第28話由利香の訪問


 あああっ! 思わず俺は目をつぶった。ゴトン。重たい物が地面に落ちる音がして地面から足に振動が伝わった。

 恐る恐る目を開けてみると俺の足元にネズミ男の頭が転がっている。


「ひいっ」


 後ずさりながら顔を上げると、頭部を失ったネズミ男の胴体が前方にゆっくりと倒れる所だった。その後ろに現れたのは宏樹だった。手には煌めく氷のソードが握られている。


「す、すげー切れ味」

「助かりました、ご主人さま!」破顔したディアンは今にも宏樹に飛びつきそうな勢いで喜んでいる。


 ネズミ男が地面に倒れると、コウモリの時と同じようにモザイク化しパラパラと消えて行った。そして無限に湧いていた巨大ネズミも現れなくなった。


「はぁ~死ぬかと思った。ちょうど宏樹とディアンに会えて助かったよ」


 俺はシミターをディアンに返そうとしたが、自分の手が震えている事に気づいた。


「直巳、震えているにゃ。大丈夫なのにゃ?」

「お、おう。やっぱりVRといえどゲームの中で敵を倒すのとは全く違うな」


「帰るぞ、術を使うと腹が減る」


 そう言われてみると俺も腹が減ったな。バイト帰りだし、あんなに走ったし。


 敵を倒し余裕が出て来たせいか周囲の騒音が耳に入って来た。パトカーのサイレンが鳴り響いている。交通事故もあったし、警察に通報が行ったのだろう。明日にはどんな報道がされることやら。



 俺たちはこの事象について色々と話しながら帰り道に着いた。


「絶対Prizonerのクリーチャーだよな。今日のはもう間違いないし、この間の吸血コウモリだってそうだったんだよ」

「我が現にこの世界にいるのだから、有り得ない話ではないな」


「ディアンちゃんもいますにゃ」

「そうだよな。ディアンちゃんはキングの眷属なんだもんな。100階ではディアンちゃんに手を焼いたよ」


「ムフフ、ディアンちゃんは手ごわいのですにゃ!」

「それにしてもなんでクリーチャーまで出て来ちゃったんだろ。キングに付いて来たのか?」


「呼んだ覚えはない」

「向こうが勝手に来たのか。なんか‥キングがこっちに来た時に出来た穴みたいなのが開いたままなのかもしれないな」


「ふむ。お前にしてはいい見解だな」

「褒められてんだかけなされてんだか分かんね―」


 宏樹は軽く笑った。でもこの話は確かめる術もなく、憶測のまま終わった。




 翌日事件は大々的に報道された。ショッピングタウンにはテレビや新聞の取材陣が沢山詰めかけすごい混雑具合になっている。車の衝突事故や逃げ惑った人の中に死者はなく、みんな軽傷で済んだから良かった。


 だが巨大なドブネズミや2m以上もある不気味な大男が大鎌を振るって人々に襲い掛かった事実は世間を大いに驚かせた。


 ただ、日本中で確認されていた巨大ドブネズミや、それがもたらす高熱の被害は俺たちが40階層のボスを倒した後、嘘みたいに消えてなくなった。


 未知のウイルスが自然消滅したのではないかと報道されていたが、あれは間違いなく巨大ドブネズミに噛まれた際に移された毒のせいだろう。ゲームの中の毒物はこの世の物ではないということか‥。


 だけどこれで終わりか? いやPrizonerのダンジョンは100階ある。その全ての階層のボスやクリーチャーがこの世界に出てきたら‥そう想像すると俺は背筋がぞっとした。





「お前の予想通りならこれからもゲーム内のクリーチャーがこの世界に現れるのだろうが‥」


 昼飯を食いながら俺の話を聞いていた宏樹が口を開いた。


「この間言った穴。宏樹が出てきたと思われるやつ。その穴を塞げばいいんじゃないか?」

「どうやって? そもそも穴はどこにある? 目視できるのか?」

「い、いや、それは‥」


 俺の考えはただの想像にしか過ぎない。それは分かってるさ。


「と、ところでディアンはどこ行ったんだ?」

「化粧品を買いに行くと言っていたな」

「化粧品!? ま、まぁディアンも女の子だから当たり前か。じゃ俺そろそろ学校行かないと」


 そこへまた玄関のチャイムが鳴った。


 ドアを開けるとそこに立っていたのは大迫由利香だった。


「えっ、どうしてここが‥」

「すみません、あれから連絡がないので調べてしまいました」


 恐ろしい世の中だ。調べればなんでも分かっちゃうのか。だけど追い返す訳にもいかないし、とりあえず入って貰うか。


「とりあえず中にどうぞ。宏樹も居ますんで」


 大迫さんを招じ入れ、俺は大学へ向かう時間だったので入れ違いに出て行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る