第57話バロンサムディ


「チェックメイト」


 バロンサムディの大鎌が宏樹の首めがけて振り下ろされる。


 だめだ! だめだ! だめだ! 間に合わないと分かっていつつ、俺はエアカッターを放った。


 だがエアカッターが当たる音でも宏樹の首が切り落とされる音でもない、ドカッと重く鈍い音が耳に届いた。


 バロンサムディはケルベロスに体当たりを食らって十字路に弾き飛ばされたのだ!


「ケルベロス! よくここが分かったな!」俺はケルベロスに称賛の眼差しを向けた。


「お前達の匂いを辿れば簡単な事よ」「そうさ、朝飯前だ」「こう見えても犬だからな」ケルベロスは鼻息荒く、真ん中の頭はドヤ顔気味で答えた。


 その後ろでただの人間に戻ってしまった宏樹は体を打ち付けた痛みに顔を歪めながら起き上がっていた。


「イタタタ。ああ、助かった。もうダメだと思ったよ・・くっ、やっぱりダメか」


 宏樹はケルベロスの後方に目をやりながら悔しそうに言った。


「いい所だったのに邪魔したな・・」


 バロンサムディはのっそりと起き上がりこちらに向かってくる。その目は怒りに燃えていた。


「どうして邪魔をするんだ。お前がいなければ俺は1番優秀なプログラマーとしてゆるぎない地位を築いていたはずなんだ。今度こそ俺が一番になれるはずだったのに・・邪魔しやがって、邪魔しやがって」


 やっぱりバロンサムディが大迫伸二だったんだな・・奴はさっきまでの軽薄で人を小ばかにした態度とは打って変わって陰険で憎悪に満ちた口調で呟いている。そして1歩歩くごとにどんどん体が大きくなってきていた。


 今や、80階のサイクロプスに迫る勢いになっている。手にした大鎌も大型バスを一刀両断出来るくらいのサイズに拡大していた。


「「「くるぞっ」」」


 ケルベロスは先陣を切ってバロンサムディに飛びかかった。前足の鋭い爪から繰り出される斬撃が奴に迫ったが、大鎌で弾かれてしまった。が、ケルベロスの頭のひとつが大鎌を持つ手に噛みつき、もうひとつの頭が奴に向かって業火を吐いた。


 業火は山高帽とバロンサムディの顔を半分以上も黒焦げにしたが、奴は反対の手でケルベロスの胴体を鷲掴みにして大鎌から引き剥がし地面に叩きつけた。


 俺は間髪入れず、奴にエアカッターを放ったが大鎌でいとも簡単に弾かれてしまう。ケルベロスの火炎が通じたのなら俺の魔法攻撃も効くかもしれないと、フレイムトルネードをぶつけたがやはりシールドに阻まれてしまった。


 魔法が効かなければ速度低下などのデバフも付与できない。奴の魔法防御シールドはどうなってるんだ?! 無限に奴を守り続けるのか?


 宏樹はケルベロスに回復ポーションを飲ませていた。「大丈夫か? これを飲め。すまないな俺たちのために」


「なあに、またウマイもので返して貰うさ」「そういうことだ」「腹を打っただけだ」


 良かった、とりあえずインベントリは使えるみたいだし、ケルベロスも無事だ。俺は絶え間なくエアカッターを放ちながら二人の方へ向かう。


 その時ケルベロスのひとつの頭からディアンの声が聞こえて来た。


「ジ・・ジジ・・もし・・も・・おちあ・・さん。武器・・そう・・して・・ジジジジ」


「まだ邪魔をするかああああっ」


 ディアンの声を聞きつけたバロンサムディが怒り狂って大鎌を振り下ろした。それはケルベロスの頭をひとつ狩り飛ばしたと思うと、狂ったように振り回された。


「右がやられた」「少し後退するぞ」


「宏樹、下がって! 危ない」


 俺はそう叫びながらトルネードに乗せてエアカッターを放った。大型のブーメランの様なエアカッターがトルネードによって回転を速め、渦からランダムに飛び出すカッターはバロンサムディをかく乱する。その隙にケルベロスが宏樹を咥えて走り出そうと背を向けた。


「たかが番犬の分際で・・」


 バロンサムディが投げつけた大鎌がケルベロスの胴体を真っ二つに切断した。グゥッとくぐもった声がする。


「ケルベロスーーっ!!」


 ケルベロスの体がくずおれると宏樹はケルベロスの口から這い出してインベントリをオープンさせている。こんな時に一体何してるんだ!


 ケルベロスはモザイク状になって消滅してしまった。ちくしょーちくしょーーーっ、いい奴だったのに!


 俺は溢れてくる涙を必死に堪えながらケルベロスの居た場所に駆け寄った。




_______




 俺はケルベロスの口から這い出しながらインベントリをオープンした。高田君からのメッセージ『武器を装備』・・そうだ、イブリースが落とした武器をインベントリに入れっぱなしだった。


 『アメノムラクモ・装備しますか?』


 YES。


 『アメノムラクモを装備しました。条件達成。ジョブチェンジしますか?』


 なんでもいい。きっと直巳のようにゲームのキャラとして認識されれば俺もまた戦えるようになるはずだ。

 

 YES。

 

 


________




 ケルベロスが消えた場所に立つ俺の後ろで何かが光ったような気がした。まさか、宏樹が攻撃されたんじゃ・・そう思って振り返ると、まるで古事記か日本書紀に出てくる古代人みたいな男が立っていた。


 髪は真ん中から分けられサイドに結わえられている美豆良みづらというスタイルだ。筒袖になった上着に勾玉のネックレスを下げ、ゆったりとしたはかまはひざ下の所で足結の緒あゆのおで結ばれている。


「なんだ、誰だ。まさか新たなクリーチャーか?」


 クリーチャーと言うにはあまりにも人間らしかった。そいつはムッとして「俺だ」と一言言った。


 えっ、まさか宏樹? 顔は確かにイケメンだ。俺はステータス画面を開いてパーティー情報を表示させた。


『パーティーメンバー1・男Lv108 職業ヤマトタケルノミコト』


「宏樹・・ヤマトタケルだってよ・・」


 俺にそう言われた宏樹は自分の恰好を見て「うわっ、何だこれ」とびっくりしている。


「アメノムラクモを装備したんだよ。ヴァンパイアでは装備不可だったが、人間に戻ったせいか装備出来るようになってた。そうしたらこれだ・・」


 考えなくてもこれはディアンちゃんの仕業だと思ったが、宏樹が俺と同じようにゲームのキャラとして認識されたなら上出来だ。ヤマトタケルノミコトが何属性のキャラか分からないが、物理攻撃も出来そうだからアークメイジの俺よりましだろう。


「はっ、なんだお前のその恰好は? そんな仮装をしたところでお前は俺には勝てないんだよ!」

「さあどうだかね、やってみるさ」


 宏樹(ヤマトタケル?)はバロンサムディに向かって行った。その動きの素早さはヴァンパイアキングだった時と変わらない、いやもっと速度を増したかもしれない。


 バロンサムディが宏樹に集中している間に俺はMPポーションとHPポーションで態勢を立て直した。そして魔法を放ってみたがやはりシールドに弾かれてしまう。仕方なくエアカッターに切り替えた。


 バロンサムディが巨大化しているせいでさっきよりはエアカッターが入りやすかった。だが宏樹の方は戦いにくそうだ。あれじゃあ2階建てのマンションにボールを投げつけて遊んでる中学生だもんな。


 ヴァンパイアの時みたいに羽があればいいのに・・と思った瞬間、宏樹の背中に大きな白い翼が現れた。

 すげー綺麗な羽だ。白鳥みたいだ。その羽で宏樹はあらゆる角度から攻撃できるようになった。


 俺のエアカッターはさっきより格段にヒットしている。宏樹の空中からの攻撃もゴリゴリと奴のHPを削り始めた。これならいける! 


「ハエの様に飛び回りやがって・・」


 だが、バロンサムディはまた体のサイズを元に戻し始めた。すっかり元の大きさに戻ると速度が上がって瞬間移動が始まり、俺のエアカッターが当たらなくなってしまった。


「宏樹、やつのシールドをどうにか出来ないか?」

「シールドか・・」


 宏樹は空中に飛び上がりステータス画面を開いて何かを確認している。その間にも俺はまた酒瓶で殴られ始めた。


「これをやってみるか」


 地面に降り立った宏樹はアメノムラクモを水平に構えて「薙ぎ払い」とスキルを唱えた。


 凄まじい風が巻き起こった。宏樹の前方にあった物はロウソク、頭蓋骨から墓石まで全て吹っ飛んでしまった。


 バロンサムディを覆う魔法防御のシールドが大きく揺らいだ。宏樹はなおも「薙ぎ払い」を奴に向けて繰り返す。風圧で瞬間移動もままならないようだ。


 俺はデバフの速度低下をバロンサムディに唱え続けた、シールドが切れた瞬間にまた張り直されてはまずい。


 4度目の薙ぎ払いでシールドが切れた! 俺は速度低下に続けて魔法防御低下、物理防御低下、物理ダメージ増加、魔法ダメージ増加とデバフを立て続けに放つ。


 バロンサムディの瞬間移動は無くなった。それでも今までのボス以上に素早いやつの攻撃には手を焼く。やつは再びシールドを掛け直したが、俺がかけたデバフは残っている。宏樹の物理攻撃が大ダメージを与え始めた。


 奴が何度掛け直そうと、シールドは再び宏樹の「薙ぎ払い」で払拭された。俺の魔法攻撃と宏樹の物理攻撃で奴を追い詰める。


 とうとうバロンサムディは地面に膝をついた。


 






 




 


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