第46話問題

 あれから宏樹とディアンはPrizoner本来のプログラムと比較して、大迫伸二が改変したプログラムを解析する作業に追われていた。


 俺の学校が休みの日は宏樹の代わりにバイトに出て時間を作った。俺はコンピューターの事には詳しくないから役に立たないしな。


 そうそう、あれから2日後に由利香さんから宏樹に連絡が入った。


 大迫伸二が言っていた『母親と共に拾ってやった』という話についてだが、由利香さんのお母さんは大迫伸二とは再婚で、由利香さんは連れ子だったそうだ。別居する時に話して一緒に出て行こうと思ったらしいが、小さい頃から彼に懐いてお父さん子だった由利香さんに本当の事を言いだせなかったらしい。


 宏樹が言うには由利香さんの声は元気そうだったとの事だ。


 あの日はやはりショックが大きかったが、駆けつけてくれた母親とよく話し合って落ち着きを取り戻したらしい。そして『宏樹さんがゲームから出てきたヴァンパイアなんかじゃなくて本物の宏樹さんで本当に嬉しい』と言っていたそうな。はいはい、そんな惚気のろけていられる場合なんですかね。


 

 それから更に4、5日経った日の事だった。俺が宏樹の隣で昼食の支度を手伝っている時だった。


「ディアンちゃんは?」

「まだ上でやってる」やってるとはプログラムの解析の事だ。

「じゃ俺、呼んでくるよ」


 そう言って宏樹に背を向けると、いきなり宏樹に両手で肩を強く掴まれた。


「痛っ! ちょっとなに・・」


 文句を言って振り返る間も無く宏樹の鋭い牙が俺の首にぶっ刺さった。


「うわぁぁっ」


 俺はありったけの力を込めて宏樹を突き飛ばした。キッチンの壁に背中を強く打ち付けた宏樹は一瞬、呆けたような表情になった。不気味な紫色に光っていた瞳が普通の黒に戻って行く。


 大きな物音にディアンが2階から降りてきた。「どうしたの? すごい音がしたよ」


 壁に寄りかかって動揺している宏樹と、首を押えて唖然としている俺。意外にもディアンは俺の方に寄って来て首を押えている手をどけた。


「血が出てる」


 その言葉に反応して我に返った宏樹が1歩近づいて来た。思わず俺は後ずさりした。意識してやったんじゃない。体が勝手に反応したんだ。


「・・すまない。お前が2階に行こうとした後の記憶が飛んでる」

「宏樹、ヴァンパイアになってたぞ。まだ昼なのに一体どうしたんだ」

「改変されたプログラムの影響が出てきたのかも・・」ディアンが暗い顔をして呟いた。


 そのディアンの言葉に宏樹はやけに冷静に返した。「そうだな、ディアンの言う通りだろう・・まずは食事を済まそうか」


 食事がほぼ終わりかけた頃ディアンが発表した。


「えっとまず報告ね。改変されたプログラムの解析は一通り終わった。で、大迫室長が西アフリカでブードゥーについて教示を受けたオウンガンから送って貰った資料を基に照合した結果、ブードゥーの魔術がプログラムに組み込まれていた事が判明したの」


「な、何? オウン?」

「オウンガン。ブードゥー教の神官みたいな人の事を言うの。大迫室長のメモにオウンガンの名前が書いてあったからその人を探し出したんだよ。すっごい大変だったんだから! で、その人が大迫室長の事をよく覚えてたんだよ。東洋人で、しかも呪術について随分と詳しく知りたがっていたから珍しかったみたい」


「その呪術とはどういう物なんだ?」

「んと、いわゆるゾンビ化させるまじないみたいなものかな」


「げっ、じゃあ宏樹はヴァンパイアからゾンビになって人間を襲っちまうのか?!」

「そうじゃない。ブードゥー教のゾンビは対象の人間から生命力と意思を奪って操り人形にする事なんだ」

「だから大迫伸二の傀儡かいらいになるって言ってたのか」


「それで・・」ちょっと言いにくそうにしながらディアンは続きを口にした。「落合さんがゲームのキャラに戻りかけてるんだと思う」


「急がないとまずいな」

「ここんとこゲームのクリーチャーがリアル世界に出て来ないから平和だけど、いつまで続くか分かんないからな」


「この改変されたプログラムを更に改変すれば落合さんは元に戻るのかと思いきや、そう簡単に行かないのがまた問題なの・・」


「なんでだ? 正規のプログラムも見せて貰ったんだろ? それと同じに直せばいいだけじゃないのか」

「それがね・・実にオカルト的なんだけど、改変された部分を直しても翌日には元に戻っちゃうの!」


「えええっ?! 勝手に?」

「そう、勝手に。自動的に。で、自動的に戻るというプログラムも新たに組み込まれたのかと思って探したんだけど、それが無いのよ」


「んで、一応オウンガンにお伺いを立てたのよ、そしたら術者が自ら術を解かない限り無理だって言うんだよ」

「あいつが解いてくれるわけないだろ・・」


「更にもうひとつ・・」

「今度はなに?」

「オウンガンが言うには大迫室長は落合さんの魂をどこかに閉じ込めてあるはずだって。それを開放しない限り術を解いても落合さんの記憶は失われたままになるだろうって」


 しばし沈黙が流れた。時間が無い上に何をどうしたらいいのか見当もつかない。だが黙って聞いていた宏樹が口を開いた。


「最悪、俺の記憶は失われたままでも構わない。だがこのまま奴の傀儡になり下がった時にクリーチャーに襲われてはこのリアル世界はおろか俺自身も危険だろう」


「ディアンちゃん。ブードゥー教の神官様は何か他にも解決につながるヒントはくれなかったの?」

「くれた・・術を解く方法はふたつ。さっき言った術者自身が解く方法と」

「と?」


「術者に呪詛返しをした場合」

「ほえ? なんじゃそりゃ」


「言葉の通りだろう。大迫伸二に術をはね返すんじゃないのか」

「うん、落合さんの言ってるので合ってると思う。大迫室長がかけた術は正しい事に使われる白魔法じゃなくて、私利私欲の為に使った黒魔法だから呪詛返しが出来るんだって」


 呪詛返し。ディアンが教わった方法は、まず閉じ込められた魂を開放して宏樹に戻すこと。その上で宏樹が大迫伸二の魂を奪い取る事。


 魂を奪い取る? それって殺せって事なのか? 幾らなんでも殺人はやばいんじゃないかって聞いたんだ。


 そしたら大迫伸二がゲームの中に逃げたのならゲームの中の大迫伸二を倒せばいいと言われたらしい。ゲームの中の大迫伸二はリアルとは別物なのか?


 でもリアル世界からゲームの世界に逃げたんだから同じ大迫伸二じゃないのか?

 

 あああ、もう何が何だかさっぱりだ!

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