくるとか、種を蒔く前にやるべきことは多く残っている。


 とはいえ、専業農家が持っている畑ほど俺たちの畑は広いものじゃないので、1日中作業していればある程度のところまで進められるだろう。


「ちぇ~。この前、だいぶ進めたから今日は楽できると思ったのに」

「楽できるって、耕す以外の作業も残ってるんだから楽はできないだろ。そもそも、サボってたら後でレイに怒られるから」

「まあ、そこは適当に進めておけばバレないかなって?」


 スカイラは軽く考えてるが、レイは細かいところにまで目を光らせているため、サボったとしたら余裕で気が付くはずだ。

 そこは流石、俺たちを率いていた隊長を務めていただけある。


 ちなみに、レイとフェリシアは今日、別のクエストに行ってもらっていた。

 クエストといっても、この前のようなモンスターを討伐するものではなく、単純な採取クエストのみ。

 それも、採取した一部をクエスト報酬とは別にもらえるため、お得なクエストとなっていた。


 フェリシアはあまり戦闘が得意ではないが、いつも家にいたら退屈だろう、レイが気を利かせたというわけである。

 今回のクエストなら、フェリシアも十分に活躍できるしな。


 というわけで、今家にいるのは俺とスカイラだけだった。

 

「バレたら余計に怒られるだけだから、とっとと始めるぞ。ほら、道具は俺が持ってきてやるから、早く部屋着から着替えろって」

「はーい」


 気のない返事をするスカイラ。面倒くささが隠されることなく滲み出している。気持ちは分からんでもないけど。


 作業着に着がえる為部屋に戻っていった彼女を見送ると、俺は家の外にある倉庫へ向かう。

 基本、この中には畑作業で使う道具や、野営を行う際に使う道具などが雑多に詰め込まれていた。


「ここに引っ越してきてから、一度も片付けてないもんな。夏前に一度、整理するか~」


 きっと忘れるであろう整理宣言を一人でしつつ、俺は鍬などを二人分担いで戻る。

 玄関前に戻ると、既に作業着に着がえ終えたスカイラが俺の事を待っていた。


 ちなみに、作業着とはいわゆるつなぎであり、最初にそれを見つけた時に感動したことは記憶に新しい。

 畑作業には異世界も元の世界も関係なく、つなぎなんだなと思った瞬間だった。


「ほい。畑作業はスカイラの専売特許でもあるから頼むよ」

「はいはい。力作業は任せなさい……って、誰がパワー系よ!?」

「一言も言ってないから……」


 勝手に憤慨するスカイラを連れて、自宅の隣にある畑へ。


 先ほどから話している通り、半分は耕されているので幾分か気が楽だ。

 春先なのもあって気温が高くないのも、作業がやりやすくなるポイントとなるだろう。

 ただし、日差しや紫外線を避けるために帽子などのアイテムは欠かせない。


 俺もスカイラもつなぎは長袖であり、頭には麦わら帽子をかぶっていた。

 麦わら帽子なんて、元の世界でもかぶることなんてなかったのにまさか異世界にきてかぶることになるとは。


 しかし、これが意外と優れもので、日差しを遮断できる他、通気性もいいため頭が蒸れないといった点もかぶって初めて分かったことである。


 昔の人が麦わら帽子をかぶって作業していたのも、理にかなっていたんだなと思わざるを得なかった。


「よし、それじゃあ始めるか。俺は耕した土に堆肥や石灰を混ぜていくから、スカイラは残り半分を耕してくれ。こっちが終わったら俺も手伝うから」

「了解よ。まあ、ユウが手伝うまでもなく終わっちゃうだろうけどね」


 自信満々なスカイラ。流石、パワー系とチームメンバーから慕われているだけある。

 ただ、彼女が自信ありげなのはこれ以外にも理由があって、


「鬼人化」


 彼女が呟く。すると、スカイラの身体が赤紫色の光に包まれた。


 しばらくして光が収まるも、特に彼女の身体に大きな変化は見受けられない。

 その、頭に生えてきた2本の角を除いて。


「毎回、って言わないと力を顕現させられないんだっけ?」

「ううん、鬼人化って言ったほうが気分が乗るってだけよ。なんかそっちの方がカッコよくない?」

「まあ……そうかもしれないな」


 単純に彼女の気持ちの問題だったようだ。

 平然と言い放つ彼女に俺はガクッと肩を落とす。カッコいいかどうかは、各々の感性にお任せします。

 

 さて、知らない人が見たらびっくりすること間違いなしの彼女の能力。

 これは、スカイラが人間と鬼との間に生まれた子であることが関係していた。


 パッと見は完全に人間そのものなのだが、今のように能力を顕現させると特徴的な角が頭に2本出現する。

 最初に彼女の力を見た時には驚いたが、多様な種族が暮らしていると知って普通に受け入れることはできた。

 

 この世界には人間以外に多種多様な種族が暮らしているが、鬼もまたその一つ。

 しかし、この世界の鬼は他種族から忌み嫌われており、今は鬼という種族自体が消滅の危機に瀕していた。


 どこかの大陸にひっそりと文明を築いているという噂だが、あくまでそれは噂。

 現在はどこに存在しているのか。そもそも本当に生き残っているのかすら分からない状況だった。


 スカイラの両親も行方不明であり、彼女自身顔も覚えていないらしい。


 そんな彼女がどのようにして生きながらえてきたのか。その説明はまた今度でいいだろう。

 大切なのは彼女が鬼かどうかじゃなくて、今を楽しく過ごせているかどうかだ。


 ちなみに、鬼の能力としてはいわゆる身体能力を引き上げるバフのようなものであり、それによって飛躍的に筋肉量や体力が上昇する。

 言葉だけで説明すると大したことなさそうだが、これがまた強いのなんの。


 その辺のモンスターならパンチ一発で倒せるし、俊敏性も増しているため手数の強化にもつながる。

 鬼は魔法がほとんど使えない種族なのだが、それを補って余りある能力が付与されるというわけだった。

 魔法に関しては俺と同じ実力だが、身体能力は雲泥の差である。


 というような事情があるため、力作業中心の畑作業はスカイラ中心となっていた。

 畑作業については俺たちも手伝うけど、下手に手伝うくらいなら彼女に任せた方が早く作業が終わる。


 彼女もその辺は分かっているようで、こうして文句を言いつつ担当しているというわけだ。


「じゃあ、サクッと耕しちゃいますか」

「おう、頼んだ」


 それなりに重いはずの鍬を軽々と扱い、軽快に畑を耕していく。やはり、パワーは正義だ。


 サクサクと耕していく彼女をしり目に、俺は用意してあった堆肥の袋を持ち上げると、適当に耕された畑の上に蒔いていく。


 詳しくは知らないけど、堆肥を土に混ぜることで水はけがよくなったり、微生物が増えるなど、野菜がよく育つ土壌になるのだそう。

 石灰は土壌の酸性をアルカリ性によって中和させてくれるらしい。だからこそ、この二つは畑の土づくりに欠かせないのだとか。


 どちらも、野菜の種を買うお店の親父の受け売りなので、間違っていたらその親父のせいである。

 取り敢えず、今のところは実がならなかったり腐ったりはしていないので、親父の言うことは多分正しいのだろう。

 買っている肥料が優秀なのかもしれないけど。何の肥料なのかは忘れた。


 そんなわけで堆肥を蒔き終えた後は、石灰、更には肥料も土に混ぜ込んでいく。

 袋ごと持ち上げているので、蒔くだけでも腕がパンパンになる。


 本当ならこの段階もスカイラにお願いしたいのだが、あいつに任せると分量適当に蒔くからな……。

 いくら土壌に良いとはいえ、蒔きすぎもよくない。だからこそ、この作業は毎回俺とかレイの担当になっていた。


 フェリシアは腕力がなさ過ぎて持ち上げるだけでふらふらしちゃうのでダメ。可愛い。


 堆肥などを蒔き終えたので、今度はそれらと土を丁寧に混ぜていく。

 荒れ地を耕すよりも土が掘り起こされているので楽は楽なのだが、それでも結構疲れるな。


 額を流れる汗を手の甲で拭う。しかし、この汗が意外と心地よい。


 大変は大変な作業だが、これが後々の野菜収穫に繋がると思うと、やりがいにもやるってもんだ。


「おーい、ユウ!」

「ん? って、なんだ!?」


 スカイラに呼ばれて振り返ると、何かを彼女が投げてきた。

 びっくりしつつも、投げられたものを手のひらで受け止め、


「おわっ!? ミミズ!?」

「あははっ! 予想通りの反応でウケる!」

 

 受け止めた手のひらに乗っていたのは、かなり大きめサイズのミミズだった。

 びっくりした俺はミミズを宙へと放り投げ、その勢いでしりもちをつく。


 別に痛くはないのだが、妙に恥ずかしい。視線の先でケラケラと笑うスカイラを見ていると余計にそう感じる。


「ミミズっ!? ……だって。めっちゃ驚いて、尻もちまでついて、やっぱりユウの反応は予想を裏切らないよね」

「……スカイラ。ちょっとこっちに来なさい」


 恥ずかしさが怒りにかわり、俺はこめかみをピキピキとさせながら彼女を手招く。

 しかし、そんな分かりやすい手招きに応じる彼女ではない。


「えっ、絶対に怒られるから嫌なんですけど?」

「……それなら仕方ない。俺から行くまでだ!!」


 鍬を放り投げ、彼女の元へ突進する俺。そんな俺を見て、同じく鍬を放り投げ畑から逃げ去るスカイラ。


「まてっ!! この土とミミズで汚れた手でお前のほっぺを汚れまみれにしてやる!!」

「絶対に嫌なんですけど!? というか、汚いってミミズに謝って!」

「ミミズさん、ごめんなさい!」

「そこは素直! というか、加速の初級魔法まで使って追いかけてこないでってば!!」


 10分ほど、追いかけっこを続けたのち、


「はぁ……もう無理だ」


 俺は息も絶え絶えに地面の上に倒れ込んだ。

 結局、身体能力を強化されては、いくら初級魔法を使ったところで追いつくすべなんてない。

 最初から分かり切っていたことではあったのだが、俺にも意地ってものがある。


 負けると分かっている戦いにでも赴かないといけないときはあるのだ。

 今回がその戦いと言っていいのかは微妙なところだが……。


 仰向けに寝転んだまま空を見上げていると、ふっと空との間に影が差す。


「ユウってば、もう降参?」


 悪戯っぽい表情で俺を覗き込んでくるスカイラ。

 あれだけ走り回ったというのに、彼女は息すらきらしていない。やはり、鬼の持つ身体能力はバグっている。


 正直、滅茶苦茶悔しかったけどここで不意打ちを繰り出したところで、さらりとかわされるのが関の山だ。


「……あぁ、悔しいけど俺の負けだよ。というか、分かってて鬼ごっこ始めただろ?」

「まあね。あまりにユウが必死の形相で追いかけてくるから、それに応えてあげないのは男じゃないなって」

「男じゃないって、スカイラは女だろ」


 ツッコミを入れる俺の横にスカイラも腰を下ろす。一旦、畑作業はストップだ。


 息を整えるべく、しばらく空を見上げていると、隣に座るスカイラがぽそっと言葉を漏らす。

 

「……ユウといると、やっぱ楽しい」

「そうか? 俺は一方的にからかわれてるだけだと思ってるんだけど」

「ふふっ、だから楽しいの。昔は、こうしてはしゃぎまわることなんてほとんどなかったから」


 少し遠い目をして呟くスカイラ。理由はもちろん、頭に生える2本の角だろう。


 鬼という種族は基本、忌み嫌われている。差別や偏見も酷いと、レイやフェリシアから聞いた。


 彼女の子供時代や、俺と出会う前の話はまた聞きでしか聞いていないから詳しいことはよく分からない。

 スカイラ本人からも聞いたことはないしな。そもそも、彼女が話したがらないのに、俺がずかずかと踏み込んでいくのも間違っている。


 親しき中にも礼儀ありってことわざがある通り、相手から話してこなければ余計な詮索はしない。


 これが例え、好きな人であっても同じだ。

 レイやフェリシアだってきっと同じことを考えるだろう。


「ユウは優しい。だから好き」

「別に優しくしてるつもりなんてねぇよ。普通だ、普通」

「そういう優しいところが、好きだよ」


 気付くと、スカイラの瞳が俺の瞳を覗き込むように見つめていた。


 優しいだの、好きだの言われた俺は微妙に気恥ずかしくなり、彼女から視線を逸らす。

 いつもがふざけ気味なだけに、少しだけ調子が狂う。


「恥ずかしくなると、視線を逸らすところも好き」

「……分かってるなら言うな」

「ごめんごめん。だけど、好きなのはほんとだよ?」


 スカイラの頬が赤く染まっている。恥ずかしいのなら言わなきゃいいのに。


「ユウはアタシの事好き?」

「……好きだよ」

「レイやフェリシアより?」

「……あんまり俺を困らせないでくれ」


 降参とばかりに首を振ると、少し不満げな表情を浮かべるスカイラ。


「ここは嘘でも『スカイラが一番だよ』っていう所じゃないの?」

「嘘でも言ったら、俺はスカイラ達3人と一緒に暮らしてないって」

「……それもそっか」


 よかった。俺の下手な説明でも納得してくれたみたいだ。

 女性3人と暮らしている時点で、全員が1番だと言っているようなものであり、そこに対して嘘をつくことはできない。


 そこで誰かが一番と言ったら、俺はただの浮気者になってしまうからな。……まあ、今の状態は浮気者より人によっては認められない状況だろうけど。


「まったく、ユウは本当にしょうがない男なんだから」

「自覚はしてます」

「でも、安心して。アタシ達はそこを含めてユウが好きなんだから」


 スカイラが俺の右手を自身の頬に寄せる。


「おい、汚れるぞ」

「いいの。アタシはユウに汚されるんだったら構わない」

「…………」


 一瞬、汚すが別の意味に聞こえた俺は慌ててその考えをかき消す。

 昼間、しかもまだ作業も終わっていないのに興奮するのはまずい。


「……それなら、さっき何のために鬼ごっこしたか分からないじゃねぇか」

「ふふっ、確かにユウの言う通りかも」

「ったく。あと少し休憩したら再開するからな?」

「了解!」


 興奮を冷ます意味合いもあって、俺はしばらく空を見上げていたのだった。

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