第44話大迫邸にて 

 俺たちは由利香さんからの連絡を受けて、翌日朝早くに彼女の実家へ向かう事になった。


 大迫伸二が宏樹を陥れ、ゲームの中に閉じ込めた事は間違いない。どんな方法を使ったのかは分からないし、ゲームの中からクリーチャーが出てくる現象も大迫伸二の仕業なのか分からない。


 こうなったら大迫伸二に直接当たるしかない、そう宏樹と相談して決めた矢先に由利香さんから大迫伸二が失踪したと連絡が入ったのだ。


「そういえばディアンから連絡はあったか?」

「なんにも。音信不通だよ。だからディアンの事も心配なんだ」

「問題だらけだな」


 そう。実家に帰ると言って出て行ったディアンからの連絡が何もなかった。俺や宏樹の連絡先は教えておいたんだけどな。何事もないといいが・・。


 そんな会話をしてるうちにタクシーは大迫邸に到着した。玄関に出迎えてくれた由利香さんは憔悴しきっていた。


「宏樹さん、五十嵐さんも来てくれてありがとうございます」 


 広いリビングに通されたが家全体が静まり返っていて、余計にリビングが広く感じた。


「あの・・他のご家族の方は?」俺はソファに腰かけながら由利香さんに聞いてみた。


「私、1人っ子なんです。母は・・大分前から父とは別居してまして。母の田舎に連絡はしたんですけど、まだこちらに向かってる最中だと思います」


 なんか俺、余計な事を聞いちゃったかな・・。でも今はそんな事言ってる場合じゃない。どうして大迫伸二がいなくなったか聞いてみないと。


「実は父の会社から連絡があったんです。ここ2、3日、父が無断欠勤していると。連絡を貰ってびっくりして実家に帰って来てみたんですけど、スーツケースや旅行カバンもあるのでどこかへ出掛けた感じではないんです」


 一呼吸置いてまたすぐ由利香さんは口を開いた。


「それから・・父が部下のプログラムを盗用していたと言われました・・それが発覚する直前から出社してなかったみたいです」

「由利香さんに追い打ちをかける様で心苦しいんですけど、宏樹がジョンソンソフトウエアに置きっぱなしだった荷物の中にノートパソコンがあってその中に、ある映像が残されていたんです」


「映像? 父のですか?」

「そうですが、今無理して見る事はありません。もう少し気分が落ち着いてからでも・・」


 宏樹は随分と由利香さんに気を使っている。奴は俺以外の誰にでも優しいが彼女に対する態度は格別な気がする。


「ありがとうございます。でも私は娘ですから・・見て見ぬふりは出来ません。今は高田さんの言っていた事も事実だったとはっきり分かりましたし」


 宏樹は持って来たノートパソコンをテーブルに置いて例の映像を由利香さんに見せた。

 見終わった後、しばらく由利香さんは絶句していた。


「俺達もまだ半信半疑ですけど、やっぱり宏樹は失踪した落合宏樹で、高田さんもゲームの中に囚われていたんじゃないかと思うんです」

「そ、そんな事が可能なんでしょうか?」


「それを知りたくて、由利香さんのお父さんに会いに行こうと思ってた所だったんですよ・・」

「そうですか・・それでしたら父の書斎をご覧になりませんか? 何か手掛かりがあるかもしれません」




 俺と宏樹は大迫伸二の書斎に案内された。大きな書棚に沢山の本が詰まった、勤勉な性格が想像される部屋だった。デスクにはパソコンと周辺機器。書棚の他には資料が入ったボックスがある限りで、装飾の様な余計な物は何一つなかった。


 俺はブラブラと書棚の本を眺めてみた。宏樹はPCに取り掛かったが当然パスワードが設定されていてすぐには開くことが出来なかった。


「やはりパスワードが無いとだめか」

「宏樹も落合宏樹の時の記憶が無いんじゃパソコンの事もよく分からないんだろ?」

「そうだな・・」


 そうだな、って言っておきながら宏樹は持って来た自分のノートパソコンと書斎にあるパソコンを繋いで何やらやり始めた。


「何やってんの?」

「パスワードを解読してる」


「えっ、お前そんな事出来んの?」

「よく分からんが、こうすればいい気がした」


 体が覚えてるって事なのか? 確かにああいう仕事してたんだからパソコンには詳しいはずだよな。なんかハッカーみたいでちょっとカッコイイな。


 そんなに難解なパスワードじゃなかったのか、ものの30分もしない内に「お、分かったぞ」と宏樹が言った。

 俺も画面をのぞき込んで見た。だが宏樹が次々と開いていくファイルはどれも仕事の物ばかりだった。ものすごい数のファイルがある。俺は途中で飽きて来て、また書棚の方へ戻った。


 どれも難しいプログラミングに関しての本ばかりだった。その他には政治経済の本、資産運用について・・う~ん、社会人はこんな本ばっか読まないと生きていけないのか? いや、趣味の本とかもあっていいだろ? お! これは・・『肩こりを解消、簡単ストレッチ』あはは、そうだよなデスクワークってのも大変だよな。


 一通り見たが俺たちが探している事へのヒントになりそうな本は無かった。・・おっとこれは何だ?


 書棚の一番下の端に趣向の変わった本が2冊あった。へぇ~ゲームを作る人だけあってこういった魔術関係にも興味を持ってるんだ。


「変わった本があるぞ。『ブードゥーの歴史』『解説ブードゥーの魔術について』だってさ。やっぱゲームのクリエイターってこういうのを参考にしてゲーム作るんだな」


「そんな本より何か手掛かりになりそうな物はない・・ブードゥーだって?」何を思ったのか急に宏樹が振り向いた。


「ああ。でもブードゥーなんてそんな珍しいもんじゃないだろう」

「いや『BD』というファイルがあるんだ。これも何故かロックがかかってる」

「怪しさ満点だな」


 宏樹は再度パスワードの解読にかかったがこのファイルはそう簡単に行かなかった。


「うーん、時間がかかるな・・」


 そこへ由利香さんがコーヒーを持ってきてくれた。


「お疲れになったでしょう? コーヒーとお菓子で少し休憩してください。お昼ご飯までもう少しありますから」


 おお~助かる! 朝飯もそこそこで出てきたから腹減ってたんだよね~。


 BDファイルのパスワード解読はまだ終わらない。俺と宏樹はその間お茶をしながら休憩することにした。


「そうだ、由利香さん。お父さんってブードゥー教について何か言ったりしてませんでしたか?」


 ふと思いついて質問してみた。由利香さんは少し考えていた。「ブードゥー教・・ですか」


「ハイチやアフリカなどで信仰されてる宗教ですね」宏樹が補足した。


「関係あるかどうか分かりませんけど、父は何年か前に西アフリカの方へ旅行に出掛けた事があります。結構前だったので忘れてましたけど・・」


「西アフリカか・・」


 宏樹はコーヒーを飲む手を止めてキーボードで何かを打ち込んだ。そして言った。「ビンゴ」


「何なに? パスワードが分かったのか?」

「ああ。西アフリカではブードゥーの事をフォン語で『VODUN』ヴォドゥンと言うらしいんだ」

「へぇ~。で、ファイルには何が入ってたんだ?」俺はコーヒーカップを手にモニターを覗き込んだ。


「これは・・何かのプログラムコードだな。ああ、やっぱりPrizonerの物だ。見た事のない部分もあるな。う~ん、時間がかかりそうだ」


「宏樹が持って来たパソコンにダウンロードできねぇの?」

「今やってる」


 そう言った通り、ダウンロードの画面が出てきた。結構な重さのファイルらしい。なかなか進捗率が伸びない。そう思っているとまだ50%位の所でダウンロードが止まってしまった。


「あれ、止まったぞ宏樹」

「おかしいな・・」


 ふっと画面が真っ黒になった。うわ落ちたのか? いや、元に戻った。だがダウンロードの画面じゃない。男性がデスクに座っている映像が映し出された。


「お父さん?!」


 

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