第58話新たなPrizoner


「バカな・・俺の計画が・・」


 地面に膝をついたバロンサムディの顔半分がボロッと崩れ落ちた。ケルベロスに焼かれて黒焦げになった部分だ。そこから絶望の色を乗せた大迫伸二の目が現れた。


「このゲームのPrizonerはあんたがやってくれよ、大迫さん」


 宏樹が大迫伸二を見下ろしながらポツリと言った。


 大迫伸二の方の目だけが動いて宏樹を見上げた。そのままバロンサムディはモザイク状になって地面に消えて行った。


 バロンサムディが消えたあと1体のブゥードゥー人形が地面に転がっていた。宏樹はそれを拾い上げて言った。


「これが大迫伸二の魂だな」

「呪詛返しが効いたってことか」


 やったんだな、俺達。そう感慨にふける間もなく目の前に画面が表示された。


『隠しボスを倒しました。100階に戻りますか?』


 100階かあ。そこからまた1階まで戻らないといけないんだな。そう思っているといきなり地面が揺れ出した。


「わっ、何? 地震?」


 ゲーム内で地震なんてあるわけないか、100階に戻るってまだ返事してないのに・・。





_______________





 気が付いたら俺と宏樹は駅前公園の池で倒れていた。辺りは薄暗く、夕方なのか明け方なのか判別がつかない。


「宏樹・・おい、宏樹」


 俺は横でまだ気を失っている宏樹を揺さぶった。


「う・・」


 そこへガサガサッと何かの気配がして俺は慌てて起き上がろうとした。と、全身に痛みが走る。腕も腰もふくらはぎも、あらゆる場所が筋肉痛になっていた。目が慣れてくると服も汚れているし、あちこち切り傷もある。


 音のした方に目を凝らすと人影がふたつ、こちらに向かってくる。横で宏樹ものそのそと起き上がった。突然懐中電灯の眩しい光が俺たちの目を突き刺した。


 ふたつの人影はこちらに駆け寄ってくる。「落合さ~ん、なーおーみーっ!」


 地べたに座っている俺と宏樹の前に現れたのはディアンちゃんこと高田順子ちゃんと懐中電灯を持った中年の男性だった。


「ディ‥高田さん、この人は‥?」

「あ、そっか直巳は初対面だったね。こちら早野さんだよ、車を出してくれたんだ。さ、帰ろう」


「待って。穴、ダンジョンに通じてる穴があのままじゃ・・」


 俺の訴えを聞いて懐中電灯を持っている早野さんが池の中央を見に行ってくれた。


「穴を埋めてあったコンクリートは破壊されたままだけど、穴は無かったよ。ぱっと見た所じゃただの地面だった」


 あの深い竪穴に人が落ちたら・・そう考えるとぞっとしたが俺たちは一旦引き下がる選択をした。そう、夜明けが来たのだ。もう周囲は随分と明るくなってきている。ここはまだ立ち入り禁止区域だから誰かに見つかって面倒な事になる前に去らなければ。


 全身ズタボロの俺と宏樹は早野さんの車で俺の自宅へ向かった。





________






 あれから1週間が経った。


 俺達がダンジョンを出たのはギリギリ月曜の明け方だったが、その日の夜中にもう一度竪穴がある池に俺たちは戻った。今度はシャベルを持って行ってコンクリートが割れた場所を深く掘り返して見たが、ダンジョンに繋がるあの竪穴はもう消失していた。


 今のところダンジョンからクリーチャーが出てくる気配もないし、俺と宏樹の筋肉痛も擦り傷や切り傷も回復して通常の毎日が戻って来つつある。


 記憶を取り戻した宏樹は今日からジョンソンソフトウエアに復帰した。そして大迫由利香さんと一緒に暮らす準備をしている。



「おーい、宏樹。ムラシマで買った大量の服はどうするんだ?」


 引っ越しの準備と言っても身の回りの品が必要最低限あるだけだ。俺は今、帰宅した宏樹とそれらを段ボール箱に詰めている最中だ。


「う~ん、どうするかなぁ。こんな安物着たくないんだけど、俺の服は全部5年前の物だから流行遅れだろうしなぁ」


「安物で悪かったな、俺のお財布じゃこれで精一杯なんでね」

「あはは、ごめんごめん。これは直巳に買って貰ったやつだったな」


 特筆すべきは宏樹の性格だ。


 記憶が戻ってから宏樹の性格はヴァンパイアキングだった時とは大きく変わっていた。やけに軽いノリになったというか・・いや、きっとこれが本来の落合宏樹なんだろう。




________




「最近イケメンのあんちゃん、見かけなくなったね」


 コンビニ常連の猫おじさんだ。今日も特売の食パンと猫缶を手にレジにやって来た。


「ひろ‥あの人、就職が決まって辞めたんですよ」

「へえ~そりゃ良かった。あとこれね、はいラブレター」


 そう言っておじさんが俺に手渡したのは公共料金の支払い伝票だ。


「あはは。では合計で7830円になります」


 今日はコンビニバイト最後の日。来月からは俺も立派な社会人だ。




 


 

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