第55話100階とディアン

「俺はそんなの認めない」

「認めないと言ってもな・・もしかしたらまた今回の様にいつか俺が自我を取り戻して元の世界に戻れる日が来るかもしれない。とりあえずお前は向こうへ帰れ」


「俺は宏樹をここ置いて帰りたくない」

「とりあえず、だ。これはお前の口癖だろう?」


 そう、俺はとりあえず、なんとなく、とゆるくやって来た。どんなに頑張ったって人間死ぬ時は思いがけなくやってくるもんだ・・姉さんみたいに。


 だからがむしゃらに努力するのもアホらしかったし、姉さんにあんな態度を取って寂しい思いをさせた俺が偉そうな事を言う資格はないと思ってた。


 ここを出られても、1週間後には死ぬかもしれない。事故にあったり火事にあったり、天災があるかもしれない。そもそもここを出られるかも分からない。


 だけどそれでも・・今とりあえず俺だけ帰るなんてだめだ。駅前公園で出会ってから今日まで、俺たちは何とかここまで一緒にやってきたんだから。


「もう1回。もう1回だけキングに挑戦してみよう。俺は90階に戻されたらケルベロスの所へ行ってみる。何か知ってるかもしれない」


 宏樹はまじまじと俺の顔を見ていたが、ふっと口元に笑みを浮かべたと思ったら扉に手を掛けた。


「行くぞ」


 今回は俺が先に入って見た。だけど宏樹が入ると俺だけ扉の外に出され、やはり扉はきつく閉ざされた。




_________





 直巳が外に出されるとすぐカウントダウンが始まった。


 コウモリが襲ってくるのはもう承知している。俺はその方向に向けて先に氷結魔法を放った。氷漬けになったコウモリはばたばたと床に落ち、アイスバレットに撃ち抜かれたヤツはモザイクになって消滅した。


 雑魚に掛ける時間は少しでも減らさなくてはいけない。今度こそキングを倒さなければ。


 これまでキングを倒すために思いつく限りの方法を試してみた。時間を稼ぐためにネコ科の眷属を相手しながらキングも同時に攻撃したが、眷属の生存数に比例してキングの攻撃と防御が上がってしまうからこれは悪手だった。


 やはり眷属は先に倒しておこう。


 だが、今回はやけに眷属が多い。何体出現するか数えてはいなかったが明らかに数が多い。お陰でもう残り時間が4分を切ってしまった。


 キングとの戦闘は本当に厄介だった。こちらがアイスバレットを打てば向こうも同じくアイスバレットを打ってくる。翼を出して飛行出来るようになるのは後半のはずなのに、俺が飛ぶと向こうも飛んでくる。


 アイスウォールで氷の壁の中に閉じ込めようとしたが、それも簡単に破壊されてしまった。


 その時だった。倒したはずの眷属たちが再び起き上がったのだ。モザイク状態から再び形成されたという方が的確かもしれない。


「くそっ、今回もだめか」


「まだ分かんないよ! 行くよ落合さん!」

「行くよ、落合さん!」

「行くよ!」

「「「「行くよ」」」」

「「「行くよ!」」」


「これは・・ディアンか?!」


 ディアンは両手のシミターを交差させながらぶんぶんと振り回してキングに向かって行った。他の眷属たちもディアンと同じようにキングに襲い掛かる。


 何体かの眷属はやられたが、すぐ復活してまた戦闘に加わった。キングと俺の戦闘力は互角だが、俺に加勢が来たおかげで天秤は大きく傾いた。



 耳をつんざく断末魔、ヴァンパイアキングは無数のコウモリと化してすぐ消滅するはずが、コウモリは俺に向かって飛んで来た。


 何体ものコウモリが俺の体に飛び込んで来た。1匹1匹が俺の記憶、思い出だ。最後の1匹が入ってくる。記憶が蘇る衝撃と、体にコウモリが飛び込んでくる衝撃で俺は膝をついた。


「落合さん、大丈夫?!」

「ああ‥なんとか、な」


「宏樹、どこだ? やったのか?!」


 自転車に乗って直巳が駆け付けた。俺の傍に立っているディアンを見て少し構えたが、中身が誰かすぐ分かったのだろう、すぐ近付いてきて言った。


「やったな! ディアンちゃんが手伝ってくれたんだ?」

「うん、ちょっと苦労した。手が足りなくて早野さんを呼んじゃったんだ。倒された眷属の復活は早野さんがやってくれた」


「驚いてただろう?」

「うん、直巳のゲーム機に繋げたモニターを見て仰天してた。戻ったら色々聞かれるかな。アハハ」


「あとは大迫伸二を見つけるだけだな!」

「うん。ディアンちゃんはこの100階から出られないからお供出来ないけど頑張って! あの人でなしの大迫室長に呪詛返ししてやるんだ!」


「だけど居場所が・・」


 直巳は疲れ切った顔をして呟いた。確かに情報が少なすぎる中で時間も足りないときている。ゲームのキャラとしてここに居る上で身体の疲労は感じないだろうが、精神的には参るだろう。


 だが俺にはひとつ気づいたことがある。


「このゲームに取り込まれた人は何かしらの役割を与えられていると考えられないか? 俺がキングになったのは元々俺がキングのモデルだったかもしれないが」


「ああ~あたしもキングの眷属になってたしね。直巳をゲームに認知させる時もそうだったよ。役割を与えないとゲーム内に存在し続けられないみたい」

「だとすると大迫伸二もなんらかのキャラになってる可能性が高いってことか!」


「100階まで来てどこにもいなかったという事は・・」

「「隠しボス!」」


 直巳とディアンが同時に声を上げた。


「隠しボスを倒した人が書いてた記事に鍵がどうとかって・・鍵って言ったら30階のパパ・レグパだよな」


 そこでふっとディアンが消えてしまった。他の眷属たちはゴロゴロしたり、猫耳の毛ずくろいをしたりして、まったりしているがディアンだけが消えてしまったのだ。


「あれっ、ディアンちゃん??」


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