第14話初出勤
「はい、もしもし」
『ちょっと直巳なの? あのエアコンの請求額は何なのよ?!』
「え、母さん?」
『え、じゃないわよ。あんな高いの買っていいなんて言ってないでしょ』
「いやぁ、あれすごくいいエアコンなんだよ。父さんの花粉症にもいいしさ・・」
『だからってあんな・・』
「あっ、俺学校行く時間だから! それにこんな事で長話したら電話代がさ、ね? じゃぁ元気でね母さん」
ふぅ~なんとかやり過ごせたか・・。
こういう大きな買い物の為に両親からクレジットカードを預かってはいたが、さすがにあのエアコンの金額はまずい。何を言われるかと冷や冷やしていたのだ。
とりあえずこれで山場は抜けたな。夏休み初日に成績表を親に見せ終えた後のような気分で俺は胸をなで下ろした。
「母親か。いい買い物をしたと褒められたか?」キングは俺が焦っている様子を面白がっている。
「ふん。キングにはバイトで食費をたっぷり稼いでもらうさ」俺も負けじと言い返す。
「とりあえず今日一緒に行ってみようぜ。名前はさっきの宏樹でいいじゃん。俺の従兄って事にして『五十嵐宏樹』だな」
「だが我は・・」
「それ! その『我』ってのはだめだ。今時誰も自分の事を我なんて言わないぞ。俺、僕、わたし。どれかだな」
「分かった。気を付けよう」
「世の中の仕組みについては理解してるよな? とりあえず慣れるまでは俺と組ませて貰えるようにお願いしてみるよ。いきなりボロが出たらまずいからな」
________
その日の夜、俺は黒いコンタクトレンズを入れたキング・・いや宏樹とバイト先へ向かった。道中、細かく指示を与えながら。
「おはようございます~」
「あれ、五十嵐君早いね」
「オーナー、A君の代わりに俺の従兄を連れてきました。面接してもらえますか?」
「へぇ~従兄さんなんだ。履歴書持ってきてる?」
あらかじめ宏樹と相談して作った履歴書をオーナーへ手渡した。
「俺は時間なんで売り場に行きますね」宏樹を一人で残していくのは不安だったが、これまでの外面を考えるとまぁなんとかなるだろうと腹をくくった。
5~6分で宏樹は事務所から出てきた。売り場の掃除をしていた俺のところへ来て「明日から働く事になった」と言ってサムズアップしながら帰って行った。
______
翌日宏樹と俺は少しだけ早めに出勤した。夕勤は22時で終わる。俺は交代する韓国人の
「俺の従兄の五十嵐宏樹です、今日から働く事になったのでよろしくお願いします」
「五十嵐宏樹です、よろしくお願いします。コンビニは初めてなんで色々教えてください」宏樹は華やかな笑みをたたえ挨拶した。
出たあ『たらしスマイル』! これがマンガならバックに花が舞い、星が降ってくるところだ。そして女子の目はハートになる、っと。
「よろしくね、わたし李です。韓国人で、日本には20年住んでます。ウフフ」
「牧野です。よろしくお願いします」
「じゃ、まずレジ点検かな」
俺がそう言うと李がお金を並べるコインケースを持って来た。うちのコンビニのレジは旧式だから金銭のやりとりは手動だ。故にレジ点検も発生する。
「それではですね、ここにレジの中のコインを並べるの。まずは100円。次に50円」
李さんは悪い人じゃないんだけど、ちょっと変わってるんだよな。なんていうかポイントがずれているというか・・。
李は一生懸命レジ検のやり方を宏樹に教えているが、コインケースにお金を並べる順番なんてどれからでも問題ない。決まりなんて無いのだ。
後で俺が教え直そう。李さんに教えてもらうと混乱するだけだろうからな・・。
2台あるレジのもう片方は俺がレジ検をした。その間にも李は温度点検のやり方や掃除の仕方など取り留めなく宏樹に指導している。
あーあ完全に捕まっちゃってるな。俺は苦笑いしながら声を掛けた。
「李さん~時間なのであがってもらって大丈夫ですよぉ」
「あ、うん。えっとじゃぁあ、これを片付けようかな・・」紙ごみがぎっしり詰まったお菓子の段ボールを見ながら李が言った。
いや・・片付けないであがって下さい、時間なんだから。なんかすぐ帰らないんだよな、この人。一所懸命仕事をしてて遅くなるって訳でもないし。
以前も夜中にゴミを出しに外へ出たら、李さんが事務所の駐輪場にぼぅ~っと佇んでいて、幽霊かと思って肝を冷やした事がある。
「なんか家に帰りたくない事情でもあるんですかね?」
李さんの退勤時間は22時なのに夜中の1時まで外にいたのかとオーナーと驚いたものだ。
一方の牧野君は高校2年生の真面目な青年。ちょっとシャイだが、きちんと仕事をこなす。たまに俺が夕勤に入って一緒になるとゲームの話で盛り上がり面白い。
さて俺が考えていたより宏樹は物覚えが良かった。「分からない事は都度俺に聞け」と言った通り、些細な事でもすぐ隣のレジにいる俺に聞いて来た。
初日は特に忙しくも無くトラブルも無く無事過ぎた。
「これが労働というものか」
家に帰ってきた宏樹はソファに座って物思いにふけっていた。
「どうした? 疲れたか」
「夜はヴァンパイア状態だから疲れはせん」
「やっぱ夜は強いのか・・ところで明日はオーナーとペアだから頼れる反面、気が抜けないぞ」
オーナーは立派な大人だし勘の鋭い所があるから宏樹の正体を気取られない様にしないと。
「気を付けよう。だがこの世界で我がヴァンパイアだと言っても誰も信じないと思うぞ」
確かにそうかもしれない。まして自分からそんな事を言おうものなら『空想の世界に行っちゃってる人』『かわいそうな人』のレッテルを張り付けられて終わりだろうな。
「ま、そうかもな。でも用心するに越したことはないって。あっXYZマートのお姉さんには言ってないだろうな?」
「言ってない」
まあひと安心だ。・・しかし夜はヴァンパイア状態だから疲れないのか・・じゃあお姉さんとの夜は・・いやいやいや。考えるな直巳! 想像するな直巳! 羨ましいなんておも・・思うわ!
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