自殺実験

国見 紀行

プロローグ




 強い風が壁面に当たって吹き上がる。

 風切り音が耳元で悲鳴を上げ、俺の体が内側へと押し戻された。


 だが、その背にはフェンスがある。それ以上倒れることなどない。


 靴を脱ぎ、自殺である証拠として遺書を挟み、そっと一歩踏み出す。

 特に思い出すことなどない。

 くだらない人生。

 辛いだけの毎日。

 誰かのために働くことは良いことらしいが、永遠に見返りのない活動を続けることの虚しさに、何を残してもつまらない事なんだろうなと結論付けた。


 風が止んだ。


 俺はぴょん、と大きく外へ飛び出した。


 再び耳元で強い風切り音が響く。若干重めの体重が落下速度を徐々に加速させ、高さ十階ほどのビルから解き放たれた体がほんの数秒で地面に到着した。


 ぱぁん、となにかが弾ける音。

 頭なのか、お腹なのか。


 しかし、体を破損した痛みよりも快感が脳を支配する。アドレナリンの止め方を忘れたのか、愉快な気分が溢れてくる。


 そして猛烈な眠気。

 もうなにも考えず眠れるのだ。

 こんなに楽しいことはない。

 俺の死体の片付けくらい迷惑かけてもいいだろう。


 なぜなら、これ以上他人に迷惑をかけることはないのだから。

 

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